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雲村博士

次に美山が向かったのは、周囲に何もない野原にポツンと立った一軒のビルである。道路があるにはあるのだが一本道で、舗装もきちんとされていない。

 一応都内の多摩地区だが、駅からも他の人家からも離れた場所だ。

 ビルは少し変わった形をしていた。中央に8階建ての幅の広いビルがあり、その両側に少し低くて幅の狭い、6階建てのビルが左右に一棟ずつある。中央の棟と左右の棟は、5階にだけある通路を通じてつながっていた。

 順調に車を走らせていた美山だが、突如ビルの手前の地面から何かがせりあがってくるのに気づいた。よくよく見れば機関砲だ。

 あわててハンドルを右に切る。直後に機関砲から砲弾が騒がしい連続音と一緒に飛び出して、それまで車のあった地面に無数の弾痕が穿たれた。

 美山はあわてて自分のスマホを取りだすと、雲村博(くもむら ひろし)の番号に電話をかけた。

「機関砲を撃つのをやめてくれ。おれだ。車に乗ってるのは美山だ」

「なんだ、お前か。来る時は、必ず先に電話を入れるように言っただろう」

 いらいらした口調で電話の相手……雲村博が返事した。しばらくすると機関砲が、再び地面にひっこんだ。

「最近は物騒だからな。警備システムを一段とパワーアップさせたんだ」

 雲村は国立の一流大学を卒業して、大学教授として様々な発明で特許を取り、昭和の発明王と呼ばれた男だ。

 が、学内の権力闘争に敗れて大学を追われ、今は一介の発明家だった。ひょんな事から美山と知りあい、今までもひそかに裏で協力してくれている。

「危うくあんたに殺されるところだぜ」

 美山は雲村に嫌味を飛ばした。

「お前さんなら、簡単には殺されんだろう。仮に今日死んだとしても、運命だと思ってあきらめろ」

 雲村は、得意の毒舌で返答する。

「冗談きついぜ」

 美山は肩をすくめてみせた。突然美山の眼前に身長30センチぐらいの、ニンジンを擬人化したぬいぐるみが現れた。

ニンジンの真ん中には目と鼻と口がついている。ぬいぐるみの頭には大きいローター、背中には小さいローターが回転しており、それでヘリコプターのように飛んでいた。

 ニンジンの根っこの方が下を向き、その両側から脚が生えていた。

「アキラメロ。アキラメロ」

 涼やかながらも人工的な音声で、ニンジンのぬいぐるみが話した。

「なんだこりゃあ」

 美山は、ぬいぐるみをゆびさした。

「そいつはわしが完成させたロボットのキャロッティだ」

「キャロッティ?」

「そうだ。人工知能搭載で、ごらんの通り簡単な言葉もしゃべれる。動力は固体高分子の燃料電池でな。電解質にはイオン交換膜を使っておる。そのうちそいつの量産型をオモチャ会社に売ろうと思っていたところだ」

「ソノトオリ。オレきゃろってぃ」

 キャロッティは、自己紹介をした。

「きゃろってぃハろぼっと。サイシンシキノジンコウチノウトウサイ。アタマイイ」

 何だかむかつくロボットだと、美山は内心歯がみをした。嫌味で横柄な態度は、製作者の雲村博士に似ているようだ。

「口が悪いのを直したら、売れるかもしれませんけどね」

 美山は精一杯の嫌味で答えた。

「案外高飛車な態度の方が、受けるかもしれんが。最近じゃあ『ツンデレ』なんて、言葉があるくらいだしな」

 雲村は会心の笑みを浮かべた。

「それより今日は何をしにきた。まさか無駄口を叩くために来たわけじゃああるまい」

 メガネの奥の鋭い目が、じろりと美山の顔を見た。

「仕事の話です。また、あんたの力を借りたい」

「してターゲットは」

「南美島の国営カジノ」

「そりゃまた、大きく出たな……。で、このわしに何をしろと」

「もちろん現金強奪のために、力を貸してほしいんです。おれのプランでは、建設中の海底トンネルを使って、試験運転中のリニアモーターカーで金を運ぶつもりなんです。金庫の爆破はいつも通り、釘谷のおやっさんに任せます。博士には得意の発明で、現金強奪を手助けしてほしい」

「ほほう。面白そうだのう」

 雲村は頬をゆるませた。

「あなたは今まで未発表の発明も含めて、色々開発したはずでしょう。今度のヤマに使えそうな発明品があるはずです。それを提供してほしい。強奪した現金は等分してみんなで分ける」

「現金を盗むより、国営カジノのコンピューターに侵入してデータ上のカネを奪った方が早いんじゃないのか」

「あそこはネットのセキュリティが厳しくてね。それに獲るのは現ナマだけじゃないんだ」

 最後の言葉に、雲村は眉を動かした。

「あなたもご存知でしょうが、国営カジノのある南美島は一大テーマパークになってます。あそこには観光客向けの美術館もある。南美美術館です。この美術館の所蔵品も同時に盗みとります」

「現ナマと美術品か……ずいぶん欲ばりなプランだな」

「その欲ばりを、あなたの発明が叶えてくれると信じてます」

「よく言うわい」

 雲村は笑いとばした。

「現ナマは金庫のある地下室を爆破して、海底トンネルで運びこむ。それはわかったが、美術品の方はどうするんだ。美術品は1点だけじゃないだろ。美術館の各階にあるわけだから、盗むのは骨が折れるはずじゃが」

「いや、全部を盗むわけじゃない。盗むのはそのうちの一点だけです」

 美山は右手の人さし指を立てながら放す。

「大した大きさじゃないから、現ナマと一緒に地下鉄で輸送すればいいだけの話です」

「盗む美術品は何なんだ」

「王冠です」

「王冠ってもしや……」

「そう。与那国島の海底から発掘された、黄金製の謎の王冠……ある人はムー大陸と関係があるんじゃないかとも言ってますがね」

「バカを言うな。ムー大陸なんて、根も葉もない伝説だ」

「そうかもしれません。でも、頭から否定するより信じた方が夢があるでしょう」

「確かにあの王冠を盗めるなら、下手な他の美術品より、とんでもない価値がでるかもな」

「その通りです。一説には、王冠に記された未解読の謎の文字を解明できれば、古代ムー大陸が沈む前に隠された、財宝のありかがわかるという説もありますね」

「トンデモ本の世界だな」

 雲村は手で、蚊を追い払うようなしぐさをした。

「文字じゃないかもしれないが、何かの暗号じゃないかという説もあります。その謎が解読できれば、ムー大陸とは無関係かもしれないが、財宝が見つかるかもしれないですし。財宝が見つからなくてもカジノの金と、貴重な美術品が手に入ればそれでいいんです」

「それは、そうだが……」

「ウソッパチ、ウソッパチ」

 突然空を飛んでいたキャロッティが言葉を発した。

「まるでオウムだな。人の言葉を文字通りオウム返しに言ってやがる」

 美山はキャロッティを見あげながら言葉を飛ばした。

「ばかニスルナ。きゃろってぃハ、クモムラ博士1番ノ、大発明ナノダ」

 キャロッティが反撃した。

「わしの発明は全てが1番じゃ。キャロッティだけが1番なんてわけはない。2番ではダメなんじゃ」

 ニンジン型のロボットを見上げながら、雲村が突っこんだ。

「確かにな。大学を追われなかったら、あんたとっくにノーベル賞をもらってたろう」

「あんな賞は、いらんわい」

 雲村が吐きすてた。

「真の天才は同時代の人間には理解できんのだ。ゴッホも、宮澤賢治もそうじゃった。わしの業績も後世の歴史家が評価してくれるじゃろう」


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