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朝、階段、写真

このお話は文学フリマ東京42にて販売した作品を編集したものです。

 高校に入学して二年目の春、写真部の自分はコンテスト用の作品を作るために今日も被写体を探しに行く。

 玄関を出て施錠する。

 振り返ると春の心地よい風と暖かさの中にまだ残る寒さが頬を撫でた。

 我が家の小さい庭を抜けて、今日はどこに行こうかを考えながら数歩進んだタイミングだった。


「あれ、どこいくの?」


 声の方を向くと、三段だけある小さな玄関先の階段に見覚えのある女の子が腰を下ろしていた。


「ん? 写真撮りに行くんだよ」


 彼女は相沢笑里あいざわえみり。隣の家に住む同級生であり幼馴染だ。ちょっと観察すると彼女は運動着を着ておりタオルで汗を拭っていた。

 ランニングでもしてきたのか、まだ肌寒いなと思っていたのに半袖に短パンの姿だった。

 でも結構汗をかいている様子を見るとしっかりと運動をしたのだろう。横にはスポーツドリンクと脱いだジャージが置いてある。


「ふーん。そういえば写真部だったね」


 中学生のころまでは隣の家ということもあり、親同士の仲の良さも相まってよく話していた。

 でも違う高校に進学してからはすっかり話すこともなくなって、こうして会話するのがいつぶりなのか思い出すのも少し時間がかかるくらいだ。


「そっちは何してるの? 運動部じゃなかったでしょ」


 汗を拭う様子を見ながら彼女の情報を思い出す。高校に進学してすぐ友人に誘われてテニス部に入った後その過酷さゆえ退部していたはず。


「う、うーん……ええとね」


 汗で張り付いていた前髪がはらりと垂れる。

 すごく言いづらそうにしている。あぁそういうことか。


「ダイエットか」

「言わないでよ! わかってるなら」


 彼女はちょくちょくダイエットをしている。曰くダイエットのプロらしい。


「春休みにのんびりしてて、運動不足を解消しないとなって思っただけだもん」


 首にかけたタオルを口元に持ってきてなんかモゴモゴ言っている。


「運動嫌いだもんね」

「ね、ねぇそんなことより最近どうなの?」


 もうこれ以上話が続かないように遮ってきた。


「どうって言われてもなぁ。写真、楽しいよ。最近先輩とか先生にも結構褒められるんだ」


 肩から下げた一眼レフに視線を向ける。去年の夏に短期バイトを頑張って買ったものだ。


「へぇ〜、あ、見せてよ! 写真」

「え? いいけど」


 そう言うが彼女は玄関前の階段からは動かない。

 これはあれだ、動くのが面倒だからそっちが来いってときのそれだ。こういうのがわかることから、彼女と自分が幼馴染なんだと改めてわかる。


「入っていいの?」

「もちのろん」


 門を開けて彼女のいる玄関先に近づく。でも隣に座ったりはしない。というかそんなスペースない。小さい頃はふたりならんで座ったこともあるんだけど、もうすっかり大人に近い体格の二人では昔みたいにはできないもんだ。

 彼女の前に立って一眼レフカメラの電源を入れる。


「ほれ」

「どれどれ」


 彼女はカメラを受け取って「ほうほう、ふむふむ」なんてわざとらしい声を出しながら写真を見ている。

 ふいに手が止まってこちらを見てくる。


「景色ばかりだけど、人とかは撮らないの?」

「人は、そういえば撮ろうと思ったことないな」


 自分が高校に入って写真部に所属してからの記憶を探っても人物写真は撮ったことがない。風景やモチーフの写真ばかりだ。


「まさか、人に興味ないの?」

「む、失礼な、そういうことじゃないよ。ただ、写真部に入ったきっかけが風景写真だったから。それが撮りたいって思ってんの」

「ふーん」


 彼女はまたカメラに目を向けて何枚か写真を見ていく。


「ねぇ、私のこと撮ってよ」


 視線はカメラを向いたまま、彼女は言った。


「え、何で?」

「なんでもいいじゃん! 撮ってみてよ。これも写真の勉強だと思ってさ」


 その言い分にも一理ある。

 なんでも経験はしてみるべきだ。


「はい!」

「えぇ、うん。わかったよ」


 彼女からカメラを突き返され、早速撮ることにした。


「ポーズとか撮ったほうがいい?」

「うーん」


 立ち上がった彼女は自分より少し小さいくらいで、その上目遣いに少し緊張してきた。


「いや、座ったままがいいかも。さっきみたく座って」

「え、いいの?」

「なんて言うのかな、きめたポーズより自然なほうが好きなんだ」

「そういうもん?」

「そういうもん」


 彼女に座るよう指示してカメラを構える。

 構図、画角、光度を決めていく。


「いえーい」


 パシャ

 自然がいいと言ったのに、彼女はピースをした。

 でもそれが逆にそれがすごく自然で、思わずシャッターを切っていた。


「どうどう?」


 彼女はカメラのモニターを覗き込んでくる。

 ふいの行動に少し動揺するがカメラを操作して撮れた写真を表示する。

 手元のカメラを覗きこむ彼女の後頭部を見ることになるが、それごしの写真は我ながらいい出来だった。

 汗まじりのシャンプーの香りが鼻腔まで届き、どうしても意識してしまう。


「うまいじゃん。やっぱりスマホとは違うもんだね」


 そう振り返り見えた笑顔を、本当はカメラに収めたかった。


「まぁ、そのためのカメラだからね」


 どぎまぎしてしまう自分に少しだけ嫌気がさした。幼いころから知る女の子と、今の成長した目の前の彼女の違いをどうしても意識してしまう。


「この写真、どうしたらいい?データで送る?」

「ううん、いい。保存しといて」

「え、うん。いいの?」

「なんか自分の写真って恥ずいじゃん。でも消されちゃうのはあれだからさ」

「まぁそう言うなら」


 ちょっとだけ照れているような顔で、納得した。


「じゃあ、冷えてきちゃったから家入るね」


 すっかり汗も引いているようだった。晴れているとはいえ薄着では寒いだろう。


「またね、いってらっしゃい」

「うん」


 家に入っていく彼女を見送り、敷地を出る。

 今日は何を撮りに行こうか。

 そう考えていると先ほどのシャンプーの香りを思い出してしまった。

 少し熱くなった頬を春の風が撫でる。暖かさの中に残る寒さが、心地よかった。

 

この作品は意図的に主人公のパーソナルを隠して作成しています。主人公の性別を脳内で変更してもう一度読んでいただけるとより楽しんでいただけるかと思います。

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