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ハッカーと爆弾

翌朝美山は愛車を運転して、埼玉県の北西部にある釘谷茂(くぎたに しげる)の家に向かった。

 車が目的地に近づくにつれ、見事な田園風景が広がる。やがて途中の畑で草むしりをしていた釘谷の後ろ姿に気がついて、車を止めた。

 そしてドアを開けて地面に降りると、釘谷の背中に向かって、歩を進める。

「美山だろ。歩き方でわかった。足音を立てなさすぎる。泥棒稼業がしみついてるから無理もないがな」

 釘谷は後ろを振りむこうともせずに、話を続けた。

「さすがだな」

「どうせ仕事の話だろ。そうじゃなけりゃあ、貴様がここまで来るわけねえし」

「今度の相手は、お前さんの嫌いな国家権力だ」

 美山の言葉に、釘谷が後ろを振りむいた。日焼けした顔に、射るようなまなざしが浮かんでいる。

「話はゆっくり家で聞こう」

 釘谷は立ち上がった。年齢は60歳を過ぎている。若い頃、何度か逮捕されていた。『革命防衛軍』を名乗って手製の爆弾を路上で爆発させたりしてきた危ない男だ。

 だが彼は1匹狼で、既存の極左ゲリラには所属していなかった。人を殺した過去もない。彼の作った爆弾は、無人の建物を爆発させるのが関の山だ。

二言目には『日本に革命を起こす』と口ずさむ釘谷だが、実際は彼自身がそんなふうになるのを信じてないに違いない。そんな気がした。

 彼に言わせれば、国内外の既存の左翼政党や極左ゲリラは全て『本来の革命の理念から外れた外道』だそうである。ひょんな経緯で知りあってから、美山は爆弾が必要な時は、釘谷に依頼していた。

 美山自身はノンポリで左翼でも右翼でもないのだが、一流の仕事ができるなら思想や信仰を問わず、利用できる人物は利用するのがモットーなのだ。

実際、釘谷の爆弾作りの腕は超一流だった。不発弾なんかこさえた経験は1度もない。

「公安の犬か」

 少し離れた場所に停まっている車に乗った男の方に、ほんの少しだけ目をやってから、美山が相手に質問した。

「よく気づいたな」

「そりゃ、気づくって。こんな何にもない場所で、暇そうに車内で新聞読んでりゃな。しかもガタイがいいし、目つきも鋭い」

 その後2人はあいさつがわりの世間話をした後で、歩いて近くにある釘谷の家に向かった。彼の住まいは広い2階建てである。釘谷は独身で1人暮らしだ。

 2人の男は靴を脱いで中に入るとリビングルームで向かいあいながら、今度のヤマの話をした。美山は金庫にしかける爆弾の製造と設置を釘谷に依頼する。

「どうだ。できそうか」

「できそうかってのは、何だ。もちろんバッチリやってみせる」

 釘谷は不遜な態度を貫いた。

「わかってるって。信じてるから、こうして頼みにきてるんだ」

 美山は自称革命家をなだめた。釘谷はチェ・ゲバラの顔が描かれたTシャツを着ている。リビングの棚にあるDVDは反戦映画が多かった。

 オリバー・ストーン、マイケル・ムーア、スティーブン・スピルバーグ、チャールズ・チャップリン、エトセトラ、エトセトラ。無修正のアダルトビデオも置いてある。

 ジブリのアニメも棚にあった。CDはビートルズや70年代のフォークソングが多い。

「今度のヤマは国営カジノか。腕が鳴るぜ」

 嬉しそうに釘谷は笑顔を浮かべた。

「あの鶴本の鼻をあかしてやれるんだからな」

 日本だけでなく、世界中のあらゆる政党が左右を問わず間違っているというのが釘谷の持論であった。

 世界中のあらゆる政治家は思想の左右を問わず堕落した資本家の手先で、かれらが全て退場せねば、真の革命はありえないそうなのだ。

「いつものように、分け前は全員で等分する」

「わかってる。お前の言葉は信じてるよ」

 関わったメンバー全員に、分け前を等分するのが美山のやり方だ。自分は泥棒だが、犯罪者なりの仁義は持つべきというのが信念だった。

「爆弾ができたら、連絡してくれ。おれはこれから、他の仲間に会ってくる」

「電話やメールを使わんで、いちいち会いに行くなんざ、大したもんだな」

「お前さんだってわかってるだろ」

 美山はタバコを吸いながら、返事をした。

「いつ誰が盗聴してるかわからんのだ。警察も、おれ達を面白く思わないヤクザや半グレも、メールや電話を盗聴してる可能性があるからな。どっちにしろ、1分1秒を争うようなヤマじゃない。カジノが逃げるわけじゃないんだ」

「そりゃ、そうだ」

 やはりタバコを吹かしながら、釘谷が答えた。彼はヘビースモーカーだ。ガタイがいいので、釘谷がタバコを吸うさまは、何だか蒸気機関車みたいだ。

 美山も吸うので、部屋の中には煙がいつしか立ちこめていた。

 すっかりやる気になっている釘谷を残して、美山は車に乗りこんだ。次に美山が向かったのは、都内にあるアパートの一室だった。

 この部屋は、以前住人が中で首をつったため、格安の物件になっている。表札は出ていない。

 ドアの向こうから大音量のロックだかメタルだかが流れてくるのが耳に入った。

 呼び鈴を何度か押したが返答がない。念のためノブを回すと扉が開いた。相変わらず無用心だと思いながらも、玄関に足を踏み入れた。

 中は足の踏み場もないほど散らかっている。部屋の主は椅子に腰かけ、デスクトップのパソコンとにらめっこしていた。

「聞こえてるか。美山だけど」

 美山は、大声をあげる。

「聞こえてる」

 女の声がぶっきらぼうに返事をする。こちらを振りむこうとせず、キーボードとマウスの操作に夢中だった。

 ディップだかハードムースだかジェルだかで固めた髪は緑色に染めている。

 ノースリーブのシャツから伸びた両腕にはガイコツのタトゥーが入っており、両耳にピアスをつけていた。室内は、彼女の吸ったタバコの煙で充満している。

「ちょっと待って。一ゲーム終わらせるとこだから」

「今日はもっと楽しいゲームを一緒にやろうと思って来たんだ。国営カジノからの現ナマ強奪と、美術館からの王冠強奪っていうビッグな奴だ」

 女は返事をしなかった。パソコンゲームにかなりはまっているようで『やっちまえ』とか『畜生』とかモニターに向かってどなっている。

 彼女の名前は剣持衣舞姫(けんもち いぶき)。れっきとした本名だ。

「あ~あ。やられちまったよ」

自分の髪をかきむしりながら衣舞姫がぼやいた。

「で、何て言った。カジノからの現ナマ強奪だったっけ」

 タバコに火をつけながら彼女が問いかけてきた。

「ああ、そうだ。お前さんには国営カジノの管理システムに侵入してもらいたいんだ」

 衣舞姫は天才ハッカーだ。今までも様々なコンピューターシステムの管理システムに侵入し、『ミスティー・ナイツ』の一員として、様々なヤマで活躍してきた。

「面白そうじゃん」

 衣舞姫はそこで初めてこっちを振りむいた。目の周囲には濃い紫のアイシャドウを塗りたくり、唇も同じ色のルージュを塗っている。

 両耳と鼻にはピアス。年齢は二十代の前半ぐらいか。美山は彼女に計画のあらましを説明した。

「いつもみたいにお前さんにはハッカーとして活躍してほしいんだよ」

「多分大丈夫じゃないかな……。わかんないけど」

 大粒の目をとろんとさせて、衣舞姫が答える。この表情を見ていると、また脱法ハーブをやっているのかもしれない。

「その調子だ。おれは他の仲間にも声をかけてくるから、ハッキングはよろしく頼むぜ」

「話はわかった」

 それだけ言葉を吐きだすと、再び彼女はパソコンのモニターに向かって、キーボードとマウスを操作しはじめた。玄関まで送るとか、そういう行為は彼女の頭にないのだろう。

 美山は玄関まで戻り、靴を履くと外に出た。そして車を止めてある、近所のコインパーキングへと歩いていった。

 ちょうどそこでは、車をぶつけた、ぶつけないのトラブルがあったらしく、40代ぐらいの男が、20代ぐらいの茶髪の青年に対して土下座をしていた。

「この傷をよく見てみろよ」

 茶髪の青年は、自分の車のボディについた、あるかないかの傷を指さしながら、土下座している中年の男にどなった。

美山は茶髪の青年のそばにつかつかと歩みよると、その後頭部を右手でつかみ、そのまま彼の自慢の自動車のフロントガラスに思いきりぶつけた。

 ガラスに小さなヒビが入り、青年の頭から血が流れた。土下座していた男の方が、怯えた目で、美山を見あげた。

「とっとと、行きな」

 言われた途端、中年の男はまるでゼンマイじかけのごとく立ちあがり、自分の車に向かって走った。

そしてあわててドアを開けて運転席に乗りこむと、脱兎のごときスピードで車を出して走り去る。

「何すんだよ、オヤジ」

 美山が右手で後頭部をつかんでいる青年が、険しい横目でこっちをにらんだ。青年は右腕で美山をなぐろうとしたのだが、先に美山の左の拳が相手の腹に決まり、男はそのままくずおれた。

「貴様の体が、愛車以上の傷物になる前に、とっとと退散するんだな」

 美山は言いながら、自分のタバコに火をつける。そして一本吸い終わると、さっきヒビを入れたフロントガラスで火を消した。

倒れていた青年が起きあがろうとしたので、頭を蹴ると、とても痛そうな顔をして、そのまま後ろに倒れこんだ。

 青年の折れた前歯が、そばに落ちていた。美山は悠々と自分の車に乗りこんで、コイン・パーキングを後にする。

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