64マス目 嘘の正義と真実の悪
「……ネスト・ダーリッヒだと!?
ブルーローズの人間が何でこんな場所に!?」
ヴァーデは震えた声で言った。
まあ、裏世界で生きていて、これほどのビッグネームには早々出会えないだろう。
「うふふっ、内部告発ってやつねぇ……」
そう言ってネストは一枚の紙をヴァーデに投げた。
その紙は、前に俺がネストに渡していた物。
書いてある内容は以下の通り。
【私はヴァーデに仕える人間だが、奴の横暴にはついて行けない。
その為、貴殿を利用させてもらいたい。
成功の暁には、竜の魔道結晶の場所を教えようと思う。
頼みたいのは、ヴァーデとその協力者の討伐。
そして、この依頼によって職を失うであろう、私に50万円を支給してほしい。
報酬はもちろん、竜の魔道結晶の情報だ。
もし承諾してくれるならば、10時ちょうどに源竜会本部まで来てほしい。
知ってるだろうが、地下に入るには、アルゼミーの酒場でドロネズミのカクテルを注文してくれ。
どうか良い返事を期待している】
目を通したヴァーデは、半笑いで紙を破り捨てた。
「何ですかこれ?
ネストともあろうものが、こんな嘘に騙されるなんて。
ブルーローズも格が落ちたもんですね」
ロネットが横にいるからか、ヴァーデは随分と強気だ。
ネストはヴァーデの言葉を無視してこっちへ振り向いた。
「さぁ~て、竜の魔道結晶はどこぉ?
戦う前に教えてもらいたいわねぇ」
もちろんそんな物の場所なんて知るわけがない。
だが、ヴァーデの部下という嘘情報を使えば、
辻褄の合う言い訳ができる。
「悪いな、俺自身は知らないんだよ」
そう言って、俺はヴァーデを指さす。
「あいつが隠しているんだ。
自慢話を何度もされたから、間違いはないさ」
俺の話に納得したようで、ネストの口角がさらに吊り上がる。
「あ~、なるほどねぇ。
それなら簡単そうだわぁ~」
簡単という言葉が頭に来たのだろう。
ロネットが眉間にしわを寄せて、口を開こうとした。
だが、ヴァーデの方が先に声を荒げた。
「ふざけないでください!
貴様のような部下なんて、見たことありませんよ!」
当然そう言うだろうな。
だって嘘をついているのは、こっちなのだから。
しかし、ハッタリならば少しだけ自信がある。
「だったらなぜ、エリザベートの元にいた俺が、ここに入って来れるんだ?」
「なに?」
ヴァーデはその場で俯き、答えを模索する。
そんなこともお構いなしに、俺は続けていく。
「ベヨネッタ家は、ある意味この国の秩序だ。
普通ならあり得ないんだよ。
ベヨネッタ家と源竜会を行き来できる人間なんて。
でも、あんたなら、……地下を牛耳る源竜会の人間なら話は別だろ?」
ここまで話したところで、ネストは俺の言いたいことを汲み取ったようだ。
「あぁ、スパイだったのねぇ、あなた」
ネストの言葉に、俺は大きく首を縦に振った。
「そういうことだ。
ベヨネッタ家の動向を逐一報告するために潜りこんだ。
命を懸けて情報を流していたのに、ロクな待遇を受けなかったよ」
我ながら大胆な嘘だ。
だが、今ここだけ騙せれば十分。
俺の言い分に、ヴァーデは絶叫に近い声で怒鳴る。
「デタラメ言ってんじゃねぇぞ!!
その口縫い合わされてぇのか、クソッたれがぁ!!!」
はたから見たら負け犬の遠吠え。
でも俺から見たらヴァーデの方が真実を言っているのだ。
矛盾点を言われないかヒヤヒヤする。
だが、どうやらネストの答えは決まったようだ。
「うふふっ、そろそろ茶番はいいかしらぁ?
私はあんまり時間が無いのよぉ」
そう言ってネストは、ヴァーデ公爵に刃を向ける。
どうやら説得は成功のようだ。
「それじゃ、俺はやることがある。
こいつらを任せていいか?」
「うふふふっ、良いわよぉ。
でも、何か忘れてなぁい?」
……忘れてる事!?
一体何のことだ!?
まさか、姿を見たから殺すとか言われるんじゃ……。
俺の体が硬直するのを見て、ネストは口元に手を当てて笑う。
「うふふふっ、あはははっ、何を考えたのかしらぁ?
これよぉ、大事な物でしょぉ?」
そう言ってネストは、腰に下げていた布袋を俺に寄こした。
咄嗟にキャッチして中身を確認する。
「金?」
……思い出した。
そういえば、真実味を帯びさせるためだけに、
適当な金額を請求していたんだった。
自分で言っておいて何と間抜けな話だろう。
「あ、ありがとう、そうだったな。
えっと~、んじゃ後は頼む!」
しどろもどろになりながら走り出す。
こんな時だってのに何とも情けない。
そして逃げ出す俺を、ヴァーデがそう簡単に逃がすわけがない。
「ロネット!! 逃がすな!」
「御意!」
ヴァーデが命令するが、出入り口にはネストが立ち塞がる。
「行かせないわぁ~」
敵が味方に付くと、ここまで心強いものなのか。
何だか感動してきた。
俺はネストにその場を託し、振り返らずに走った。
立ち塞がるネスト。
ロネットは岩をも砕く鉄拳を打ち込むが、簡単にいなされる。
まるで金庫の戸のような強固な守りに、
思わずヴァーデも歯を軋ませる。
「うふふっ、どうするのかしらぁ~?」
だが、ヴァーデの策はまだあった。
「ふん、こっちの戦力がロネットだけと思わない事ですね」
ヴァーデは呪文を唱えると、額に魔法陣が浮かぶ。
「源竜会の戦闘要員はあと二人います。
召喚魔法と水流魔法の使い手を相手取り、あの男が逃げられると思いますか?」
ヴァーデは余裕が出てきたのか、普段の丁寧口調に戻っている。
だが数秒後、また冷や汗を流し始めた。
「……あれ? どうなって、あれ?
なぜ通信魔法に引っかからない?」
ヴァーデの動きにネストはクスクスと笑う。
その態度に、ヴァーデは再び激怒する。
「笑ってんじゃねぇ!!
くそっ! くそっ! どうなってんだ!?」
「その魔法が使えない理由、教えてあげましょうかぁ。
うふふふふっ」
ネストはニヤニヤと笑いながら、胸の谷間から棒のようなものを取り出した。
わずかに赤黒く染まるそれは、ヴァーデを絶句させ、ロネットは拳を握りしめる。
「それ、……誰の指だ?」
「あなたのお仲間。
うふふっ、あははははははははは!!!!」
「……ロネット」
「……はい」
「あのアマ、ぶち殺せ!!!」
「命に代えても!!!」




