7話「腐臭の中の少女」
ランプに照らされた小さな部屋。
シェルは、ハルを見つめながら座りどこから話そうか思案していた。
そんなシェルを見ていたハルが、まず問いかける。
「あの、シェルさん。」
「なんだ?」
「いいんですか?会ったばかりのわたしに、そんな大事そうな話をして。」
「構わん。この事を知っているのはこの街にも数人居る。この宿の夫婦とアンドルフ先生がそうだな。どのみちハル、お前にも関係がある話だ。聞いてほしい。」
「・・・『種』のことですか。」
「そうだ。」
語るべきことを整理したシェルはもう一度ハルに向き直り、ゆっくりとしゃべり始めた。
これからこの娘に降りかかるであろう災いを痛ましく思い、そして自らは何か決心をして。
「まず、ハルがいた世界ではどうだったかしらないが、俺はこれでも654年生きている魔族と呼ばれる種族だ。」
「654年っ!」
「ああ、まあ3000年以上生きている森人族も居るが、話はそこじゃないんだ。」
ふっと目を細めたシェルは話を続ける。
「600年ほど前の事だ。その頃この世界《神樹界》では大きな戦いをしていた。」
「イグドラシエル・・・戦い・・・」
「《五災禍》と呼ばれる者たちと連合軍との戦いだった。戦いは10年以上続き連合軍の勝利で終わり、のちに『災禍戦争』とも呼ばれた。――俺は最初《五災禍》に属する側で戦っていたんだ。」
「――!?」
「だが、戦争に巻き込まれた村にいたある娘と出会い、俺はあの国から離脱した。そして彼女の為に戦った。」
シェルは目を閉じると思いを巡らし、言葉を繋げた。
「その娘の名は、セレスティーヌ・プランシェ。彼女は『神種の聖女』と呼ばれていた。」
そしてシェルは過去を語る。
――――――――――――――――――――――――――――
――神樹歴5623年
事の起こりは、《聖都エフェルハイム》での神託の儀式から始まった。
『五つの災いが神樹界へ降りかかる。種を持つものを探すべし。さもなくは滅びん。』
エフェルハイムは直ちに主だった他の4つの国、《森の国エリディア》《砂漠の国アマルガン》《鉄の国ルドルフ》そして《地下の国アインブルグ》へと、神託の内容を記した親書を持たせた使者を出した。
しかし、エリディア、アマルガン、ルドルフは親書を受け取るとすぐに災いへの備えを始めたが、内紛の続いていたアインブルグへは親書は届かず、使者も行方知れずとなった。
この時すでに、災いは始まっていたのである。
まず最初に異変が起きたのは、エリディアのミーネ大森林であった。
異様に繁殖力が強く、成長するにつれてマナを変質させる瘴気を発する樹木が爆発的に増殖したのだ。
それと同時に、森の奥から瘴気で変異した獣――魔獣が現れ、エリディア全土の村や街を襲い始めた。
また魔獣はアマルガンにある《アラド砂漠》、ルドルフにある《大坑道》、エフェルハイムにある《聖者の地下墳墓》にも現れ、その地の人々を脅かした。
次に、農耕地帯での異常気象による干ばつや毒の沼の出現などにより、飢餓や疫病が各国を襲った。
そんな中、アインブルクにて一人の男が王族を皆殺しにし、長く続いていた内紛を終結させたとの報告が届く。と同時に、その男はアインブルグ新王を名乗りエフェルハイム、エリディア、アマルガン、ルドルフへ宣戦布告をしたのである。
これに対し4国は連合軍を結成して迎え撃つが、災害などで疲弊していた各国は十分な戦力を保有できずにいた。
まず最初に戦場となったのは、アマルガンであった。連合軍本部のあったエフェルハイムとアインブルグの、ちょうど中間に位置するアマルガンは激戦区となり、連合軍の抵抗も虚しく僅か1か月で連合軍は潰走する。
そしてそのまま戦場は、エフェルハイムへと進んでいくのであった。
――エフェルハイムより南へ300ケール(300km)プレト村。
エフェルハイム国境にほど近い精霊山脈の麓に位置するこの牧歌的な村は人口1500人ほどで、ミーフやテーラ等の家畜の放牧を主に人々は貧しいながらも慎ましく支え合って生きていた。しかし押し寄せるアインブルグ軍と連合軍の戦いに巻き込まれ今はもう見る影もなく廃墟となっていた。
聖都への進路上にあったこの村は、迎え撃つ連合軍と進行速度の速かったアインブルグ軍に挟まれた形になり、住人の避難も始まらないうちに両軍が激突するという最悪の自体に見舞われた。
結果、逃げ遅れた住人の8割が死亡。しかし必死の抵抗をする連合軍によりアインブルグ軍は開戦後初めて撤退を余儀なくされる。
この戦いはのちの歴史書に《プレト村の戦い》として災禍戦争での悲劇の一つとして記されることになる。
――戦いから二日後。
廃墟となった村の中で動く一つの影があった。
着ている黒い鉄鎧はボロボロに壊れ、背中と左肩には矢が2本突き刺さっている。左腕からはだらだらと血を流し、右腕で今にも折れそうな剣を地面に突き立て辛うじて立っている。
背中までの長い銀髪は血と埃で汚れ、銀色というよりはくすんだ灰色になっていた。
顔立ちは少年の面影を残しているが、おそらく二十歳前後。右目の瞼は赤く腫れあがり、左目はギョロギョロと周りを見渡している。
銀髪は魔族である証。アインブルグ軍では5割以上を占める屈強な種族である。
ぶつぶつと呟きながら剣を杖代わりに、足を引きずりながら村広場中央にある一本の木の前まで来ると彼はがっくりと膝を突き、天を仰いで叫んだ。
「フリッツ!・・・オイゲン!・・・マルク!・・・どこだぁぁぁ!!!・・・」
彼はぶるぶると震えながら、なおも叫び続ける。
「隊長ぉぉ~~~!ユンゲルス隊長ぉ!生きてたら・・・返事を下さいっっっ!・・・がっ!」
血を吐いた彼は、ゆっくりとその場に倒れこむ。
なおも誰かを呼ぼうとするが、もう声が出ない。
ずるずると這いずり、木の根元へ背中を寄せる。
彼はゆっくりと広場を見渡し、動くものがないか探す。
折り重なるように倒れている住人の屍。
頭を割られ脳漿を垂れ流しながらうつ伏せに倒れている連合軍兵士。
剣と槍に刺し貫かれ住居の窓からぶら下がっているアインベルグ兵士。
まるで破裂したように血と臓物をまき散らし下半身だけになっている者は、もうどちらの所属だったのかもわからない。
見渡すだけで数百。おそらく戦場となった村全体では数千、数万の屍が打ち捨てられているのであろう。
血と腐臭にまみれた地獄がそこにあった。
おそらく自分も、この屍たちの一つになるのだな。
そう思いながらただ茫然とその光景を見ていた。
ふと青年の背後で、かさり、と音がした。
ゆっくりと首を回し音のした方を振り向くと、そこには少女が立っていた。
おそらくは10歳前後であろう。
黒い髪を腰まで流し、片袖が千切れた黒いワンピースを着ていた。
いや、元は白かったのであろう。血と泥で汚れていた。
彼女は青年の前まで来て膝を曲げて覗き込むと、手に持ったカップを差し出した。
「おみず・・・」
彼女の青い瞳はどこまでも深く青年を見つめていた。
血と腐臭の地獄の底で、シェルとセレスは出会ったのだった。
説明回は難しいです・・・
言葉選びって大変ですね。




