66マス目 狂人vs鉄人
ネストとロネットは、息の着く暇のない攻防を繰り広げている。
もうそこに部屋としての原型は残っていない。
絶え間ない金属音と吹き荒れる突風。
壁を砕く衝撃、床を砕く振動。
常人には視界に捉える事すら叶わない。
人知を超えた戦いが、そこにはあった。
「いいわぁ、想像以上よぉ、うふふふっ」
「黙れ黙れ黙れ! その不愉快な口を閉じろ!!」
ロネットの蹴り上げが、ネストの毛先を僅かに消し飛ばす。
羽衣のように滑らかに回避するネストは、ロネットの胴体を狙って真横に切り払う。
だが、鉄の変化したロネットに刃は通らない。
ネストの刃を弾いた瞬間、鉄化を解き素早く放つ回し蹴り。
ネストはこれをダッキングで回避。
ロネットは回し蹴りの勢いで、足の軸を切り替えての後ろ蹴り。
岩をも砕く蹴り技を、ネストは後ろに飛び退き回避した。
「うふふっ、あ~楽しいわぁ」
ネストは余裕のある様子で、手にする曲剣をバトンのようにクルクル回す。
「ふざけおって……、今すぐその鼻っ面叩き砕いてくれる!」
ロネットは拳を握りしめると、両拳を鉄に変化させる。
一瞬のうちにネストの懐に潜りこむと、散弾銃のように連打する。
しかし、ロネットが打ち込むそこに、ネストの姿はすでに無い。
「おーにさーん、こっちら~、うふふふっ」
「上か!?」
ロネットが視線を上にあげると、
天井にショーテルを突き刺してネストがぶら下がっている。
ネストは天井に両足を着け、一気に蹴り上げる。
落下と蹴りの加速で、一瞬のうちにロネットの首を狩り上げた。
しかし、ロネットはすでに全身を硬化させている。
首元に当たった刃は、小さな火花を散らして弾かれた。
「その魔法ちょっと厄介ねぇ……。
なら、これはどうかしらぁ?」
ネストはバックステップで距離を取ると、
かく乱するように素早く動き、残像を作りだす。
一瞬で残像がロネットを取り囲むと、周囲から無数の斬撃を浴びせ続ける。
「動けるものなら動いてみる? うふふっ。
全身切り刻まれるか…っぷほ」
ネストの腹に、鋭い足刀が突き刺さる。
そのまま、数メートル飛ばされるも、
ネストはバク転を繰り返し体勢を立て直す。
「バレちゃったわねぇ……、何でかしらぁ?」
剣を構え直すネスト。
険しい顔をしたロネットに刃を向けるが、
その時わずかな違和感に気が付いた。
「……鉄、鉄ねぇ、うふふふふっ」
「何がおかしい」
ネストは腹でも抱えそうなほど楽しそうに笑う。
「嘘つきねぇ、……磁石さん」
ロネットの眉がわずかに動いた。
それは珍しくも、この男が動揺している証であった。
「あなたは鉄じゃない、磁石よねぇ?
とっても、とぉーっても硬い磁石。
駄目よぉ、嘘つきは泥棒の始まりなんだから。
うふふっ、あははははははっ!」
「……見抜かれたのは初めてだ」
ロネットはずんずんと突き進み、ネストとの距離を詰める。
「汗か何かを付けると、引き合ってくれるのねぇ。
ああ、確かにちょっと引っ張られる感覚がするわぁ~。
これで、私の方向を探ってたのねぇ」
ネストの言葉などお構いなしに、ロネットは硬化した拳を叩き付ける。
ネストは余裕ぶってこれを回避すると、すれ違いざまに脇腹を斬り裂く。
だが、これも全身を硬化させ、刃を通すことを許さない。
「困ったわぁ、どう攻撃を当てようかしらぁ?」
首をかしげるネストに、ロネットは幾度もフェイントを入れ背後に回りこむ。
ネストの死角から、硬化した拳で何度もその背中に鉄拳を叩き込んだ。
……しかし、当たらない。
まるで背中に目がついているかのように、足捌きと手元の曲剣で防いでいる。
そして、ロネットが曲剣ごと叩き壊そうと、拳を大きく振りかぶった瞬間、
ネストの後ろ蹴りが、カウンターでロネットの顔面にクリーンヒットした。
「ぐほぁ!」
「良い手ごたえねぇ」
ロネットの鼻から、真っ赤な血がポタポタと流れ落ちる。
だが、ロネットは何故か一瞬だけ右に視線を向けた。
もちろんネストはそれを見逃さない。
「あらぁ、何をしているのぉ~?」
にこやかに笑う視線の先には、こっそりと逃げ出そうとしているヴァーデの姿。
「お逃げください、公爵様!!」
「うふふっ、ダ~メ」
ネストは笑いながらブーメランのように曲剣を投げつけた。
その刃は、ヴァーデの太ももに深々と突き刺さる。
「があっぁあぁぁぁあああ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!
ああ、血がっ血がっ、あぁぁぁぁ、死ぬ死ぬ、ああ、死ぬぅぅ!!!!」
「うるさいわねぇ、耳障りよぉ」
ネストは片耳を塞ぎながら、冷めた目でヴァーデを見下ろしている。
対してロネットは青ざめた顔で駆け寄ろうと走り出した。
「公爵様!!」
「隙だらけ。 うふふふっ」
背を向けるロネットに、ネストは素早く背後を取ると、
回し蹴りに近い形で、首に足を引っ掛けた。
そのままの勢いでロネットを投げ、宙に浮かす。
空中のロネットに向かって、ネストは正拳を叩き込む。
「むごぁぁ!!」
背骨が軋む音と共に、ロネットは床に倒れこんだ。
そこに追撃するように、ネストは鋭いかかとを振り下ろす。
その攻撃をロネットは全身を硬化して防いだ。
弾かれた瞬間、ネストは素早く足を引き、後ろへ飛び退き距離を取る。
「硬くなるタイミングが、少し遅れているわねぇ。
動揺しちゃったぁ?」
「……卑怯な」
立ち上がりながらそう呟くロネットに、ネストは眉を潜ませる。
「戦いの最中に何を言っているのかしらぁ?
増援、トラップ、援護、人質、脅迫、買収、ぜーんぶが戦いよぉ。
卑怯なんて言ってる暇があったら、備えを万全にしないといけないわぁ」
ネストはいまだに元気そうに喚くヴァーデを指さす。
「剣さえ抜かなければ、しばらくは持つはず……。
うふふふっ、この意味が解るかしらぁ?
特別に、あなたの土俵で戦ってあげるわぁ~」
ネストはプラプラと手を振ったあと、ゆっくりと拳を握りしめる。
「……待っていろ、すぐにその口を開けなくしてやる」
ロネットはその場で上着を破り捨てると、背中に赤い光が灯る。
両拳を音が鳴る程強く握りしめ、限界まで硬く硬化させる。
二人の間に生まれる、わずかな沈黙。
数秒の間をおいて、先に動いたのはロネットだ。
「行くぞ!!!」
ロネットは真正面からネストの元へ突っ込んだ。
これに対して、ネストは避けようともしない。
ロネットは一瞬たりとも速度を緩めようとせず、
突進しながら弾丸のように左拳を突き出した。
眼前に迫る鉄拳を、ネストは身体を横に向け上体を逸らして回避。
体を逸らしたまま、左足でロネットの顔面を膝で蹴り上げた。
だが、ロネットは歯を食いしばりこれを耐える。
この攻撃によって、ロネットの突進は止まり、ネストはあまりに避けにくい体勢。
ロネットは軸足に力を込めて、ネストの顔面に右の鉄拳を叩きこむ!
回避の間に合わないネストは、両腕を十字にクロスさせ防御する。
「無駄だ!」
ロネットの鉄拳は、ネストのガードをたやすく弾き飛ばす。
バランスを崩したネストを前に、ロネットは左拳の硬化を解く。
そして手刀のような形にすると、再び硬化させる。
「これで終わらせてくれる! 龍落指針!」
ネストの腹部に直撃した刺突は、その衝撃波で床に大きなヒビを入れた。
衝撃でネストの体は後方に吹き飛ぶ。
それでもまだ攻撃は止まない。
ロネットはその場で飛び上がると、右手を鍵爪のように爪を立てた形で硬化した。
ネストは数回床でバウンドすると、壁に叩き付けられ、
跳ね返る野球ボールのように地面を転がる。
ロネットは右手を下に突き出した形で全身を硬化させると、
全体重を乗せてネストを押しつぶす。
「龍我圧壊!」
ロネットの攻撃に耐えきれず、床が崩壊。
二人は一階の空き会場に落下した。
その場所は、奴隷を魔物と戦わせたりする闘技場のような場所だ。
十数メートルの落下と共に、数百キロの重さが地面に落ちる衝撃は、
建物を地震のように大きく揺らした。
すでにぐったりしているネストに、ロネットは攻撃の手を止めることは無い。
即座に硬化を解くと、ネストの胸ぐらを掴み真上に放り投げた。
右手を発勁の形にして、魔力を集中。
溜めに溜めて……、硬化する!
「砕け散れ! 龍景覇軍・鉄華仁狼掌!!」
落下してきたネストの腹に、完璧な形で入った掌底。
一瞬周囲の音が止み、空気が歪む。
すると、一拍の間をおいて、ネストの体は虫けらのように吹き飛んだ。
壁に衝突しても衝撃は止まず、最初の衝突で壁面は抉れ、
数瞬後に全体にヒビが入る。
その直後、観客席を含めて、会場の半分近くが倒壊した。




