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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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30マス目 苦痛の足枷


 痛い。

 身体がひどく痛む。

 ……痛む?


「生きてる!? ……っっぐぅぅ…」


 右目の痛みがひどい。

 まるで焼いた鉄でも刺さっているような、熱さと痛みが混同した感覚が右目を襲う。


「でも……生きてる。 ふりだしじゃない!」


 辺りを見回すと、俺はボロ宿の床、それもカウンター前で寝かされていた。

 そこらじゅうが濡れているものの、一階はほとんど焦げ跡も無い。

 きっと二階で鎮火させられたのだろう。


「っあぐっっ……、痛い……、今どうなってんだ?」


 彼は右目を抑えながら、上半身を起こす。

 痛みで目蓋が開けられない。

 しかも、手にはおびただしい量の血が、べったりとこびりついている。

 俺は近くに落ちているガラス片に、自分の顔を映してみた。


「うわ……、何だよこれ……」


 顔の半分にひどい切り傷。

 傷はかなり深そうだ。


「これ、目玉も切れてないか?」


 傷口を確認するために、俺はガラス片を深く覗き込む。


「まず謝罪とお礼をするのが先じゃねぇのか!!」


 突然の大声に、俺の体が飛び跳ねる。

 声の方向へふり向くと、ボロ宿の店主が仁王立ちで立っていた。


「ったく。 まあ私も黙っていたからね。

この場でぶち殺すのは勘弁してやるよ」


「黙ってた? ……おい、どういうことだ!!」


「どういうことも無いだろう?

変な男が、ガキの部屋に入っただけじゃねぇか。

別にてめぇに教える筋合いはないだろ?」


「なんでだよ! こうなる事はわかってたろうが!?

何で黙ってたんだよ!!」


 店主は呆れた顔で俺を見下した。


「金だよ金。

建て直してもお釣りがくる大金を貰ったんだよ、ボケが。

それになんだその口の利き方?

テメェを部屋から階段下まで蹴り飛ばしてやったんだ。

命の恩人に言う事はねえのかよっ、ああ!?」


 なるほど、身に覚えのない傷はあんたか。

 燃え具合からしても、あのまま放置の方がせいぜい火傷止まりで済んだことだろう。


「くっそ……、何が命の恩人。

燃えてることに腹を立てて、憂さ晴らしに蹴り飛ばしただけだろう?」


 俺の反論に、店主は一層キレた様子で声を荒げる。


「やっぱぶち殺してやろうか恩知らず野郎!

人の店を何とも思わねぇゴミクズが。

こんな奴に懐くガキなんて、やっぱり死んで正解だな」


 ガキが死ぬ?

 それって誰のことだ?


「おい……、死んだって……」


 俺の動揺を面白がるように、醜い笑い声が俺の鼓膜を引っかく。


「どうした? あの状況でガキが逃げられるわけないだろう?

すぐ近くで生ごみになってるよ。 野次馬に混じってくるかい?

あっはっはっはっはっはっ…んがっ!」


 部屋に、乾いた破裂音が響く。

 硝煙の匂いが、あたりの焦げ臭さと混じって不快な臭いが鼻につく。

 店主の足からは、ヘドロのような汚い血液が溢れ出る。


「んがぅぅ……、てめぇ、住まわせてやった恩を……、ひぃ!?」


 俺の目に光は無い。

 明らかな殺意を向けて、銃を構える。

 

「おい待て、何だよその魔道具は!?

ちょっと待て、金を山分けにするから、それで手を打とう、な?」


 俺は引き金から指を放さない。

 次第に指先にかかる力は強くなり、いつの間にか引き金を引ききっていた。

 弾丸は店主の右耳を吹き飛ばし、壁に銃痕を作っていた。

 生臭い豚が泡を吹いてビクビクと跳ねているが、もうどうだっていい。

 俺は熱くなった銃身を冷ましもせず、胸元にしまう。


「シラン……、フラウト……。

頼む、頼むから……」


 信じたくなかった。

 どうしても、まだ生きていると思いたかった。

 鞄も持たずに宿から出ると、通りの先で人だかりができている。


「……そうだ、油田のせいで王様の国外会合があって人が多いんだ。

人だかりなんて、珍しくもない」


 だが、足は早まる。

 自分に言い訳をして、違うと言い続ける。

 俺は人だかりをかき分けて、……見てしまった。


「嫌だ……、違うって……、これは、もう……」


 一目見ればわかる。

 右腕が無い。

 腹が裂けてる。

 首が90度以上曲がっている。

 道いっぱいに広がる、真っ赤な水溜まり。


「フラウト、……なんで?」


 乾いた眼球がこちらを向いている。

 まるで、助けなかった俺のことを、責めているように感じた。


「……シランは?」


 フラウトは無残な姿で横たわっているが、シランの姿が見えない。

 普通に考えれば攫われたと考えるのが普通だ。

 フラウトはシランを守るために命を張ったが、守りきれなかったのだろう。

 だが、そんな単純なことも考えられないほど、俺は疲弊していた。


「……そうだ。 フラウトの秘密基地」


 腹部が痛む。

 階段から落とされたときに打ったのだろうか。


「そもそもあの男、なんで俺を殺さなかった。

……なんで俺じゃなくフラウトを」


 考えたところで答えは出ない。

 とにかく今はシランが心配だ。

 俺は足を引きずりながら、フラウトの基地まで歩いた。








 約三十分。

 普通なら10分弱で来れる道を、三十分もかかってしまった。

 しかしここからが問題だ。

 この馬小屋の天井裏まで、たどり着かなくてはならない。

 穴をくぐるのは大丈夫。

 しかし問題はここだ。


「このロープ、……登れるか?」


 試しにやってみたが、腹部に力を入れると激痛が走る。


「ックソ! なんだってこんな、うっ……」


 服を捲り上げて見てみると、腹部全体が赤黒く変色している。

 骨でも折れたか、内臓がイカれたか。

 傷を見たせいで、変に意識して余計に痛みを感じる。


「おーい! シラン! いるなら返事しろ!」


 すると、天井裏で何か物音がした。

 

「シラン!? おい、いるのかそこに!?」


 俺は歯を食いしばりながら、ロープを登る。

 食いしばりすぎて歯茎から出血する。

 痛みで目がくらくらしてきた。

 でも、そんなことはどうだっていい。 

 生きてくれるなら、もうそれだけでいいんだ!

 俺は天井に手をかけ、体を一気に引き上げる。


「シラン!!!」


 顔をのぞかせると、そこには小さな猫がいた。

 灰色でオッドアイの綺麗な猫。

 小さな体を床に丸め、じっとこちらを見ている。


「猫……、かよ」


 俺は這いずるように天井へ登る。

 猫を怖がらせないように、軽く微笑みかける。

 そこで俺は気が付いた。

 薄暗くてわかりづらいが、置いてある家具が倒れている。

 それどころか、床には泥の跡がいくつもある。


「足跡? しかも、この数。

まるでじっくり探し回ったような……」


 まさかここにも敵が潜んでいたのか?


「……全部駄目じゃねぇか。

俺の考えは、全部お見通しだったのかよ!」


 俺は近くにあった椅子を力いっぱい殴りつける。

 椅子は大きな音を立て、音に驚いた猫が飛び跳ねる。


「やっぱり俺は、一人じゃ何もできないのか?」


 こんな体たらくで子供を守ろうなんて、馬鹿げた話だ。

 いつの間にか、猫もどこかに行ってしまった。

 ここにいてもできる事は何もない。


「……降りるか」


 俺は振り返ってロープを掴む。


「うぐっ!」


 不意に右目に激痛が走った。


「っ! しまった!!」


 痛みで手に力が入らず、ロープを握り損ねた。

 俺はバランスを大きく崩す。

 立て直そうとしたが、もう遅かった。

 そのまま無惨に落下し、土の地面に激しく叩き付けられる。

 頭は手で覆ったため命に別状はないだろうが、身体の方はすでに限界を超えていた。


「……ちくしょう、……こんな、……ところ…で」


 土を握りしめた手が、悔しさと情けなさで震える。

 俺が意識を失うまで、そう時間はかからなかった。


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