44マス目 試合開始
決闘開始は、2時間後。
お互いに武器の使用はあり。
エリザベートの敗北条件は、攻撃を一回でも受ける事。
俺の敗北条件は、気絶、または敗北宣言による降伏。
制限時間は一時間で、時間切れは俺の負けとなる。
戦闘場所は、敷地内にある別館全体を好きに使って構わない。
別館から出た者は、その時点で敗北となる。
「……無理だろ」
一通りのルール説明を受けた俺は、武器庫で床にへたり込んで死んだ魚のような瞳で呆然としていた。
「いやきついって、……どうやったって無理だろう」
決闘と聞いた瞬間、俺は時間切れでの勝利を考えていたが、ルールを見てその方法は完全に断たれた。
だがそれも当然の話で、時間切れ勝利がありなら、決闘ではなくかくれんぼになってしまうのは目に見えている。
「どうしたもんか。
武器って言われても、俺が使えそうなもんがほとんどねぇよ」
剣や槍、斧ハンマー弓と、どれも見事な武器がそろっている。
でも扱えなければガラクタと一緒だ。
まだまともに振れそうな武器はナイフくらいのものだが、それだと接近戦でスピード勝負をすることになるだろう。
そんなもんウサギと亀もいいとこだ。
「近づけないなら、いっそ弓か?」
俺は目立つ位置に置いてある、金色の弓に目を付ける。
軽く持ってみようとしてみるがめちゃくちゃ重い。
金色の装飾かと思ったが、持ってみてわかった。
「本物の純金だこれ」
せめてもっと軽い弓を探し、近くの棚から取り出す。
それでも圧倒的重量が、持ってるだけで手首に負担をかける。
材質は純金ではなさそうだが、装飾や持ち手が全部金属でできている。
競技ではない本物の武器とは、こういう物なのだろうか?
「まあ、せめてこれくらいなら……」
手に持ったのは木製のショートボウ、見た目は完璧ゲームの初期装備。
ひとまず矢を構えて、弦を引いてみようとした。
……固すぎて引けない。
「何だよこれ!? 弓ってこんなに力のいる武器なのか!?」
どんなに力を入れても、半分も引けない。
俺の非力さを加味したって、女性向けの武器の印象が強い弓でこの体たらくは、我ながら泣けてくる。
「小説とかでエルフが弓使ってるのって何だったんだよ!?
俺嫌だぞ、脱いだらゴリマッチョのエルフとか……」
そんな馬鹿なことを考え始めてる時点で、もう諦めかけているのかもしれない。
痛む手首をさすり、沈む気持ちで弓を棚に戻す俺の目に、扉のようなものが映った。
「あれ……こんなところに扉があったのか。
棚の陰に隠れてわからなかった」
奥の棚の影にボロボロの扉。
ドアノブに埃がたまっているところを見ると、随分長い間放置されていたのだろう。
「……開けてみるか」
もしかしたら強力な武器でも入っているかもしれない。
僅かな可能性を求めて、俺は祈りながら扉を押し開けた。
「うわっ、ものすごい埃……」
扉を開けた瞬間、部屋の照明がつく。
光に照らされた細かい埃が、目を覆いたくなるほど舞っている。
俺は袖口を口元に当てて、全体を見渡した。
「何かの保管庫か?」
そこには大量の木箱が、数字のラベルを張って棚に並べられていた。
その内の一つを棚から降ろして、木箱を開けてみる。
蓋についていた埃が舞い、目を細めるなかで見覚えのある物が現れる。
「爆破結晶?」
中身は所狭しと並べられた結晶の山。
恐る恐る近くにある木箱を開けると、そこにも同じものが。
「……もしかして、これ全部そうなのか?」
衝撃を与えると爆発する石。
それが数十箱単位で目に映る棚全体に置かれている。
その光景を前に、俺の脳裏には少しずつ勝利のビジョンが見えてきた。
「これなら、……これならいけるかも!
一撃と言わず完全勝利を収めてやる。
待ってやがれ、エリザベート!!」
俺は早速別館の中を見て歩いていた。
もちろん下見の許可は既に得ているから問題はない。
この戦いは、間違いなく逃げが主体になるだろう。
出来るだけフィールドを熟知していないと、数分も持たず負けてしまう。
「ざっと見ただけだと、こんなものか」
全体的な大きさは小学校の校舎くらいはある木造の三階建て。
1つの階に部屋が約二十。
廊下はコの字型に伸びていて、広さは全階同じ。
一階にはキッチンや暖炉のある食堂。
二階は衣装室や更衣室、それと倉庫が数部屋。
三階は応接室などの少し質のいい作りが目立つ。
とまあ、大体こんな感じだ。
「さてと、どこから手を付けていこうか」
もちろん、ただ逃げ回って隙を伺い背後から……なんて、そんな作戦が通用する相手ではない。
三十分ほどで下見を終えた俺は、細工のための準備に取り掛かった。
試合開始まであと一時間。
俺は別館の一階でハンマーを振るっていた。
「はぁ、はぁ、おっもい! キッツい! ちくしょうめ!」
掛け声のように弱音を吐きながら、天井に向かって鉄の塊を振り上げる。
ルールには、仕掛けや細工をしてはいけないという決まりは無い。
つまり俺は今、全力で小賢しいトラップの製作中というわけだ。
「ひぃ、ふぅ、これくらいにしとくか。
あんまりやると戦えなくなるからな。
まあ、まともに戦う気は更々ないけどな」
俺は外に止めてあるリヤカーに、窓からハンマーを投げ入れる。
そのまま窓から直接外に出て、リヤカーを引きながら武器庫へ戻った。
エリザベートは廊下の窓の前で、扇子を口元に当ててニヤニヤしていた。
その視線の先には、必死でリヤカーに積んだ爆破水晶を運んでいる男の姿。
「よろしいのですか? 何やら別館に細工をしているようですが……」
セルバは不安そうな声でエリザベートに問いかける。
だがエリザベートは何を言っている、と言った表情でセルバと目を合わせた。
「よろしいですって? 当たり前ですわ。
慣れない武器で突っ込んでくるだけならば、
ボコボコにしてすぐに叩きだすつもりでしたもの」
エリザベートは扇子を広げて、ゲームを前にした子供のように、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「よーく見ているといいですわ。
あの男の奇策と小賢しさを」
時計の針が指し示す開始時刻まで、残り二分を切る。
別館西口にはエリザベート。
別館東口には俺が、指定の配置についている。
念のためにと鞄の中身を確認しながら、道具の最終チェックをしていた。
ちなみに、使えなさそうな道具は全部部屋に置いてきている。
鞄にはいつもと違った小細工道具が、ギッシリ詰まっていた。
「えーっと、調理場から分けてもらった油に、
果物ナイフ二本、胡椒を詰めた袋に、タオルと手袋一組。
メチャクチャ臭い発酵食品を瓶詰めしたもの。
そして爆破水晶6つに、空の布袋を数枚。
あとはスマホやタブレットの便利品やティッシュ。
ライターとスプレーの簡易火炎放射。
うん、大丈夫だ」
頭の中ではすでに三つの作戦を想定している。
俺としては、最も安全かつ勝率の高い作戦を決行したいところ。
「とにかく作戦Aをバレない様にしないとな。
エリザベートと鉢合わせしないように、あそこまで行ければ……」
『そろそろお時間でございます』
胸ポケットから、セルバさんの声がした。
「へぇ、この通信結晶っての、思ったより綺麗に音が聞えるのな」
配置に着く前にセルバから受け取った、小さな緑色の結晶。
これは遠距離から相手の声を送受信する魔法具。
まあ、つまりは平静初期の携帯電話みたいなものだ。
その携帯代わりの結晶から聞こえるセルバさんの声は、普段よりも力強く感じた。
『これより、お二人の決闘を開始いたします!』
俺は別館の扉に手をかけて、スタートダッシュのために足へ力を込める。
『……と言いたいところですが、1つルールを追加させていただきます』
セルバの言葉に俺の体が固まった。
……すごく嫌な予感がする。
『別館内に潜んでいた者がおりました。
よってルールに、決闘中の部外者の協力を禁止させていただきます』
その宣言の後ろで、かすかに聞こえるテンダーの悲鳴。
そして別館の向こう側から聞こえてくる、エリザベートの笑い声。
俺の立てた作戦A、「テンダーの幻影でバレずに攻撃大作戦」は音を立てて崩れ去った。
『それでは勝負、始めぇぇ!!!』




