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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第一章 振られもしないサイコロの目
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23マス目 くだらない話



「その歴史書に書いてある、知恵多き老人というのがわしじゃ」


 ヒゲ爺は本を開いて、そのページを指さす。


「200年、……わしはこの世界で200年生きとる。

気の遠くなるほど長い時間じゃ」


 ヒゲ爺はコーヒーを淹れながら、深いため息をつく。


「200年って、……普通死んでるだろそんなの」


 ヒゲ爺は手にした本をさらにめくり、一つの文脈を俺に突きつける。


「不老病、ここに書いあるじゃろ?」


 そういえば、たしかエリザベートの書庫で見た単語だ。

 不老、読んで字の通りなら、病気なんて小さな枠組みにハマるものじゃない。


「不老不死なんて、人類の夢みたいなもんじゃないですか!」


 ヒゲ爺はコーヒーを一口啜り、静かに首を横に振る。


「死にはする。

不老じゃからな」


 でも…と続けようとした俺だったが、ヒゲ爺が先に口を開いた。


「例えば、今ここでわしが死んだとしよう。

でも生き返るんじゃよ、ある瞬間に、何事もなかったかのように」


「生き返るなんてそんな事……あ…」


 言いかけて、俺は口を開けたまま固まった。

 死にはするが、……死にはしない。

 矛盾している現実は、今まさに俺の置かれている状況そのものだ。


「生き返るはずじゃ、わしと同じ転生者ならば。

もしわしがこの場で自害しようとも、必ず生き返る。

君が生き返ると同時に、記憶も改ざんされ日常に落とされる。

だからもし死んでも、死んだことにさえ気づかずに、いつの間にか生きて生活しておる。

それがわしら、進むことを諦めた者。

わしは自らが置かれた状況を小説の中で綴り、創作と偽って《脱落者》と、そう名付けた」


 脱落者。

 その単語にいい意味なんか、微塵も感じない。


「俺も、その脱落者ってことですか?」 


「いいや違う、脱落者とは諦めた人間。 

降りかかる困難に、襲い来る苦難に、世界からの試練に立ち向かうのを諦めた者。

そういった人間は、世界からの呪縛によって死という解放の術を奪われる」


「奪われるって……、誰に?」


「さぁ? 竜か悪魔か、はたまた神か。

いずれにせよ、脱落者はもうこの世界で生きる以外の選択肢はない。

生きたくなくても、生きていくしかないんじゃ」


 ヒゲ爺は、もの苦しそうに胸のあたりを握る。

 心臓の病でさえも決して死ねない。

 それはまるで、世界の檻。

 死をもってしても脱出不可能な、永遠の牢獄。

 もしかしたら俺は、転生したのではなく、どこかに閉じ込められたのかもしれない。

 そんな不安が、俺の心臓も締め上げてくる。


「……出口って言い方は変かも知れませんけど、

元の世界に戻る道とかって、無かったんですか?」


「ああ、無かったよ。

それこそ死に物狂いで探した時期もあったのぉ。

だが……無かった、どこにも無かったんじゃ」


 俺は淹れてもらったミルクティーを飲むことも忘れ、呆然としてしまった。

 ここに来れば何かわかると思ったが、余計に頭を抱えるばかり。

 だが、俺は歴史書のページを捲りながら、一つの打開案を模索する。 


「ほかの転生者……、そうだ!

ここに書いてある、残りの4人を探せば……」


「もうやっておる」


 そう言ってヒゲ爺が取り出したのは、俺がヒゲ爺に会うきっかけとなった、アメリカが舞台の小説。

 

「元の世界の人間ならば、これを見れば集まってくる。

そう思って執筆したんじゃ。

……そしてそれを見て来たのは、お前さんが一人目じゃよ」


 俺は言葉を失った。

 この小説が広まったのは12年前。

 売り出した時期を考えればもっと前か。

 今から俺が動いても、十年単位なんていくらなんでも……。


「つまりそういうことじゃ。

情報も無しに、名も顔もわからぬ人間など探せん。

最良と思った方法もこのざまじゃよ」


 この人が長い時間をかけて考案した方法。

 いや、きっとこれ以外にも数え切れない方法を試して、失敗してきたのだろう。

 

「……わしはの、ただ帰りたいんじゃ」

  

 ヒゲ爺の拳は固く握りしめられ、膝の上で震えている。

 

「孫がいる、……まだ四歳になったばかりで、

いつもお爺ちゃんって抱き着いてきてな……」


 ヒゲ爺の目から悔しさが溢れ、膝元を濡らす。

 俺には、帰りたいという気持ちはわからない。

 あの世界に戻ったところで、帰る場所が無い。

 帰りたいというよりは、こんな死と隣り合わせの世界なんかよりも、安全で平和な世界に逃げたいだけ……。


「あれ……」


 頬を流れる雫。

 手を添えても抑えきれない量の雫が、目からこぼれていく。


「なんで? 俺は元の世界なんて……」


「自分の心に嘘なんてつけんよ」

 

 ヒゲ爺は自分も泣いているにもかかわらず、俺にハンカチを差し出した。

 

「俺は、……嘘なんて」


「いいや、ついとるよ。

お前さんは、本当に残してきたものは無いのか?」


 俺はハンカチで涙を拭いながら、目を閉じて思い出す。

 死んだ母親、消えた父親、クビにしてきた会社の上司。

 嫌な思い出が頭の中で映し出される中、だんだんと優しい思い出も一つ、また一つと浮かんでくる。

 最初に浮かんだのは母の記憶。 


「そういえば、最近墓参り行ってなかったな。

死ぬ前に、会いに行きたかった……」


 よく飲みに行ってた、高校時代からの友達。


「あいつなら、悩みを聞いてくれたのかな。

きっと真剣に話も聞いてくれたかもしれない」


 他にも、支えてくれた人間はたくさんいた。

 それに仕事を失ったのなら、どこかへ消えた父を探すこともできただろう。

 まだやり残したことが、いくつも思いつく。


「俺、……帰りたいです」


 これは傲慢だ。

 一度は自分で捨てようとした世界に戻りたいなど、虫が良いにも程がある。

 だがどんな屁理屈でも、非難されようと、帰ってやる。

 俺は絶対に帰ってみせる!


「良い目をしておる。

君ならきっと、この世界に風穴を開けてくれると信じている。

そのためなら、全力で君に協力しよう。

わしは運動は出来んが知恵なら貸せるんでな」


 ヒゲ爺はメガネをかけ直すと、突然立ち上がる。


「少し良いものを見せてやろう」


 ヒゲ爺は右腕を上げ、手のひらを上に向ける。

 空気がくるくると渦を巻き、徐々に集まった風は目に見える美しい球体を作り出す。

 ヒゲ爺はその球体を保ったまま、窓を開けて真っすぐ撃ち出した。

 撃ち出された球体は、近くの木を抉り、根元からなぎ倒す。


「……ヒゲ爺さんって、相当強いんですね」


「いいや、わしなんかはレベル2。

人間の中でもっても弱い部類じゃよ」

 

 俺は耳を疑った。

 単純そうな魔法だが、まるで大砲のような威力があった。

 しかし俺が聞いた話じゃ、レベル2は一般人程度ってはずだ。


「今のが、レベル2……」


「下手をすれば、子供でもこれ以上の魔法を使える者もいる」


 ……てことは何か。 

 さっき広場で追っ払った悪ガキが、あんな大砲みたいな技をぶっ放してくる危険性もあったと。

 冗談にしたって笑えない。


「お前さん……、実は相当に弱いじゃろう?」


「う、……いやその」


「隠さんでもいい。

わしのかけてるメガネは特注品でのぉ。

ある程度までは相手の力が測れるんじゃが……。

お前さんは低すぎて測定できん」


 そこまでハッキリキッパリ言われると、理解していたことでも歯軋りしたくなってくる。

 まるで弱いお前はどうしようもない、諦めろと言わんばかりだ。

 だが俺の予想とは反して、ヒゲ爺はある打開案を上げる。


「だがのう、魔法というものは、見た目より万能ではない」


 ヒゲ爺は指先にマッチ程度の小さな火を灯す。 


「人が使える強力な魔法は、基本的には、一種類のみじゃ。

わしならば風の魔法、これは主軸となるわしだけの魔法じゃ。

じゃが弱い魔法ならば、様々な種類を扱える奴もおる。

これは軸を支える、言わば支え、サブの魔法じゃ。

わしの場合は、風の弾に加え、この小さな火の魔法を扱える」


 指先に灯る火をフッと吹き消すと、ヒゲ爺は椅子に腰を下ろす。


「つまり何でもやってくるような、全知全能の奴などおらん。

火なら水をかけ、土なら高台に昇り、水なら電気でも流してしまえ。

よいか? この世で最も強い武器は情報じゃ。

相手を知れ、それが活路を見出す唯一の道じゃよ」


 少しだけ希望が見えてきた。

 俺の表情を見てヒゲ爺はニカッと笑うと、組んでいた腕をほどいて立ち上がる。


「……いい物をやろう」


 踏み台に乗って、クローゼットの上へ手を伸ばす。

 ヒゲ爺は上にある木箱を持ってきた。


「……それは?」


「これを渡す前に、1つ教えることがある」


 そう言ってヒゲ爺は、壁に飾ってある石に魔法陣を描き込んだ。

 赤く光った美しい石だ。


「綺麗な石ですね」


「熱鉱石と言っての。

この世界だとコンロなどに使われる、珍しくもない石じゃ。

ほれ、こいつを持ってみろ」


 俺は差し出された石を、軽い気持ちで掴んだ。


「っ!! あっつ!?」


 石に触れたとたんに猛烈な熱さを感じて、石を床に落としてしまった。

 それはまるで、熱々の鍋の蓋を取るときのような熱さ。

 とても手の上に乗せ続けるなんてできない。

 しかしヒゲ爺は、何食わぬ顔で落ちた石を拾い上げた。


「……熱くないんですか?」


「ああ、魔道具の熱だからのぉ」


 意味が分からない。

 そんな俺の心を見透かしたように、ヒゲ爺は意地らしく笑っている。


「ふふふ、すまんのぉ。

これはこの世界の人間なら、誰でも最初から持っている魔法なんじゃよ。

正式名称を魔法障壁という」


 障壁という言葉を聞いて、俺は体に貼るバリアのようなものを思い浮かべる。


「簡単に説明するならば、……そうじゃのう。

魔力を音に例えようかのぉ」


 ヒゲ爺は大きな紙を壁に貼り、可愛らしい絵を描いていく。


「まずお前さんは、ヘッドフォンで音楽を聴いていると思っとくれ。

魔力が大きいものほど、大きく遮音性の高いヘッドフォンじゃ。

それでもって、外部からの雑音が魔法じゃな」


 棒人間と音符が書き込まれ、説明が続けられる。


「自分の音楽に守られ、聞きたくない雑音を遮れる。

もちろんこれはある程度限界があるがのぉ」


「……つまり?」


 俺の問いかけに、ヒゲ爺は一度目をぱちくりと動かすと、強めの咳払いをして続けた。


「君はヘッドフォンをした者に、有効な攻撃はなんだと思うかね?」


 突如振られた問いかけに、俺は頭をひねる。


「わからんのか?

正解は、殴ればいいんじゃよ」


「いやっ、意味が……」


 俺は理解しようと頭をひねる。

 ともかく、この説明で音は魔力。

 音で攻撃しようとすると、ヘッドフォンで防がれる、だから殴れと。


「えと、つまり殴り最強?」


「それはちと違うな。

さっき見せたように、魔法は強力なものじゃ。

いわば敵は、音響爆弾を投げつけてきおる」


 じゃあダメじゃん。

 そう突っ込もうとした俺の傍らで、ヒゲ爺は先ほど下ろした箱の蓋に手をかける。


「逆に分かりづらくなったかのぉ。

まぁ、魔力に頼り切る世界じゃ。

さらには人も物も動物も、みんな魔力に満ちておる。

だからこそ、魔力の一切伴ってない物は防御ができない。

故に防御無視の一撃を与えられるんじゃよ」


 ヒゲ爺は少し懐かしそうに、埃の被った箱を開けた。


「もちろんこれは最強とは程遠い代物じゃ。

だが、お前さんなら、きっと使いこなしてくれる。

そう信じて、これを託そう」


 箱から出てきた物。

 それは銀色のフォルムに、黒い握り。

 西部劇を思い出す、ロマン溢れるシルエット。


「…………リボルバー銃!?」


「こいつなら魔法障壁も関係ない。

上手く使えば、格上の相手にも一矢報いることができるかもしれん」


「でも、なんでこんなもの……」


 その問いに、ヒゲ爺は俺の鞄を指さした。

 ……そうか。

 死んだときに持っていた物は、一緒に持ってこれる。

 アメリカは銃社会だ。

 護身用として持っていても不思議じゃない。


「いいか、こいつを過信するでない」


 ヒゲ爺は上着を大きくめくり上げる。

 そこには、大きな爪痕が刻み付けられていた。


「こいつを三発撃ち込んで、倒しきれなかった魔物から受けた傷じゃ」


「三発撃ったってことは……」


「ああ、このリボルバーの装弾数は6発。

弾丸は残り三発、予備の弾は無し。

ここぞというときに、過信せず引き金を引け」


 それは、だいぶ無茶な気がする。

 だがこの武器はとても心強い。


「大切に使わせていただきます」


「あ、そうじゃ。 

もしお前さんが命を落としてここに来るときは、わしの名前を呼んでおくれ」


「えっと、ヒゲ爺?」


「いいや、わしの本名はピーター・ディクソンという。

いつ転生者が来てもいいように、100年以上誰にも名乗っておらんのじゃ」


「なるほど。

名前を知ってるやつが来たら、

そいつはやり直している転生者ってわけですか」


「ああ、老人にもわかりやすく、覚えやすいというわけじゃ」


 ヒゲ爺は得意げな顔で笑った。

 取りあえず、世界の秘密はわからなかったが、大事な情報に武器、収穫は大きい。


「それじゃ、俺はそろそろ行きます。

ありがとうございました」

  

 俺は再び大きく頭を下げる。

 そんな俺に、ヒゲ爺は優しく手を伸ばした。


「……がんばるんじゃぞ」


「はい」


 二人は熱く握手を交わし合う。

 銃を鞄にしまい、ヒゲ爺の家に背を向けて歩き出す。


 ヒゲ爺の言ったがんばれには、色々な意味が込められているのだろう。

 先は見えない。

 でも頑張る。

 どんな目に合うか分からない。

 でも頑張る。

 この先、何回死ぬか分からない。

 でも頑張る。

 帰るために。

 元の世界に帰るために。

 何としても生きてやる。


「たとえ死んでも、俺は生還してやる!!」


 俺の声が空に響いた。

 それは誰に聞こえたのか。

 一人の少年が、どこかで笑った。


 この物語は、技術もなく、運動神経は普通で、特別な才能は何もない。

 そして、魔法の魔の字も使えない、最弱レベルの男が、戦い、生き抜き、世界からの脱出を目指す。


 そんな、くだらない話。


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