16マス目 ドラゴンの味
どうせエリザベートのお屋敷なのだから、ギラギラと目に悪そうな金色ばかりなのだろう。
そんな風に思っていた。
「すっげぇ……童話に出て来そう」
白い外壁に上部の尖った黒柵。
庭に美しい花が咲き乱れ、馬車の窓を開けると気持ちが穏やかになるような花の香りがする。
中央に目を引く竜と精霊のたわむれる彫刻が水を吹き、鮮やかな噴水となっていた。
奥に見えるクリーム色がかったレンガのお屋敷。
太陽光チカチカと反射する鮮やかな光を見ると、天女を描いたステンドグラスが目に入る。
「お前、ここに住んでるんだよな?」
「当然でございましょう?」
「……金持ちってのは、ほんとに常識がすり合わねぇ」
俺が住んでいたワンルームのアパートを思い出すと泣けてくる。
こちとら風呂とトイレが別々なだけで喜んでたってのに。
「さぁ着きましてよ。
ようこそ、我がお屋敷へ」
黒いごつごつした門が到着と同時に音を立てる。
ゆっくり押し開かれていく間に、門の奥でメイド達が綺麗に整列を始めた。
「「「「お帰りなさいませ」」」」
そろった挨拶が馬車に向けられる。
ざっと見て30人はいるだろうか。
メイドと執事が左右に分かれてずらっと並ぶ。
その間を通って、馬車はお屋敷の正面へ向かう。
正面玄関前にある噴水を迂回し、お屋敷正面で停車した。
「お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま戻りましたわよ」
馬車を降りると、風格のある老執事が迎えてくれた。
「お嬢様、先ほど買われた靴が届いております」
「後ほどじっくり拝見しますわ。 倉庫に入れといてくださる?」
「かしこまりました」
「食事の用意は?」
「出来ております」
老執事はエリザベートが前を通り過ぎたことを確認すると、馬車から出てきた俺に目を向ける。
「そうそう、こちらは先ほど言っておいた客人ですわ。
案内して差し上げなさい」
「かしこまりました、どうぞこちらに」
老執事はすぐさまこちらに頭を下げると、金のドアノブに手をかけ両開きの扉を開ける。
開け放たれた扉から除く景色に、俺は思わず息をのむ。
「……こんなの現実にあるんだな」
左右に分かれた階段にはレッドカーペットが敷かれ、中央にはガラス細工がそびえる。
上に目をやれば金の粉を降らすように光を放つシャンデリア。
吐息が聞こえそうな迫力を見せる踊り子の絵画や、細部に人の手による細工が施された銀の甲冑、花をひきたてつつ色彩鮮やかに目を引かせる花瓶に、武器ではなく美術品としての粋を極めた魅惑の剣。
踏みしめる絨毯の感触さえも、俺がこの場に足を踏みこむ事への場違い感で、押し倒されそうになる。
「どうしましたの、そんなにきょろきょろと。
何か珍しい物でもありまして?」
「いや、全部そうだって。
目に映る光景全部が初めてで、何を見ていいのか迷ってる」
「そうですの? では存分に眺めるといいですわ!
オーホッホッホッホッホッホッホ!」
金持ちは自慢好きと言うが、エリザベートも例に漏れないらしい。
しかしよく見ると、飾ってある物に一定の偏りがあるように感じられた。
「なんか甲冑とか武器が多いな。
あんたの親父さんの趣味とか?」
俺の言葉に、エリザベートは青い顔をしてこちらへ視線を向ける。
「ま、まさか、わたくしを知らないで助けを求めたんですの!?」
その言葉から察するに、彼女は有名人なんだろう。
まぁビルゲイツくらい有名だとしても、事前知識ゼロの俺には知りようも無い。
肩を落とすエリザベートに割って入るように、老執事が答えを教えてくれた。
「エリザベート様は、この国でも由緒正しき騎士の家系に生まれた方です。
武術でお嬢様に勝てる方など、この国には数人しかおりません」
それを聞いて、俺は自分の悪運の強さに驚いた。
偶然声をかけた貴族のお嬢様が、実は選りすぐりのスーパーウーマンだったわけだ。
「あれ、ってことはエリザベートって騎士なのか?」
「違うとは言えませんわね。
わたくしは年齢的にも性別的にも、戦いに向いているとは言い難いですわ。
ですから、国の意向で書類の作成や整理、道具の補充などの裏方をやってますの」
「……強いのにか?」
「強さは関係ありませんわ。
力と権力を持っていても、わたくしは女。
国民の上に立つのは、何かと面倒なんですわよ」
なんか、江戸時代の日本みたいな考え方だ。
男尊女卑の考え方はよく分からん。
「お前も苦労してんだ……何かめちゃくちゃ良い匂いしないか?」
老執事が目の前の大きなドアに手をかける。
ドアプレートには食堂の文字。
「どうぞ、お入りください」
開かれた扉の向こうから、窓越しの太陽光が舞い込む。
一瞬のまぶしさで伏せた両の目蓋を開いた先に、視線を吸い込むような景色が広がる。
横に長く広がる大広間に、純白のテーブルクロスをかけた長テーブル。
そこに置かれた鮮やかな料理の数々は、美味しそうというよりもはや美しい。
一匹丸々乗せられたエビに、鮮やかなカルパッチョ。
みずみずしいフレッシュな野菜が、バターの香る焼きたてパンに挟まれている。
中央に据えられたメインの皿には、ふわりと湯気が昇るステーキが鎮座する。
「何をぼーっとしてますの」
いつの間にかエリザベートは、向かい側の席に座り指をさす。
「料理が冷めてしまいますわ。
あなたの席はそこ、わたくしの正面に座りなさいな」
「お、おう、……じゃあ失礼して」
ぎこちなく座る俺を見届けると、先ほどの老執事はぺこりと頭を下げ部屋から去っていった。
後ろから見られながらの食事は確かに食いづらいが、多分別の配慮だろう。
「ふふっ、大事な話をするんですもの。
部外者が居たせいで口が重くなられても困りますわ」
「そ、そうか…うん……なるほど」
現在空腹度はマックス。
腹の虫を抑えるのにも限界が来た。
悪いが今はお喋りは出来無さそうだ。
「ま、それは置いておきまして。
……それではいただきますわ」
「い、……いただきます!」
こういう場合、前菜のサラダから頂くのが正しいのだが、真ん中の肉厚なステーキの堪らない香りが涎をあふれさせる。
俺は誘惑に負けて、いきなり肉にナイフを入れた。
力を入れていないのにナイフがするりと入り込む。
まるでハンバーグを切っているような感覚だが、断面は間違いなく肉汁溢れるステーキだ。
ほのかな赤みが、口に運ぶ手を早めさせる。
……美味い。
美味いぞ!? 何だこれ!?
口入れた途端に、濃厚な肉汁が舌に絡む。
溶けるというよりは、肉がほどけるような食感がする。
強い甘みが口の中に漂い続け、呑み込んだ後も口に広がる後味が色あせない。
「……そんなにおいしかったんですの?」
……はっ!
今、俺はどんな顔をしてた!?
口角は上がり切って、顔の筋肉がほどけ切った情けない顔をしていたような気がする。
だが仕方がないだろう。
間違いなく、人生で一番美味い物だったんだから。
……そういやエリザベートも盛大に肉から手を付けている。
このお屋敷にテーブルマナーは無いようだ。
「こんな肉食ったことないぞ、何の肉なんだ?」
「ドラゴンですわ」
……とんでもない物を食べてしまった。
そもそもドラゴンって、食べられるんだな。
「さて、食べながらで構いませんわ。
そろそろ話してくださる?」
エリザベートの眼つきが、明らかに変わる。
先ほどまでの食事を楽しんでいた姿は、もうそこに無い。
彼女が俺に送る視線が、共に戦った仲間から、敵の可能性を考慮する疑惑の眼に変化する。
「情報か?」
「ええ」
ここで受け答えを間違えると、殺される可能性だってある。
実際に初対面の時、一度殺されかけた。
だがこの状況はエリザベートに頼み込んだ時から、すでに覚悟していた。
焦らなければ問題は無い。
「……何が聞きたい?」
俺はテーブルナプキンで口元を拭いながら訪ねる。
「まず大前提ですわ。 あなたは敵ですの?」
「NOだ」
俺は即答で返す。
この質問には、嘘をつく理由も、言い訳をする理由もない。
「わかりましたわ」
エリザベートは、音を立てずにスープをすくう。
口に含んで味わいつつゆっくり飲み込むと、質問を続けた。
「今の質問の答え、つまりわたくしの敵ではないという、証拠はありますの?」
「ああ、ある」
というよりは、言い訳を考える時間はたっぷりあった……が正解だがな。
「俺があんたの敵ならば、接触した目的は何だと思う?」
「暗殺ですわね。 わたくしは最初そう思っていましたもの」
「だろうな……、だがあんたは強い。
それだけ強い人間を暗殺するためには、人手がいるはずだ」
「……そうですわね」
エリザベートは、ゆっくりとワイングラスを揺らしながら答えた。
「でもな、さっきの戦いで最後にネストが立ち上がった時、
間違いなく俺は、危機的状況だったのはわかるだろ?」
「仲間が助けに来なかったのが、理由と言いたいんですの?」
「ご名答」
エリザベートは少し呆れながら、グラスのワインを飲みほした。
俺はその隙にドラゴンの肉を口に運ぶ。
「それだけで信じることは難しいですわ、それに……」
俺はエリザベートの視線が、顔からわずかに下へ動いたのを見逃さなかった。
「カナリア国の暗殺部隊、……そう思っているか?」
エリザベートは握っていたスプーンをその場に落とし、手元の傘を軽く構える。
今にも襲い掛かりそうなエリザベートに、内心怯えて冷や汗をかきながらも平静を装う。
「おいおいまあ待てよ。
そもそも本当に暗殺者なら、こんな格好で堂々と歩いてないだろう?
そんなバカが居たら、見てみたいもんだ」
エリザベートの傘を持つ手に、少し力が無くなったように感じた。
そこにすかさず、俺は言い訳を叩き込む。
「これは拾ったんだ」
「……拾った?」
「ああ、この街へ来る時に、盗賊に身ぐるみ剥がされてな。
葉っぱで体を隠そうと森に入ったら、死体があった。
そいつから貰ったのさ。 だから拾った」
エリザベートは少し迷っていたようだが、
しばらくすると、静かに傘を置いた。
「参りましたわね。
わたくしが聞きたかったことを、全部先回りして言ってしまうんですもの」
そりゃそうだ。
全部エリザベートに言われたことなのだから。
ただ表情から察するに、もうひと押しってところだろう。
だったら……。
「魔力を計る道具とか無いか?」
無かったら、食事を済ませてすぐに出てけばいい。
もしあれば、完全に誤解は解けるだろう。
「ありますわ、テンダー」
よし!
俺は心の中で拳を高く突き上げた。
テンダーは呼ばれて10秒足らずで、それらしい道具を持ってきた。
どこかに用意していたのだろうか?
「さあ、こちらへおいでなさい」
用意されたのは台車に乗せられた大型の魔道具。
サイズで言えば自転車くらいはあるだろうか。
「ここに手を置いてくださいな」
淡く青い光を発すその道具は、丸い水晶の周りにいくつものリングが交差して回り続けている。
銀の土台には二匹のペガサスが翼を合わせた姿で描かれており、なんとも美しい。
水晶の上部に目をやると、小さな水晶が20ほどきれいな円を描いて回っている。
エリザベートが手を置けと言っているのは、上部を回っている水晶の中心。
何もないように見えるが、その部分に手を置くと透明な光のバリアのようなものが確認できた。
「これでいいのか?」
「ええ、よろしいですわ」
「うおっ!」
一瞬背筋は冷えるような感覚に足が震える。
「出ますわよ!」
水晶が水面の様に波打ち始める。
すると中心辺りから、炙り出しのようにじわじわと光が浮かぶ。
強弱を続ける蛍のような光は、水晶の中を何度か揺れ動き消えていった。
「1個の光? ……ってこれレベルか!?」
「……え、ええ…ぷふっ」
エリザベートは顔をテーブルに押し付け、プルプル震えていた。
完全に笑いを堪えている。
「あのぉ……、疑惑は晴れたかい?」
反応から見ても、無実判定を勝ち取れたことだろう。
ふと足元に目をやると、テンダーがうずくまっていた。
腹を抱えて足をバタつかせている様子から、随分と元気そうだ。
でも何だろう。
テンダーに爆笑される方が、少し腹が立つ。
俺はとりあえず席に戻り、やけくそ気味にパンをかじる。
「な、なるほど、申し訳ありませんでしたわ。
レベル1では犬にも勝てませんものね、…………ぶふっ」
いっそのこと大爆笑してくれた方が、ダメージは少ないんだけどな。
そんなことを考えながら、俺は最高に美味い肉をガツガツと口に運ぶ。
「まあ、分ってくれればいいけどな」
「そうですわ、いい年代物のワインがありますの。
さあテンダー、笑ってないで走りなさい!」
「は、はい!」
テンダーの走り去る姿を見つめていると、角を曲がった直後に大笑いが聞こえてきた。
相当堪えていたんだろうな、あんにゃろう。
「まあ、その酒を飲んだらお暇させてもらうよ。
住む場所も見つかってないんでな」
「あら、でしたら今夜は泊まっていけばいいですわ」
エリザベートの意外な提案に、フォークを動かす手が止まる。
「いいのか? 手伝ってもらった上に、宿まで貸してくれるなんて。
随分と太っ腹じゃないか?」
「ええ、疑ってしまったお詫びですわ。
本当は住む場所が見つかるまで居させてあげたいのですけれど、
もうすぐ目が回るほど忙しくなりますの。
ですので今夜一日だけ、お客人として持て成して差し上げますわ」
エリザベートは明るく言い放つ。
俺にとっては願ってもない申し出だ。
「一日でも本当に助かるよ。
ありがとう、恩に着る」
その後は昼間から酒を飲み、散々語り明かした。
下町の噂や、昔の失敗談などをワイワイと語り合った。




