18マス目 魔の魅力
「これ、うちのシェフ自慢のタルトですの。
食べていきますわよね?」
風呂場での騒動がひと段落した後に、俺はエリザベートの自室へ呼ばれた。
そこで開口一番に言われたセリフがこれだ。
「……口止め料か?」
「まあ、そんなところですわね。
……絶対に言いふらすんではありませんわよ」
扇子で顔の下半分を隠しながら、鋭い目つきで睨んでくる。
酒の席で失敗はつきものだが、あれは見事な黒歴史だった。
「テンダーはどうしたんだ?
あいつが一番言いふらしそうだけど……」
「それをしようとしてましたので、一発殴って地下牢に放り込んでやりましたわ」
さらっと怖い事言ったぞコイツ。
「それで、食べませんの?」
「地下牢行きは勘弁願いたいんで、いただきまーす」
見た目はイチゴのような大粒の赤い実で彩られたタルト。
スライスしたぶ厚い果肉が、綺麗に並べられている。
軽くフォークを入れると、果肉の混じった柔らかいクリームが顔を出す。
ビスケット部分がこぼれないように、ゆっくりと口に運ぶ。
「ほぅ美味いな、……いやいやこれは美味いわ」
口に入れた瞬間広がる優しい甘み。
サクサクとしたビスケットの食感と濃厚な果汁。
赤い実はイチゴより酸味は薄く、サクランボに近いかもしれない。
ビスケットは焼き立てなのか、甘みを引き立てるほど良い温度を保っている。
そこに冷たいクリームと赤い実がはじけて、癖になる甘さを舌に残す。
気が付いたら皿は空になっていた。
「いやぁごちそうさま。
風呂上がりのデザートもいいもんだな」
「そうでしょう?
それと食べたからには、絶対に秘密ですわよ」
「わかってるって」
顔を赤らめて念を押すエリザベート。
警戒してもこちとら、お嬢様の恥ずかしエピソードを語る相手もいないんだよ。
「そういや泊めてくれるんだよな?
俺はどこで寝ればいい? ちょっと鞄を置いて来たいんだけどさ」
「ええ、では案内しましてよ。 セルバ」
エリザベートがひとたび呼ぶと、すぐさま部屋にノック音が響く。
「お呼びでございますでしょうか? お嬢様」
部屋に入ってきたのは、あの老執事だ。
あの風貌からして、俺は絶対にセバスチャンだと睨んでいたのだが。
……セルバかぁ。
少し似てるせいで、どうにももどかしい。
「二階の客室に案内して差し上げて」
「かしこまりました。
それではご案内いたします」
「え、ええ、……どうも」
俺は心底どうでもいい不満にモヤモヤしながら、セルバの後をついていく。
「こちらでございます」
「どうもありがとうございます、助かります」
ドアノブに手をかけて開くと、空き部屋にしては随分と広い空間が広がっていた。
目測だが15畳といったところか。
家具もあまり置かれていない部屋だが、掃除が行き届いているのだろう。
埃の匂いどころか、わずかに花の香りまでする。
「何かご不満がありましたら、何なりと申し付けください」
「いえいえ、何から何までどうもご親切に」
まるで高級ホテルだな。
セルバに頭を下げながら、そう思った。
……あ、そういえば!
「あの、ちょっと待ってください!」
「はい、何でございますか?」
明日ヒゲ爺と話す前に、いくつかこの世界の情報を知っておいた方が良いだろう。
「この屋敷に、書庫はありますか?」
「……広いですね」
「他にも閲覧許可のある書斎などがございますが、
調べものでしたらこちらがよろしいかと。
それでは、私はこれで失礼いたします」
俺はセルバが部屋を出たのを見送ると、改めてこの部屋の迫力に目を奪われる。
ざっと見ただけで、10万、……いや30万ほどの本が並べられている。
入り口近くには椅子とテーブルもあり、書庫と言うよりは図書室に近い。
適当に何冊か手に取るが、中身はすべて日本語だ。
背表紙の一覧がすべて日本語な事に違和感すら覚える。
その中で俺は気になる本を見つけた。
「不老病の歴史? 何だろう?」
不老病という言葉自体は、元の世界でも聞いたことがあった。
確かハイランダーなんとかっていう病気があったはずだ。
しかしページを捲っていくと、明らかに地球の病気とは違うことがわかる。
「不老病とは寿命が消えてしまう病気である。
原因は不明で、症状は前述の通り寿命の消失。
肉体は老いず、亀のように長い時を生きる奇病。
さらには、虚言癖や幻聴などの症状が現れることが確認されている……」
寿命が消える?
やっぱりこの世界は、俺の知っている世界とはかけ離れているらしい。
俺は本を戻し、別の本棚に視線を移す。
「そういえば、ネストの手配書にはダークエルフと書いてあったはずだ。
ということは、この世界にはそういった亜人みたいなのがいくつも居たりするのか?」
それにさっき食べていたのも、ドラゴンの肉だった。
ということは、街の外に出たらゲームに登場するようなゴブリンとかドワーフなんかが住んでいるのかもしれない。
もし外に出ることになっても、魔物の対処法くらいは知ってた方がいいかもしれない。
「そうと決めたら、まずは図鑑を探すか」
それから10分後、俺は目的の本を発見する。
「……あった!」
背表紙に世界の亜人と書かれた本を手に取る。
本には知能を持った亜人をピックアップし、種類別に掲載されている。
俺は中をペラペラと見た後、目次に目を移す。
『エルフ族』『猿人族』『鬼人族』。
『死人族』『人狼族』『スライム族』。
『精霊族』『ドワーフ族』『巨人族』。
世界中の亜人は、大きく分類すると、この9種類が存在する。
そして『龍人族』『死神族』『魔人族』。
これらの所属は、大昔に絶滅した種族として番外編に載っている。
普通の人間は載っていないのか調べると、猿人族がそうらしい。
正直、猿人族を抜くとエルフ以外は、あまりお近づきになりたくない。
少し読み進めると、色々分かったことがある。
精霊族は意思を持った魔力の生命体で、具現化するには特殊な魔法が必要なこと。
人狼族は生まれながらに動物と会話し、操る特殊能力がある事。
死人族は、異常な再生能力と生命力を持っているが、別に不死身なわけではないこと。
軽く読んだ程度では、このくらいだろう。
「人に関してはこれくらいでいいか。
それより、人を襲ってくるような怪物がいないか調べたいんだけど。
……この魔物図鑑ってのがそうか?」
俺は同じ棚にあった地味な背表紙の本を手に取った。
埃を払って本を開くと、世界に生息している危険生物の情報だった。
「これだこれ! こういうのを見たかったんだ」
ページを捲ると、想像以上に多くの魔物が載っている。
「えーっと、あったあった、パロット王国周辺に住む魔物一覧。
なになに? ゴーレム、ゴブリン、ワイト、グリフォン、
ワイバーン、ビッグワーム、ゾンビ、ロックベアー、
マンドラゴラ、ドロネズミ、ミノタウロス、
デュラハン、サイクロプス、ミミック、
ホーネット、ガーゴイル、メドゥーサ、
キラーデビル、ハーピー、ラミア、アルラウネ…………」
俺はそっと本を閉じた。
街から出るのはやめよう、そう硬く決意した。
5分ほど本棚を眺めていて、気になる本を発見する。
「これは……」
輝く宝石のような表紙の本。
凝った装飾に目を奪われ思わず手にしてしまったのは、パロット王国に伝わる秘宝について書かれた一冊だ。
「王国に隠された秘宝は数多くある。
魔力を吸い込む暴食の斧、大陸を喰らう竜の牙、世界を滅ぼす紙切れ。
だがどれも信憑性に欠ける紛い物。
駆け出しの吟遊詩人が歌うチープなおとぎ話に過ぎない」
伝説の道具などそんなものだ。
そう思いながらも、俺のページをめくる手は止まらない。
「しかし、確かに確証の得られる道具が二つ。
この国には眠っている、私が調べ上げた秘宝についてここに記そう」
まるで手記のようにつづられた文章には、熱がこもり始める。
「一つ、七面虚像。
……世界の災厄を運ぶ脅威、その存在を笑う像である。
これは比喩ではない、確かに笑うのだ、身の毛もよだつ不気味な声で」
これ以上は似たようなことを十何ページにも渡って綴られていた。
もう見る必要はないとページを読み飛ばし始めた時、次の項目へと差し掛かる。
「二つ……、竜の魔道結晶!?」
俺はここで思い出す。
ネストの奴が探していた、訳の分からない道具の片鱗。
「えっと……確か、なんて言ってたっけ?
”竜のま”までは巨漢のチンピラが口走ってたはず。
それからネストが騙すように口走った”竜王の宝石”
言葉の意味としちゃかなり近い」
繋がる。
ついに本人に聞く事の叶わなかったネストの探し物。
まさかこんなところで点と点が結びつくとは思わぬ収穫だ。
「出来る事なら、二度と活用したくない情報でもあるがな」
しかしそれ以上読み進めても詳しい説明は得られなかった。
形状も色もどこにあるのかも全く不明の謎の石。
一冊丸々二時間かけて読破したにもかかわらず、わかった事はこの国にある事と名前くらいだった。
俺は少しの後悔と読み終わった充実感を感じながら、さらに情報を集められそうな本を探す。
それから10分後。
「ん? ……これって」
俺が見つけたのは、魔法入門書だ。
子供でも使えるちょっとした魔法が載っている。
「試してみる…か?」
内心は、期待と恐怖が半々だった。
凄まじい魔法が使えたとしても、もし暴走したら……。
そんな背筋の凍る想像が頭をよぎる。
それでも、やはり魔法という言葉には好奇心をくすぐられるのが男ってもの。
早速椅子に座り力強くページを捲る。
「周りに本があるのに、火の魔法はまずいよな……。
あ、若木を生やす魔法なんて良いかもな」
俺は本来の目的も忘れて、魔法の本を読み進める。
「なになに? 魔法陣を描いて……、どこに描こう?
複雑な模様だから、手帳に書くのは面倒だな。
……あ、そうだ!」
俺は急いで部屋に戻る。
数分後、ダッシュで戻ってきた俺は勢いよく数枚の紙束をテーブルに叩き付ける。
「よし、これを使おう!」
俺が持ち寄ったのは仕事の書類のコピー。
もうゴミにしかならないのだから、ちょうどいい。
書類の裏を使って、ボールペンで魔法陣を描き出した。
「……っと、これでいいのか?」
少し不格好だが、割と上手く描くことができた。
それをテーブルに置き、あとは手のひらを使って魔力を送る。
本には手のひらから水滴が滴るイメージと書かれているので、頭の中で何度も意識する。
「あとはなんだ、呪文!?」
本には噛まないように気を付けようと注意文を添えて、大きな文字で呪文が書かれていた。
「えーっと?
……初級の練習用呪文は五つか」
少し恥ずかしいが折角だ。
大いに真面目に唱えてみよう。
俺は息を強く吸い込み、腹の底から声を出す。
「我が名に答えよ、母なる大地に息吹よ舞え、パルポラーダ・ユグドラシル!!」
言い終った直後、俺の手に緑色の淡い光が宿る。
「よし、この調子で……」
「はあああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー、うぉおらぁああ!!!」
「そいやぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー、ふんぬらばあぁ!!!」
「うんとこしょぉぉぉーーーーーーーーーー、どっこいしょおぉ!!!」
…………出ない。
本には小さい芽が徐々に、若木になると書いてある。
確かに芽は出た。
だけど、芽のままにょろにょろと伸びただけ。
「これじゃ、かいわれ大根じゃねぇか!!」
俺の叫びが書庫に反響する。
だが仕方がない。
一時間頑張った成果が、かいわれ大根一本では叫びたくもなるもんだ。
とりあえず、これどうしよう?
紙の上に生えた、ヒョロヒョロのかいわれ大根。
………………食べてみた。
実食!
お味のほどは。
うん、食感はかいわれ大根だ。
でも味は、ピーマンに近いかもしれない。
ほのかな苦みと新鮮味溢れるシャキシャキ感が何とも……。
ここでやっと俺は気づく。
「…………俺、何やってんだろう?」
セルバさんが夕食の時間を知らせに来たのは、このすぐ後の事だった。




