2章 旅立ち(1)
いくつもの大きな荷物を次々とロボットたちが運び込んでくる。環境維持に必要な微生物や食料となる動植物類、予備の部品、船内製造用の物資等々、中身は様々である。
Galaxiaは、ふてくされ気味に積み荷の確認を行っていた。規定の場所へと運び込まれる荷物をリストと照らし合わせ、場所を確認しておく。動植物の類いは、スタッフが内容と状態を確認するので、Galaxiaもそれに「立ち会う」必要がある。
こうした準備作業が嫌なわけではない。恒星間宇宙船であるGalaxiaにとって、カヌ=ヌアンへの航行は、待ちに待った本領発揮の時である。その準備をするのに不満があろうはずもない。全ての荷を搬入した後、積み込んだ生物類に異常が起こらなければ、出航できる。
が、しかし。
乗員が地球人で、しかも10歳の子供とは。
一体ナーナリューズは何を考えているのだろう?危険過ぎると抗議したが、残念ながら、Galaxiaの抗議は受け入れられなかった。
よどみなく流れていたロボットたちの流れが不意に途絶え、Galaxiaは、意識を入り口へと傾けた。まだ、積載すべき荷が残っているはずである。
原因はすぐに分かった。遅い動作で、地球人スタッフが一人、ごろごろと台車を押しながら大きな箱を運んで来る。ロイズ。無機系物資の担当者である。彼の動きが遅いため、後ろがつかえてしまっているらしい。
地球人の考えることは、理解できない。Galaxiaは、内心ため息をついた。そう、これが地球人。非合理的で理不尽でやることに筋が通らない。
物資の運搬は、ロボットたちに任せた方が間違いが少ないし、作業もはかどる。彼は、ただ、船内で物資の到着を待って、Galaxiaと共に中身を確認すれば良い。
「ロボットに任せればいいのに」
えっちらおっちら運んで来る彼に気付いた別のスタッフがそう声をかけた。
「ついでにと思って。手ぶらで行くのももったいないだろう」
とロイズ。Galaxiaは、うんざりとした。一体全体何を考えているのやら?何が「もったいない」のか、Galaxiaにはとんと分からない。彼が自分で運ばない方が、時間も労力も節約できる。
指定の場所に荷物を運び込むと、ロイズは箱を開けて見せた。
「アルミニウムに、ジェライド、それから高純度リストリルだ」
次々と箱を開けて確認して行く。彼は、あまり細かく見るタイプではないらしい。この手の安定型無機系材料物資は、生物の類いとは異なり、少々場所が変わったくらいでは影響を受けない。詳細な内容の確認作業は、搬入前に終わっているはずなので、これで十分といえば十分である。
厄介なことに、地球人は個体差が大きい。やたらと細かいことを気にする者がいるかと思えば、ロイズのようにざっくりとしている者もある。否、同じ人間であってさえ、その時の「気分」で、言動が大きく変わる。ひどく仕事がしにくいことこの上ない。
火星人であれば、その時の気分で言動がぶれることはないし、個体によって行動が変わるということも、基本的にはない。持っている情報の差によって判断が分かれることはあるが、一度決定してしまえば、後は誰が来てもやることは同じである。
「オーケイ、Galaxia。食料部門の動植物の状態は全て良好。後は、問題が起こらないことを祈るだけね」
野菜やら魚やらの状態を確認していたトインは、そう言ってGalaxiaに作業の終了を告げた。
「ギル、おちびちゃんたちのご機嫌はどう?」
近くで環境維持用の微生物を検査していたギルに声をかける。ギルは笑いながら答えた。
「全員・・・かどうかは分からないけれど、とりあえず、上機嫌らしい。お前たち、場所が変わったからってへそを曲げるなよ。さて、と。僕の方もこれで作業終了だ。Galaxia、お疲れさん」
トインとギルが連れ立って帰って行く。これで、通常の荷は全て作業完了である。けれども、今一つ問題が残っていた。
まだ、一部、積み込み作業が終わっていない荷物がいくつかある。それらは、「特殊機材」としか記載されていない。内容説明も設置場所の指定も何もなし。どの部署にも属しておらず、責任者はナーナリューズになっている。ナーナリューズに説明を要求したが、必要な時になったら説明する、としか答えてくれなかった。
初めての惑星系外航行である。最大限安全性を配慮してしかるべきなのに、たった一人の乗員は10歳の未熟な地球人で、しかも積み荷を完璧に把握できない状態。どうにもこうにも気に入らない。
いっそこのまま積み込まずに終わればいい----Galaxiaは思ったが、残念ながら、そうは行かなかった。他のスタッフと入れ替わりに、火星人が一人中央制御室に入って来る。
「0A格納庫を準備」
ナーナリューズである。やはり、あの荷を積み込むらしい。Galaxiaは、しぶしぶ指示に従った。
「それから、これを」
ナーナリューズは、データチップを押し込んだ。
「何です?」
Galaxiaが胡乱げな様子で中身をのぞき見る。どうやら機器の操作に必要なコードらしい。起動やらタイマーやら、至って平凡な内容である。
「機材の操作コードだ。必要になったら指示を出す。テストは不要。指示があるまで動かすな」
「一体何の機材なんです?」
「前にも言ったはずだが?必要な時が来たら知らせる、と」
「それはそうですが・・・何故今では駄目なのですか?私は、安全な航行に責任を負っています。積み荷内容の把握は、私の職責の一つだと思いますが」
「確かにその通りだ。だが、今は、まだ君が知る必要はない。それから、この機材については一切他言無用だ」
「他言無用とは・・・乗員にもですか」
「そうだ」
ますます訳が分からない。乗員にさえ詳細を明かさないとは。もっとも、乗員が10歳の子供では、明かしたところでどうしようもないかもしれないが。
「一体あなたは何を企んでいるんです?乗員にさえ明かせないようなものを載せろと、そう言うのですか?」
「そうだ。だが、これら機材は、航行の安全を脅かしはしない。それは約束しよう」
「絶対に?」
「絶対に」
火星人は嘘はつかない。少なくともGalaxiaのデータではそうなっている。加えて、Galaxiaのデータによれば、火星人は、一度決めたことは容易には覆さない。Galaxiaとしては、ナーナリューズが安全に問題はないと確約したことで満足する他なさそうだった。
それにしても。
やはり気に入らない。安全な航行という点については、Galaxiaは自分の右に出る者はいないと信じている。なのに、その自分に全く決定権がない。
「ナーナリューズ、一つお聞きしたいのですが」
「何だ」
「航行に関しては、私は誰より詳しいつもりです」
ナーナリューズは何も言わない。ただ、極わずかに首を傾けた。火星人特有の、話の続きを促す仕草である。
「そして、安全な航行が、私の最大の責務です。航行の安全性に関する事象について、何故私には全く決定権がないのですか?」
「決定権がない、とは?」
「積み荷の件もそうですが、それ以上に問題なのは、乗員です。分かっています。あなたは全く覆すつもりはない。どれほど安全性が脅かされるとしても。私がコンピュータだから、私の意見は全く考慮の埒外なのですか?」
Galaxiaの言葉に、ナーナリューズはわずかに表情を変えたようだった。「良い」反応ではない----Galaxiaは密かにそんなことを思った。やはり言わない方が良かっただろうか?
どういうわけか、火星人であれ、地球人であれ、人間たちは、Galaxiaを警戒している風がある。何かをした覚えは全くない。けれども、彼らはどこかGalaxiaを信用していないらしいのである。その証拠に、この宇宙船を操作するシステムは、Galaxiaの他にもう一つ存在している。「システムD」と呼ばれるそのシステムは、乗員による船体の直接操作を可能にするものであり、なおかつ、システムDによる指示は、Galaxiaよりも優先される。システムDを使えば、更に、Galaxiaの「意識」を封じ、船体操作から完全に切り離すことさえできる。
この首輪のようなシステムの存在は、Galaxiaの自尊心をいたく傷つけるが、さりとてGalaxiaがどうこうできるものでもない。
「Galaxia、君が航行の実践面において、太陽系内で最高の専識者であることは間違いない。安全な航行を行えるのも君をおいて他にはないだろう。君の意見を軽んじる理由はどこにもない」
「ならば、何故?何故、大切な乗員選びにおいて、私の意見は全く反映されないのですか?」
「それは、君が航行の専識者及び責任者であって、プロジェクト自体の責任者ではないからだ」
思いもよらない反論の仕方に、Galaxiaは一瞬戸惑ってしまった。ナーナリューズは、更に続けた。
「航行の安全性は大切だ。だが、それは、プロジェクトの全てではない」
Galaxiaは絶句した。航行の安全性以上に大切なものがこの世のどこにあるだろう?けれどもナーナリューズはそうではないと言う。
「専識者は汎識者の決定に従う。それが火星のルールだ。君もこのプロジェクトに所属する以上、ルールには従ってもらう。たとえ君がコンピュータでも、だ」
ナーナリューズはここで議論を打ち切ると、Galaxiaを促して荷の積み込みに取りかかった。