59マス目 灯台は足元を照らさない
寝心地の悪さに目を覚まし、
枕元の腕時計を見ると、5時53分。
まだ約束の時間にはだいぶ早い。
「結局、あの肉塊のせいで、あんまり寝られなかったなぁ」
俺は大きくため息をついた。
あの後、夜道が危険だと再確認した俺は、
すぐさま適当な宿に入り、部屋を借りていた。
「せっかく金があるんだから、もっといいとこに泊まりたかったなぁ」
そう言いながら、壁を走る変な虫を眺めた。
シランの住む宿よりましだが、ここもなかなかにボロい。
壁は変色してるし、カビ臭いし、ベットは湿っている。
もう約束の時間まで散歩でもしていたい気分だ。
「……そういえば、この近くに雑貨屋があるって、前にシランが言ってたな」
この時間に開いているかは微妙だが、
開いてなくても軽い散歩にはなるしちょうどいいかもしれない。
とにかくこれ以上湿ったベットで寝たくない。
俺はしわを伸ばしたスーツに身を包み、ネクタイを締めて外に出た。
「お、あったあった! 結構大きいな」
散歩を始めて約五分。
目的の雑貨店は想像以上にしっかりしていた。
ざっと見た感じ、コンビニより一回り大きいくらい。
だがこの世界の基準では少し大きめの店舗だ。
店の前にかけてある木札は、営業中と書かれている。
「ラッキー、こんな時間にもやってるんだな」
俺は期待しながら、少し重量のある木の扉を開ける。
目についたのは、大量の薬品や植物。
いかにも魔女が実験で使いそうな物が並んでいる。
他にも、缶詰などの食品や飲料水など、普通の品物も置いてある。
「いらっしゃい」
奥のカウンターで、男性が新聞を読みながらくつろいでいる。
きっとこの店の店主だろう。
「すいません、結晶系の道具ってあります?」
「ああ、そっちの奥にありますよ」
男性は奥の棚を指さした。
「ありがとうございます」
言われた通りに行ってみると、多種多様の石が置いてある。
爆破結晶が欲しいだけだったが、探すのも大変そうだ。
「何だこれ? 白煙結晶? 煙玉みたいなものか」
すぐ隣には、魔物の角や毛で作った道具が売っている。
「これってピアノ線!?
……鉄トカゲとか糸タヌキとか、色んな魔物の素材で出来てるけど、
俺の知ってるピアノ線と同じだな」
ピアノ線ならいくらでも使い道がある。
だがあまり買い過ぎるとかさばるので、ほどほどに抑えておいたほうがいいだろう。
その後、実用性のある道具も少なく、
購入したのは、爆破結晶3つ、白煙水晶1つ、小振りなナイフ。
そして少し多めに購入したピアノ線。
「またどうぞ」
店を出ると、空は少しだけ明るんでいた。
静かに吐き出す吐息は白煙に混じり合い、風に消えてゆく。
俺はボロ宿の前でタバコを吸いながら人を待っていた。
立ち並ぶ家の間から、朝日が時折顔を出す。
そんな太陽も登っていない時間帯に、一人の少年がこちらへ駆けて来る。
「ふぅ、おじさん随分早いね」
「まあな、それよりシランを呼びに行くか」
ボロ宿の扉に手をかけると、俺はあることを思い出す。
「……そうだった、鼻を塞いでおけ」
「え? なんで?」
「すぐにわかる、塞いだな?」
「う、うん」
俺は勢いよく扉を開けた。
その瞬間、激臭が鼻の粘膜を刺激する。
「あ? 客かい?」
「いや、203の奴に用があるだけだ」
店主は「あっそ」と言うと、薄汚れた本を読み始めた。
俺らは臭いが服に染みつく前に二階へ避難した。
「な、何なのあの人!?」
「俺も知らん! 不潔な人だよ」
正直あの人の顔は直視したくない。
あの店主の顔を見るとむかむかして来る。
そんな事より早くシランに会わなくては。
俺はシランの部屋のドアを叩く。
「おーい、シラン? 寝てんのかー?」
声をかけても返事はない。
だが、不用心にも鍵は開いている。
「よし、フラウト、ゴー!」
「なんで!!?」
「そりゃあ、20代の男が少女の寝込みに突入したら、ヤバイだろ?
同年代の男なら、きっと大丈夫なはずだ」
そう言って、根拠も無くフラウトを部屋に放り投げ、ドアを閉める。
どうやらシランは普通に寝てただけのようで、
中からしどろもどろになりながらも、必死に起こそうとしてる声が聞こえてくる。
「それじゃ、俺は馬車で待ってるから」
「ええ!? おじさんも手伝ってよ!」
ドア越しに聞こえるフラウトの声を無視して、素早く階段を降りる。
……頑張って好感度を上げろよ、フラウト!
未来ある二人を邪魔しないように、俺はさっさと馬車に戻った。
「おじさん、ひどいよ」
そう言いながら、シランと共に馬車に乗ってきたフラウトの顔は、
どこか嬉しそうに見える。
だが、とうのシランは眠い目をこすり、今にも寝てしまいそうだ。
「悪かったな、さて、出発するぞ」
そう言って手綱を振るおうとすると、
フラウトは当然の疑問を俺に投げかけた。
「ちょっと待って、どこに向かうつもりなのさ?」
「安全な場所だ」
少し強引だったが、それだけ言うと俺は馬車を発車させた。
俺が馬車を止めたのは、水路沿いの何でもない路肩。
近くには広場もある、商店街もある。
だがどこにも寄らずに、俺はその場所に停車する。
「トマトのおじさん、どうしたの?」
シランは一点をじっと見つめる俺を心配した表情で見てくる。
俺の見ているのは一つのベンチ。
普通の人間には何の変哲もないが、
俺にはいろいろ思うところのある場所。
ふりだしのベンチだ。
「……ごめん、何でもないんだ。
それより着いてきてくれ」
「そっちは危ないよ、この辺りは危ない人が多いんだから」
フラウトの言うことももっともだ。
なにせもう体験済みなのだから。
「大丈夫、俺を信じろ」
俺は二人の手を握り、慎重に路地裏へ入っていった。
そして、すぐ左手に見えるのは危険な香りのする古い酒場。
俺は両開きの戸を押し開く。
「おじさん! 絶対ダメだって! ここダメだって!!」
今まで見たことが無いほど焦るフラウト。
シランも不安そうな顔で、俺の手を強く握っている。
確かに周りの人間を見れば、ここが相当に危険な場所というのが見て取れる。
しかし、ここがどれだけ危険な場所かは、俺が一番よく分かっている。
「なあフラウト、灯台下暗しって知ってるか?」
「……何それ? こんな時に何言ってるんだよ!」
「そうか、じゃあ説明は後だ、ほら入れ」
「ええ!? ちょっと!」
俺は強引に店内に入り込む。
取りあえず、因縁を付けられる前にさっさとカウンターに座る。
「マスター、ミルクはあるか?」
「……馬鹿にしてんのか?」
マスターは鋭い目つきで俺を睨んでくる。
だが動じることは無い。
俺は小声でマスターに話を通す。
「俺は裏の客だ。
少しガキを落ち着かせたい。
酒を割るためのもんでいいんだ、何かあるだろ?」
俺の一声で、マスターの態度が大きく変わった。
「……わかった、ミルクだな、待ってろ」
「ああ、悪いな」
俺はシラン達に向き直る。
すると、二人は目を丸くしてこちらを凝視していた。
「おじさん! 今のどうやったのさ!」
シランも賛同するように、うんうんと首を振っている。
しかし詳しく説明することはできない。
「どうやったかは秘密だ。
大人になったら教えてやる」
軽く誤魔化して二人の頭を撫でる。
二人は不満げに口を開きかけたが、
ちょうどその時、ミルクを持ってマスターが現れた。
「ほら、これでいいだろ?」
カウンターに力強く置かれた木製のジョッキには、
綺麗なミルクがなみなみと注がれていた。
「二人はそれ飲んで待ってろ、すぐ戻る」
そう言って俺は席を離れた。
勿論、無銭飲食と疑われたら困るので、店からは出ない。
俺の目的は別にあった。
「……あんたらに、力を貸してほしい」
頼みたくはなかった。
それでも俺は、二人を助けるために私情を捨てる。
テーブルに乗せた150万に、俺は様々な思いを詰め込んでいた。




