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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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24マス目 ボロ宿の再会


 時刻は既に19時を過ぎ、あたりはすっかり暗くなっている。

 俺はエリザベートに貰ったフードをかぶり、出来るだけ人通りの多い道をぶらついている。

 雑に舗装された道に靴音を響かせながら、俺はヒゲ爺に貰った紹介状をぼんやりと眺めていた。


「よくよく考えたら、馬車があっても行く場所無いんだよな、……俺」


 取りあえず、紹介状を鞄の中の書類とまとめて入れておく。

 まずは今日の寝床を確保しなくては。

 戦うにしても、生き残るにしても、衣食住が確保できなければ意味がない。

 そんな俺が探しているのは、清潔感や環境は無視の、馬鹿みたいに宿泊料の安い宿。

 金を節約したい俺には、安ければ安いほどいい。

 しかし、あるところにはある物である。


「あった……けど、うん」


 看板は擦れて読めない。

 壁は所々に穴が開き、平気でねずみが出入りを繰り返し、ちょいちょいキノコが生えてる。

 それはもうボロッボロもボロッボロの、建造物と呼べるかも怪しい物体。

 その代わり、一泊何と400円!

 俺の持っている全財産、5万2千640円。

 その所持金から考えても、4か月は宿泊できる。


「この際贅沢は言ってられない。

金はこの先いくらでも使い道がある、大事に使わないと」


 俺は必死に自分に言い聞かせると、意を決して扉を開く。

 その瞬間、まるで生ごみのような臭いが俺の鼻を貫いた。


「ふぉぐぅ!」


 思わず顔をしかめる俺に、正面カウンターでふんぞり返る人物が口を開いた。


「あ、客か?」


 そこには、何かヤバそうな物を常用してるかのような、虚ろな目をした店主の姿。

 ものすごく不機嫌そうな顔でこっちを見ているが、しわくちゃすぎて男か女か分からない。

 組んだ腕には無数の注射痕、テカテカした頭にはハエがぶんぶんと飛び回っている。


「あのぉ…うぶっっ!?」


 一歩近づいて理解した、この生ゴミ臭はあの店主からのものだ。

 身体から発せられるものすごい臭いに、呼吸ができない。

 口を開けたくないので、首だけ縦に振る。

 ぶっちゃけ、もうギブアップ気味。


「何泊? 一泊400円だ。 さっさと払え」


 逃げ出したいが、目つきが怖すぎて逃げられない。

 背中を向けた瞬間、刃物をブン投げられそうだ。

 俺はカウンターに400円を置くと、出来るだけ店主と距離を取る。


「2階の203だ、カギはこれ使え」


 出てきたのは、錆びた南京錠。

 ……そうきたか。


「外と中のどっちでもかけられるからな。

あと空き巣に入られても、責任は負わないから」


 とにかく臭いがきつ過ぎて、あまり話が入ってこない。

 俺は息を止めながらコクコクと頷くと、素早く階段を駆け上がる。


「んぶぁっはぁ、はぁはぁ、……何だあれ? いやホント何だあれ?」


 風呂嫌いなのか知らないが、受付なら清潔感くらいは保ってほしい。

 真の安宿とはここまでの物なのか。

 恐るべし、異世界。


「さて、一番の問題はここだ」


 今日寝る部屋。

 たとえ店主が怖くても、鼻が捥げるほどの匂いを放っていても、馬鹿みたいに汚くても、まだ我慢できる。

 だから頼む、せめて人間が住める部屋を頼む!

 俺は意を決してドアを開ける。


「…………あれ?」


 部屋はわりと片付いていた。

 ここに住めと言われたら、余裕で暮らせるくらいには綺麗だ。

 だが一つ問題がある。

 部屋の中央に、ちょこんと座った小さな姿。

 そこにいたのは、本を読んでいる小学生くらいの女の子。

 その姿に俺は見覚えがあった。


「……シランちゃん?」


「あ、トマトのおじさん……」


 この子、広場で会った女の子だ。

 でも何でこの部屋に?

 すると、階段を駆け上がる音が聞こえてくる。


「おいあんた! すまん部屋番号を言い間違えた。

あんたの部屋は隣の204だよ」


 立ち込めるひどい臭いに、俺もシランも鼻をつまむ。


「んじゃ、そういうことだから」


 そう言って店主は降りて行った。

 ほんとに適当な人だな。

 それと臭い。


「ねぇ、トマトのおじさん」


「ん? ああごめんな、いきなり開けちゃって」


「……ゴハン持ってない?」


「え?」


 シランのお腹が小さく鳴った。


「……お腹が空いているのか?」


 シランは小さくうなずく。


「親は?」


「いないよ、ママも死んじゃった」


「……あー、ごめんな」


 治安の悪い国だ。

 ユキちゃんなんかも偶然俺が何とか出来ただけで、本当の未来では一人きりで暮らしていた。

 きっとこの子も、似たような事情なのだろう。

 しかしどうしよう、あの時のトマトは当然残ってないし。

 …………買ってくるか。


「何が食べたい?」


「……買ってきてくれるの?」


「ああ、あんまり高いものだとちょっと困るけどな」


「でも悪いよ、こんな時間に……」


「いいんだよ。 

それにおじさんも、今お腹空いてるんだ。

だからついでに買ってくるだけ」


「……それじゃあ、お肉食べたい」


「あいよ、すぐ買ってくるからな」


「うん!」








 街灯の代わりに、木の柱に吊るされた光る鉱石が、街を美しく照らしている。

 夜の道は、人通りが多ければ少しは襲われにくいだろう。

 それに俺は人と比べて身長が高い方だ、優先的に襲われることはないと信じたい。

 まあ、路地裏へ行けば話は別だが。

 しかし、自分が襲われないように警戒して周りを見ていると、盗みや暴行、恐喝や喧嘩。

 日本ではすぐに警察が駆けつけるような場面を、何度も見た。

 殺人以下の犯罪は、日常茶飯事なのだろう。

 取りあえず、リンチされていた人は大声で人を呼ぶことで助けられた。

 それは良しとしよう。

 だが、今目の前で起こっている犯罪はどうにかして止めたい。

 俺のすぐ近くで若い女性が男たち数人に口を押さえつけられ、路地裏に引き込まれようとしているのだ。

 女性がこの後どうなるかなど、想像に容易い。


「んぐぅーーー!!! むぐぅぅぅーーーー!!!」


 女性が抵抗しているが、ずるずると路地裏の奥へ引きずられていく。

 さっきみたいに大声で人でも呼んでみるか? だがそれで犯人が逃げるかもわからない。

 俺は鞄の中を見るが、目についたのはヒゲ爺に貰ったリボルバー。

 だが無理だ。

 暗い場所では狙いがつけられないし、運が悪いと女性に当たりかねない。

 何かないか? 時間が無い。

 …………そうだ、こいつを使えば!








 路地裏の奥で、4人の男たちが息を荒立てている。

 女性は必死に体を振って逃げようとするが、余計に男たちの気持ちを高ぶらせる。

 男の押さえつける手が強くなり、スカートに手がかかる。

 その瞬間、男たちの背後で物音が鳴った。


「何の音だ!?」


 男が振り返ると、そこには手のひらサイズの赤い物体。


「何だこれ? 箱?」


〔ピピッ 10〕


「おい、変な音が鳴ってるぞ?」


〔ピピッ 9〕 〔ピピッ 8〕


「なあ……、これってまさか……」


〔ピピッ 7〕 〔ピピッ 6〕


「ば、爆弾じゃねえか!?」


〔ピピッ 5〕 〔ピピッ 4〕


「おいブン投げちまえよ!」


「触って爆発したら、どうすんだ!!」


〔ピピッ 3〕


「おい! 女はどうする!?」


「ほっとけ! ずらかるぞ!」


〔ピピッ 2〕


「むぅぅううう!! んんぅぅぅぅううう!!!!」


〔ピピッ  1〕


「むぐぅぅぅぅぅううううううううう!!!!」


〔ピピッ ハイッチーズ …パシャ!〕


 状況にあまりにも合っていない、妙にほのぼのとした機械音声。

 女性を照らすフラッシュのライト。

 そして、駆け寄る足音。


「立てますか? 逃げますよ!」








 二人は全速力で路地裏から抜け出す。


「はぁ、はぁ……、間に合ってよかった」


「えっと、そのヘンテコな爆弾は一体何ですか?」


 女性は俺の持つ物を、怯えた表情で指差す。


「ああ、これはデジカメ、……って言っても知らないか。

まあ、音が出るおもちゃみたいなもんです」


「……そう…なんですか」


 女性は安心したのか、その場で座り込む。

 だがこの場所だとまだ安心はできない。


「大丈夫ですか? もう少し頑張れます?」


「はい、ありがとうございます」


「とりあえず家まで送ります、危ないですから」


「ああ、何から何までご親切に」


 ……傍から見れば上手く助けたんだろうよ。

 ただあのチンピラに報復にでも来ようものなら、むしろ俺の方が守ってもらうかもしれない。

 見ようによっては姫と護衛、だが実力は全くの逆。

 そんなことも知らず、女性は俺の服を震える手でギュッと掴んでくる。

 男としては嬉しいイベントのはずだが、美女を連れているせいで絡まれやすさ跳ね上がる。

 俺の心臓はもうバックバクだ。


「……えっと、もう少し近づいていいですか?

まだ私怖くて」


「え? ああ、いいですよ」


 今にも肩がくっつきそうなほど近づく女性。

 何か会話でもして気を紛らわせてやろうと、適当な話題を考えるが……。


「………………」


 話題がない。

 よく考えたら、女性と会話した経験も少ないのに、

 異世界人と共通の話題なんて、そう簡単に見つかるわけがない。

 一度気になりだすと、会話がなさすぎて気まずく感じてくる。

 何か話題になりそうなことはないか?

 

「あの……知ってます?

北の森にある村で、油田が見つかったそうなんです」


「へ?」


 唐突に振られた話題に、俺は咄嗟に返事を返せなかった。


「あえっと、ごめんなさい。

なんか話さないとって思って……」


「あ……実は俺も同じことを……。

でも油田って、石油ですよね?」


「ええ、そうですよ。

でもその村が、ちょうどこの国と北の大国カナリアの中間だそうです」


 こんな魔法の世界でも石油って必要なのか。

 いや、便利なものはあるに越したことはないし。

 石油王などと言うくらいだ、油田が生み出す利益は間違いなく国家を揺るがす。

 もしかしたら今後、そのカナリアって国とのゴタゴタでもあるのかもな。

 

「でも、ひどいですよね!?

普通はその村の物じゃないですか!」


「え? まあ、確かにそうかもしれませんけど……」


「領土とか関係ないです!

そういう物は、発見した人の物だと思いますよ、私は!」


 何だか女性の話に熱が入ってきた。

 感情移入しやすいタイプなのだろうか?

 そんな話をしているうちに、いつの間にか女性の家に到着していた。


「今日は本当にありがとうございました。

お礼と言ってはなんですが、どうですか、お食事でも?」


「いや、子供を待たせてますので」


 俺の子供ではないのだが、別に嘘は言ってない。


「それでしたら……」


 結局女性の勢いに押し切られ、いくつかの食材を受け取ってしまった。

 今後夜の外出を控えるように言うと、女性は深く頭を下げ、去っていく俺にいつまでも手を振り続けてくれた。


「えぇっと、豚肉に牛肉少々、芋と玉ねぎレタス。

お、パンと干し肉にチーズ、ビンに入ったソースに…おっ、マヨネーズもある!

こっちの水筒袋って……牛乳か!」


 そして必ず買おうと思っていた野菜もしっかり入っていた。

 俺はみずみずしく光る真っ赤なトマトを取り出した。


「少しいびつな形だけど、新鮮そうで大きい。

家庭菜園かな、こりゃ早く帰ってやらないと」


 思いがけない収穫に、ホクホク顔で帰路に着く。

 店による手間も省けて、本当にラッキーだった。


「冷蔵庫は無いだろうから、

保存がきかなそうな物を今晩ちゃちゃっと……いやぁ腹減ってきたな」


 カゴにの食材たちを眺めつつ、俺は今晩の献立を考える。

 そうしてるうちにふと、ポケットに入れっぱなしのデジカメを思い出した。


「あ、そういえばあれ壊れてないかな」


 それなりに遠投したせいで、画面が割れているかもしれない。

 まあ壊れていても、報告書作成用の画像データしか入ってないし、ダメージはないけれど。


「うん、塗装が剥げた程度だ」


 液晶も目立った傷はない。

 念のためにと中のデータを確認していた俺の手は、突然ピタリと止まる。


「……こっ、これは!!」


 そこに映っていたのは、さっきの女性の写真。

 絶妙なアングルで、スカートの中身が見えてしまっている。

 そして、縛られた身体と猿轡に加え、涙でぐしゃぐしゃになった顔が、何とも犯罪臭をかもし出す。


「んー……もったいないけど削除と」


 一瞬迷ったが、あとで罪悪感で後悔すると思ったのでやめておく。

 何に迷ったかは言いませんよ、ええ。


 その後、俺は人通りの多い道を通って無事に宿へ帰る。

 食糧調達も命がけだと思い知った夜だった。


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