第十三話
深堀に案内されて踏み入った長崎はどうにも騒然としているように感じた。
長崎の地は、その土地に土着した長崎氏が領していたが、港を整備してからは
南蛮や明との商いで賑わう土地に変貌しており、周囲の豪族から目を付けられ
しばしば戦火が及んでいた。先日までは大村に与した長崎純景が領していたが、
その大部分を教会に寄進していた。
しかし今回の戦で大村は敗れその当主は切腹。長崎純景も討死してしまった。
さらに、同盟者で切支丹領主でもあった有馬は龍造寺に滅ぼされている。
これで街と教会が騒然としないわけがなかった。
とりあえず率いてきた軍に収拾させることにして、この地のことを考える。
長崎は良港であり、南蛮に限らず明などとも取引する重要な拠点となっている。
そんな場所を一豪族に任せるわけには行かない。とは言え、利権を求めて長年
攻め取ろうとしていた場所を、上位者として横から浚っていくのも気が引ける。
ということで、深堀らと協議の結果、半官半民でやることになった。この場合、
官が龍造寺で民が深堀なので正確ではないが。
差し当たり龍造寺からは代官を出し、前領主が寄進していた土地の大半を、
教会から収公して代官所を設置。領土としては深堀が治めることで一致した。
しかし宗教関係はややこしい。
正直見たくもやり合いたくもなかったが、そうもいかない。
教会から土地を収公した時、色々すったもんだがあったが、当座のこととして、
以下の条件を示してみた。
一、個人の信仰は自由。
一、領主の受洗も個人の範囲でなら自由。
一、教会の建設は代官へ届出すること。
一、布教は許可するが強要はしないこと。
一、寺社仏閣の打ち壊しを禁ずる。
一、奴隷売買は持込に限り許可するが、代官へ届出を行うこと。
また、奴隷の国外持出は原則禁止とする。
こんな感じでひとまず様子を見ることにしたのだが、彼らは不満の色を目に浮
かべていた。まあそうだろうな。布教の先には宜しくない目的があるのだから。
なので、教会は布教が目的なのだから問題ないよな?と圧して黙らせた。
不満があるなら禁止令を出しても良いんだぜ?という副音声を付けて。
この程度でも東洋のカエサル(笑)とか言われるのだろうか。
ところでこの当時、奴隷とされる者たちは全国当たり前に存在している。
奴隷は禁止する、というのが久しぶりの現代人の感性としては正しいのだろう
が、ここでそんなことをすると間違いなく大きな反発が起こる。俺の領内では
なるべくさせないようにしているが、周りを見渡せばいくらでもやっているの
だから。よって、国外に売り飛ばすことは言語道断だが、制度自体を廃するに
はまだ幾分かの時か、絶対的な力の類が必要だろう。
さて、港があれば船がある。深堀は水軍を持っているし、大村も持っていた。
龍造寺は降した西肥前の松浦が水軍を持っているが、自前では持っていない。
そこで今回、大村水軍に属す旧臣を直参として龍造寺水軍へと編成しなおして
みた。規模は小さいが、深堀らと協調させれば何とか形になるのではないか。
そして、船と言えば島である。
肥前には五島列島も含まれる。五島には海賊領主とも言えるような五島水軍が
割拠しており、これを降さねば肥前統一を成し遂げたと言うことは出来ない。
そこで、水軍を編成してから、まずは従属を呼びかけてみる。五島は地理的に
松浦地方に近く、松浦党の一部という側面も持っているので、弟の安房を通じ
て松浦からも五島の領主へ声を届けさせた。なお、五島の領主、宇久左衛門は
切支丹である。そこに一抹の不安を感じていたものの、これまで通り松浦党に
属し、俺たちの命にも服すとの回答があった。そこで、俺は宇久には今後、島
の代表であることが分かるよう五島氏を名乗るよう命じ、五島がまとまりを見
せ、乱などが発生するのを抑制してくれることを望んだ。更に長崎で定めた切
支丹への通達も届けさせた。
こうして深堀水軍を与力とする龍造寺水軍、五島水軍が与力する松浦水軍という、
国内で勢力下の二つの水軍を龍造寺家は手にすることに成功した。
なお、松浦水軍は筑前と対馬を窺う方に。龍造寺水軍は肥後方面を窺う方に主に
運用されることとなる。
こうして俺たちは南肥前を制圧し、水軍を作り上げ肥前統一に成功した。




