47話「淀む舞台と悪意の役者」
寝かせられていた建物から飛び出した春の目に飛び込んできたのは、広場を埋め尽くす大小様々な夜蜘蛛と大蜘蛛 《コクヤ》。
それらを相手に立ち回るレジィ、アントニー、ハンスの三人組と、魔人間のオルグとゴシン。
そして戦闘で建物が崩れて更地の様になった場所で、意識を失う前と変わらずに高レベルで拮抗する戦いを繰り広げるリエラとラミアだった。
「――みんな!」
春が声を掛けると、皆一斉に振り返る。
「ハル!大丈夫か?!」
「うんっ!それよりも聞いて!」
心配そうに駆け寄ってきたレジィを制し、先程セレスから聞いた事を急ぎ伝える。
「禍地化の《核》・・・――《禍津碑》は、リングホールの最上階にあるの!急がないと街が・・・みんなが!」
「なんだって!」
その言葉に、リエラと戦闘中のラミアがせせら笑いながら呟く。
「あらぁ・・・もう場所が解っちゃったのね。やっぱりハルちゃんは素敵だわ。」
「何が可笑しいの?」
リエラの剣撃から一旦距離を取り、妖艶な笑みを浮かべたラミアは《コクヤ》に向けて手を伸ばした。
「――コクヤ、時間よ。もうお遊びは終わり。」
ラミアの言葉に頷くかのように首を傾けた大蜘蛛は、糸を吐いてオルグ達を牽制すると主の元へと近寄る。
「もうちょっと遊んであげたかったけど、この舞台は幕引きね。――次の役者が準備を終えたみたいだし。」
そう言って《コクヤ》の背にひらりと飛び乗った。
「――逃げる気?!」
「ええ、そうよ。私は私の目的の為に死ぬ訳には行かないからね。それに――」
バリィィィン!
ついっと顎を上げながらラミアが眺めた方角――南門の方角から、破砕音と共に《大障壁》が砕け散った。
「――なっ!なんで!?」」
「あーあ、時間切れ。それじゃあハルちゃん。がんばって生き残ってね。次はもっと素敵な舞台で踊りましょう。」
「待って!」
春の制止の声も流し艶やかに笑みを浮かべながら、ラミアは《コクヤ》と共に闇に溶け込むように消えていった。
ラミアが消えると同時に、場の空気が一気に淀み始める。
「これは・・・!」
見渡す一同の足元で白い靄が渦巻き、石畳の表面がじゅくじゅくと泡立って変色していく。
「禍地化・・・」
ついに、リムリオ内部まで禍地の浸食が始まったのだった。
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「ちくしょう!」
変異した腐死竜に浸食され、《大障壁》を破壊した《壁の魔像6番》を見て、地団太を踏むエバンス。
南門からの突撃で一気に攻撃を加え、本当にあと一歩のところでの失敗だったのだ。
障壁の破れた場所からは、一気に禍地化が広がる。
「くそっ!!取り敢えずこいつをなんとかするぞ!」
腐肉に覆われた《6番》に向けて剣を構え、指示を飛ばす。
異様な音を立て、黒い靄を吹きながら動き出した《6番》は、その目標をエバンス達に変えてゆっくりと近づいてくる。
「レイン!何か手はないか!?」
「《焼却》か《浄化》しか思い浮かばん!だが、こっちはとっくに魔力切れだ!」
纏わりついてくる腐者を斬り裂き、肩で息をしながらレインは叫ぶ。
「こっちももうだめ!付与魔法も回復魔法も、やれるほど魔力は残ってないわ!」
ロングメイスで腐者を叩き潰しながら、ロレインも答える。
「そもそも《壁の魔像》に魔法は効かないぞ!どうする!?」
ゆっくりと腐者の群れに包囲され、展開範囲を狭めていくエバンス達。
死者は出ていないものの、怪我と疲労でまともに戦えそうな者は殆どいない。
「せめてもう一人ぐらいSランクが居れば・・・」
そう言った瞬間、轟音と共に《6番》の後方から一直線に土煙が押し寄せてきた。
数百体は居る腐者の群れを分割し、一本の道が出来上がる。
跡に残ったのは散らかった土塊と腐肉のみだった。
「な・・・なんだ!」
もうもうと舞う土煙の中から二つの影が走ってくる。
「おらあぁぁぁぁ!!」
ターバンを巻いた男が走り抜きざまに手に持った刀を一閃すると、《6番》の鷲頭がぼとりと地面に落ちた。
「どっせぇぇぇい!!」
青いアフロの男は腐者の群れに突っ込むと、地面を殴りつけ《気》の波を拡散させる。
殴りつけた地面の四方に居た数十体の腐者は、その衝撃で一気に砕け散った。
「んもう!なんだって《大障壁》が張られてるのよ!やっとここに来れたわ!」
「タイガー!?」
「まったくだ!あとでオジーの爺さんに文句言ってやろうぜ!」
「エンリケ!」
エバンスが願った増援は、奇しくも《大障壁》が破られたことで現れたのだった。
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「くそ!なんで《大障壁》が!――ハルは大丈夫か?」
「うん、ごめんね。なんか心配かけちゃったかも。」
「それよりも、リングホールに《核》があるって本当なの?」
リエラの質問に頷く春。
「はい。セレスさんがそう言ってました。」
「セレスって・・・聖女セレス!?」
驚愕するリエラに、再び頷く。
「とにかく、詳しい話をしている時間は無いと思うので、急いでリングホールの最上階へいかないと!」
「それなら私が転移で――」
そうリエラが言いかけた瞬間、淀む空気の中で何かが蠢き始めた。
それに気づいた一同は、辺りを見渡す。
主が消えた事で動きを止めていた夜蜘蛛がざわざわと集まり出していた。
「――なに?・・・」
異様な動きを見せる夜蜘蛛にから目が離せない。
見れば路地裏や瓦礫の隙間から、黒いインクが流れていくように蜘蛛達が集まっていく。
まるで町中の蜘蛛が集合していくような光景に鳥肌が立った春は、腕をさすって怖気を押さえる。
寄り集まった蜘蛛達は周囲の魔力を喰らいつつ黒い靄に包まれて融合し、やがてそこに現れたのは髑髏のような顔をした奇怪な大蜘蛛だった。
「ひえぇ・・・」
「こんなの見たことないわね・・・さしずめ髑髏蜘蛛って所かしら・・・」
融合を終えた髑髏蜘蛛は一瞬ぶるりと身を震わせると、その髑髏の頭をこちらへと向けた。
「ミアさんの置き土産、かな・・・。時間もないのに!」
一同は手に持った武器を構え、臨戦態勢を取る。
「くっ、これじゃ全員飛ぶのは無理ね・・・」
「リエラさんだけなら行けますか?」
「ええ。体内の魔力を使えば一人ぐらいなら転移できると思うわ。」
「それならリエラさんが先に行って下さい!わたし達がこれを抑えます!」
「だけど!」
「きっと、大丈夫です!それに、ミアさんは次の役者がどうとか言ってました!きっとそれって、セレスさんが言っていた《冒涜》のラプラスって人の事だと思います!多分わたし達が行っても敵いません!」
「《冒涜》のラプラス!?」
春の口から飛び出たその名に、リエラは声を上げて驚く。
《災禍戦争》以来、各国が総力を挙げて探していた第一級の危険人物の一人なのだ。
結局今まで、稀に彼の作り出した魔物が街を襲うという被害以外その痕跡は見つかっていなかった。
《冒涜の陰禍 暴蛇》もその一つだ。
もし春の話が本当なら、彼の人物は600年以上生きて居る事になる。
人族であったという記録はあるが、それだけ長い間生きていたとすると、既に人であるかどうかも疑わしい。
「わかった。先に行くわ!」
「はい!お気を付けて!多分、エチゼンヤさんもそこを目指しているはずです!」
「了解!ハルちゃんも無理しないでね?」
「はいっ!」
春の返事を聞くと少し微笑み、リエラは淡い光と共に転移していった。
「さあ、みんな!がんばろっ!」
「オウ!」
「ハルは俺達が守る!任せとけ!」
皆それぞれ武器を握り直すと、威嚇する髑髏蜘蛛へと向かって行ったのだった。
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リムリオリングホールの屋上。
そこに設置された《禍津碑》の前に、一人の老人が佇んでいた。
いや、その傍らには同じ顔をした二人の子供が老人に向かって傅いている。
二人の子供はまるで人形の様に無表情だ。
「ククク・・・もうすぐ、もうすぐだ。儂が必ずお前たちを・・・」
そう言って老人は、子供達の頭を皺だらけの手でゆっくりと撫でたのだった。




