32マス目 独りぼっちをもう一度
「嫌だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
のどかな風景に似合わない、一人の男の絶叫が響き渡る。
目に入る景色の変化に気づき、口を押え額を拭う。
高まっている心拍数を落ち着かせながら、辺りを見回した。
「……も、戻ったのか?」
俺はベンチに腰掛けていた。
燃えたはずの服も、折れたはずの腕も、刺されたはずの脇腹も、斬られたはずの右目も、無くなったはずの鞄も、全てが元通りだ。
「夢……、だったらどんなにいいか」
震える手を押さえつけ、鞄からスマホを取り出す。
今の時刻は10時15分。
前にこのベンチで確認した時刻と同じ。
「……充電が勿体ない」
俺は俺は開いたままのアプリを消し、電源を落とした。
これでしばらくは持つはずだ。
同じようにタブレットの電源もOFFにする。
「また、全部やり直しか。
エリザベートもテンダーも、誰も俺のこと……」
あまり考えたくない。
この世界で自分を覚えてる人間が一人もいないなんて、考えただけで吐きそうになる。
「帰りたい……か」
死ぬ寸前の言動を思い出して、ため息が出た。
自ら捨てた世界にしがみつく。
何と惨めだろう。
しかも一歩間違えれば、あのまま心が壊れていたかもしれない。
そうすればきっと、俺も脱落者の仲間入りだろう。
「ダメだ駄目だ!
これじゃ、また同じ道をたどるだけだ!」
俺は自分の頬を両手で力いっぱいブッ叩く。
弱音を捨てろ! 考えを変えろ!
心が折れたらゲームオーバーだ。
帰りたいなら考えろ!
生き残るために!!
「まず、何であんな暴動が起きた?」
答えは簡単だ。
国の最高戦力である、エリザベート、リック、そしてエリザベートの父が死んだのが理由だろう。
もともと治安の悪い国が抑止力を失い無法地帯化。
十分あり得る話だ。
「だからと言って、国外の会議を止めるのは無理だ」
これは大きな国同士の国際問題。
ヘタな事をすれば戦争の危険だってある。
俺のような一般人なんかじゃ、逆立ちしたって口を挟めない。
「とにかく行動しよう。
俺にはもう、泣いてる暇も無いんだ」
俺は緩んだネクタイを締め直すと、商店街へ向かった。
人通りの多い大きな商店街。
服屋、武器屋、道具屋、様々な店が立ち並んでいるが、俺はそのどれにも目を配ることはない。
ただ真っすぐに、行き交う人たちに目線を移しながら進む。
「国があんなことになったのも、フラウトが殺されたことも。
どうにかする方法は必ずある、その為にも、出来る事は最短最速でやっていかないと」
俺は死ぬまでの間に何も出来なかった。
いや、何かしようと考える前に全てが終わっていたんだ。
もっと迅速に行動を起こせれば、何か見えてくるものがあるかもしれない。
そうやって考えを巡らせていた俺の視界に、一人の男が映る。
「いた!」
巨漢の男だ。
ネストと一緒にいた太った大男。
人混みから頭二つ分ほど飛び出ているため、一目でわかった。
あいつがいたということは……。
俺はタブレット端末の電源を入れ、ムービーを起動する。
「あのローブ、間違いなくネストだ」
凶悪そうな二人の男を引き連れて、鼠色のローブを羽織った人物が闊歩している。
姿を隠しているにもかかわらず、その威圧感に気押され行き交う人が少し距離を取っている。
俺はタブレットに視線を落とし、気づかぬふりをしてまっすぐ進んだ。
そして肩と肩がぶつかり、俺の体が大きくよろける。
「てめぇ! 姉さんに何してんだ! おい!?」
細身の男が叫んだ。
ここは前見た状況と同じ。
以前の記憶通りに事が進行するのだとしたら、ここでネストが止めてくれるはず。
「いいのよぉ。
あまり騒いだら、皆さんに迷惑でしょ?」
「へ、へい。
姉さんがそう言うなら……」
やはり同じだ。
俺は記憶を頼りに、出来るだけ同じような行動をとる。
「本当に申し訳ありませんでした」
深く頭を下げる。
そして録画中のタブレットのカメラで、ネストの顔をうまく捉えた。
二回目とはいえ、緊張で冷や汗がじっとりとワイシャツに滲む。
「もういいわよぉ。
さぁ行ってちょうだい」
「は…はい! 失礼します」
俺は足早に路地へと駆け込み身を隠す。
一息ついて激しくなった動悸を押しとどめると、確認のためにムービーを再生してみた。
「よしよし、良く撮れてる」
ネストの顔が綺麗に映ってる。
後はこの映像をエリザベートに見せればいい。
俺は腕時計に視線を移す。
現在の時刻は、10時半くらい。
ユキちゃんが襲われる時刻には、まだ少し猶予がある。
「さて、あとは道具だ。
準備を怠らなければ、ネストとの戦いも楽になるかも」
俺は大通りを再び歩き始める。
目についたのは古びた道具屋。
扉に手をかけると、木のきしむ音が雰囲気を醸し出す。
「いらっしゃい、ゆっくり見てっておくれ」
店の奥から声がかかる。
声の主は、なんとも優しそうな老人だ。
メガネをかけて眠そうな目で本を読んでいる。
その見た目が、古びた道具屋の雰囲気にとても合っている。
「何だか良いな、こういう店」
日本で例えるなら、昔懐かしの駄菓子屋のような感じだろうか?
懐かしいような、暖かいような、ワクワクするような、そんな感覚が、何だか楽しかった。
「えっと、武器はいらないな。
どうせネストに通用しないし……」
棚に飾られたナイフやら棍棒やら。
買えなくはないが、俺に扱える気は全くしない。
「……なぁ、おじいさん。
この爆破結晶ってなんだ?」
俺は薬棚のように小分けされた雑貨類の中から、ガシャポンのカプセルサイズの石を手に取る。
表面にはデカデカと一つの魔法陣が描かれており、ほんのりと淡い光を放っていた。
「ああそいつはな、叩くと爆発する石じゃよ。
結構危ない物じゃからの、子供の手の届かないところで保管しとくれ」
よく見ると値札の下に、20歳以下購入禁止と書かれている。
爆破する石、持っておくのは危なそうだけど……。
案外何か使えるかもしれない。
「じゃあ、これをもらうよ」
「ああ、一個60円じゃよ」
「安っ!」
確かに値札には、一個60円と書かれていた。
本当に駄菓子屋のノリだ。
「そいつは魔法陣が汚れると使えなくなるから、気を付けるんじゃよ」
「ああ、わかった」
俺は結局、この爆破結晶を5個購入した。
ついでに瓶入りの油を2本買って店を出る。
こうして俺は、ネストとの戦いに備えて準備を進めるのだった。




