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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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31マス目 大切な人の断末魔


「おいあんた! 生きてるか!?」


 人の声だ。

 そういえば、許可もなく勝手に入ってたっけ。


「あの……、申し訳ないです」


「何謝ってんだ! 

逃げるぞ早く!!」


 逃げる?

 意識がまだはっきりとせず、男性の言ってる意味が良く分からない。

 だが薄ぼんやりと見えてきた情景が、逃げるという言葉に強い説得力を持たせる。


「えっ、……なぁ!?」


 霞がかった視界の先にある情景は、一面の炎。

 天井まで大きく燃え広がった木造の小屋は、原形を留めているのが不思議なほどだ。


「なんだこりゃ、……なんでこんな!?」


「わかったか、早く逃げるぞ!」


 見知らぬ男が手を伸ばしている。

 迷ってる時間なんてない。

 俺は男性の手を借りて、何とか立ち上がる。


「肩を貸す、歩けるかい?」


「は……はい、何とか」


 鈍い痛みの広がる足に鞭を打ち、命からがら馬小屋を脱出する。

 燃え盛る炎の中から、何頭もの馬が断末魔の叫びを上げていた。


「みんな、ごめんなぁ……」


 男性は涙をあふれさせ、うずくまりながら頭を押さえる。

 あの馬たちを世話してきた人なのだろうか。


「でも、何でここが燃えたんだ?」


「……あんた、ここに逃げ込んだんじゃねえのか? あれを見てみな」


 男性が指す方向に目を向ける。

 俺はその光景に己が目を疑った。


「嘘だ……、街が……」


 真っ黒な黒煙。

 至る所から火の手が上がり、空さえ黒く濁して汚す。

 その中でも一回り大きな黒煙が、男性の指差す先にある。


「城だよ。

この国のシンボルであるパロット城までもが、火に包まれてるんだ。 

もうこの国はおしまいなんだよ」


「……そんな馬鹿な。

何で? 何でだ!?」


 そうだ、あれからどれくらい時間がたっている?

 腕時計に目を落とすと、19時過ぎを指していた。

 いやそもそも気を失っている間に日をまたいでるかもしれない。

 そうなれば時計などもう無意味だ。


「スマホは……、そうだ持って来てない」


 スマホは鞄と一緒に宿に置いて来てしまった。

 もし今手元にあったとしても、一度水に浸かっている。

 防水じゃないタイプだ、きっと壊れている。


「ちくしょう、何にもわかんねぇ!

俺の寝てる間に何があった!?」


「騒いでもどうにもなんねえよ。

この国から逃げれるように、あんたも頑張るんだな」


 そう言って男性は去っていった。

 馬の声も、もう聞こえない。

 俺は歩き出した。

 行く場所も、もうどこにもないのに。








 街はひどい有様だった。

 建物は燃やされ、家畜は殺され、金品、食料、水、本、魔道具がそこら中に散らばっている。

 死体は平然と転がり、善人に見えない人間が、血濡れた武器を持って歩いている。

 だが、何故か俺に刃を向ける人間はいなかった。


「目は合ってるはずなのに、無視される?

はは、俺なんか眼中にないってか、そりゃ助かる」


 そんな事を呟いていた俺の足元で何かが割れる。

 足を退けると鏡を踏んでいた。

 土交じりで汚れた破片をのぞき込むと、変わり果てた醜い姿がそこに映る。


「ひどい格好だな……」


 スーツには血が付き、左腕は変な方向に曲がっている。

 髪の毛は血でがちがちに固まり、全身は泥だらけ。

 顔の傷はさらにひどくなり、軽く膿んでいる。

 それでもこうして歩けるって事は、増えすぎた怪我で痛覚すら麻痺して来たようだ。


「こんなやつの身ぐるみを剥がそうってやつは、

さすがにいないか」


 それは幸運なのか、不運なのか、よく分からない。

 ただ目の前に広がる悪夢のような光景から、早く逃げ出したかった。

 そんな俺の近くに、見慣れた服装の人影が見えた。


「……テンダー?」


 俺は引きずる足の痛みも忘れて走っていた。

 知っている顔、知ってる声、知っている人間。

 絶望の淵で、こんなに光り輝くものがあるだろうか?

 俺はまるで親を見つけた雛鳥のように、全力でテンダーに駆け寄った。


「おい、待ってくれ! テンダーー!!」


「え?」


 テンダーもこちらに気づいたようだ。

 一瞬安堵の表情をするが、すぐに苦い顔になる。

 俺の格好を見れば、その反応も仕方ないのかもしれない。

 しかしテンダーの方は、肩から血が出ている程度で済んでいるようだ。


「大丈夫だったか!?」


「ええ、こっちは。 ですが……」


 テンダーは俺の姿を見て口を覆う。


「俺はいいんだ、それよりエリザベートたちは?

この国はどうなっちまったんだ!?」


 エリザベートさえいれば何とかなる。

 そう思っていた。

 街で暴れているチンピラくらいなら、簡単に殲滅できると。

 そんな甘い考えは、テンダーの眼を見た瞬間、全てが崩れた。


「おい……、エリザベートは?」


「…………死にました」


 テンダーは擦れる声で言った。

 そこら中から聞こえる悲鳴、怒号、笑い声。

 それらに掻き消されているはずのテンダーの声を、俺は聞いてしまった。


「……なんで?」


 聞いたところで意味がない。

 だが口に出てしまった。

 テンダーの顔が、後悔と絶望に包まれる。


「こっちに来てください」


 テンダーは顔を伏せて俺のネクタイを掴むと、近くの荒らされている店の中に入り込む。

 俺たちは床に倒れた棚に腰掛けた。


「今回の会合の事、あなたは知ってますか?」


「ああ、王様が別の国で会議をするんだろう?」


「そうです。

王が国を出るとき、何を警戒しますか?」


「警戒って言われても、……暗殺とか?」


「そうです」


 その時店のすぐ近くで男が一人刺し殺された。

 もうこの国には、安全な場所などないのだ。

 テンダーは外の様子を気にしながら、カウンターの陰に隠れるようジェスチャーで示す。


「……今回は護衛として、この国最大の戦力を付けたんです」


「エリザベートとリックか?」


「はい、そしてもう一人。

エリザベートのお父様、ルガニス・ベヨネッタ様です」


「それって確か、この国最強の騎士だよな?」


「そうです、間違いなく騎士団の誇る最強戦力が揃ってました」


 テンダーは握りこぶしを作り力説すると、懐に手を入れる。


「私は緊急の連絡役として、北門前でこれを持って待機してました」


 テンダーが取り出したのは手のひらにすっぽり収まる程の小さな石。

 薄く光っていて宝石にも見える。


「この通信結晶を持って、増援の用意をしていたんです」


「……ちょっと待ってくれ。

ということは護衛は全員で3人だけなのか?

増援が送れるなら、最初から大部隊で行けばいいじゃないか」


 俺の素朴な疑問に、テンダーは首を横に振り答える。


「それでは魔物が集まってきますので、

現地の到着がかなり遅くなってしまいますよ」


 それで少数精鋭なのか。

 俺が納得し深く頷いた直後、テンダーの声色が変化する。


「……私はしばらく待った後、

石から雑音が聞こえるのに、気がつきました」


「どんな音だ?」


「……水のような音です。

もちろん、すぐに異常が無いか呼びかけました。

でも……」


 話が止まる。

 俺がテンダーの方を向くと、全身震えながら泣いていた。


「おい、どうした!? 

しっかりしろよ!」


「…………聞こえたんだ」


「何がだ?」


 その瞬間テンダーは頭を抱え、

 耳を塞ぎたくなるような声で、喉奥を裂くように叫ぶ。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!  

あの時、俺は何もできなかった!!!

エリザベートの声が!! はっきり聞こえたんだ!!!!

助けてくれって! テンダーお願い助けてって!!!

あのエリザベートが泣きながら叫んでたんだ! なのに!!!」


「おい! 落ち着け!」


 俺の声は、もう届かない。


「なんで俺はぁっ! なんで!?

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?

俺のせいだ! 全部俺のせいだ!  

俺が殺した! 俺が見捨てた! 俺が見殺した!! 

俺がエリザベートを殺したんだ!!!

ああああああぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁあああ!!!!」


 テンダーは鼓膜が破れかけるほどの絶叫を発して、泣き叫びながら街へ走っていった。

 こんな状況で知ってる人間に会えた。

 その喜びと安心感が、一瞬で砕け散る。


「あんなに明るい奴だったのに……」


 テンダーはどんな時も笑っていた。


「あんなに楽しかったのに……」


 知り合って数日だけど、心の底から笑い合える友達だった。

 何よりも大切なひと時だった。

 それが今、全部ぶっ壊れた。


「…………帰りたい」


 心の奥に抑えていた言葉が、俺の口から溢れ出す。


「帰りたい……、帰りたい……」


 一度あふれた感情は、簡単には止まらない。

 死んだ、壊れた、燃え尽きた。

 短い時間で、様々なものを見過ぎた。

 そして感じ過ぎた。

 俺の何かが、壊れ始める。


「帰りたい!帰りたい!帰りたい!帰りたい!帰りたい!帰りたい!

もういいだろうが!! 元の世界に帰してくれよ! もう嫌なんだよ!」


 狂い始める俺の耳には、後ろの足音に気づきもしない。


「誰か助けてくれよ!!! もう帰してくれよ!!!

こんな世界もう嫌だ!! もう嫌だ!! もう嫌だ!!!」


「なら死ねばいい」


 振り向く俺の後ろには、汚いチンピラが短剣を構えて立っていた。








「しけてんなぁ。 たった5万ってバカにしてんのか?」


 そう言ってチンピラは、店に火をつけて去っていく。

 脇腹に刺さった短剣が、熱くてたまらない。


「嫌だ……、死ぬのも嫌だ……。

戻るのも嫌だ……、嫌だよ……」


 店が徐々に火に包まれていく。

 熱い。 全部が熱い。

 じわじわと火で覆われる店内。

 血が抜けすぎたのか、服に火が燃え移っても、苦痛なほどの熱さはもう感じない。

 それどころか、体が冷える感覚までする。


「……嫌だ。 ……寒い。 …もう……」


 俺の全身を包む炎は、今は水晶のように凍りついている。

 人も店も街も、美しいほどの静寂。

 風の音が止んだ、街から色が消えた。

 この日、パロット王国は完全に機能を停止した。











『ふりだしに戻る』


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