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3章 潜むもの(2)

遅めの展開でしたが、そろそろ話が動きます・・・

 何も意地を張らずに聞けばいいだけの話なのだが、どうしてもそうする気になれない。おかげで昨日から食事といえば、トマトにレタス、キャベツに青菜、というウサギか何かのような食事である。

「そんなにトマトが好きなんですか?私のデータでは人間が一日に10も15もトマトを食べる、ということにはなっていませんが」

「他に食べるものがないんだもの」

「そんな筈ないでしょう。魚だっているし、ジャガイモやらパトイやら、いくらだってあるじゃありませんか」

「でも生じゃ食べられない」

「生?あきれた」

Galaxiaはため息をもらした。

「調理場があるでしょう?」

「あんな変な台所、使えないよ」

「だったら聞くなり調べるなりすればいいでしょう。一体どこまで馬鹿なんです、あなたは」

 これだから聞きたくなかったのに。わかばは思った。すぐ人を馬鹿にするんだから。

 それでも、何はともあれ、夕食はまともなものにありつけた。久々の温かな食事に不思議とほっとしたものが体中に広がる。

----使い方を教えてくれて良かった----

 考えてみればGalaxiaは口こそ悪いが、一度もわかばを困らせようとしたことはない。尋ねれば悪態をつきながらもきちんと答えてくれる。

 わかばは、ほうっと大きく息をついた。


 報告資料を作っていたシャハンは、疲れを感じて、時計に目を走らせた。20時11分。全くもって、「地上」の考えることは分からない。「地上」というのは、火星局本部のことである。火星や宇宙ステーション詰めの火星局員は、本部のことをしばしば「地上」と呼ぶ。

 何もGalaxiaが出発した直後に報告会議を開かなくても。そう思う。前々から決まっていたこととはいえ、Galaxiaの出航前は忙しすぎて報告資料を作る暇などなかった。というわけで、今必死に作っているところである。

 日程は明日の午後から明後日の午後まで。地球から火星局の幹部やら地球連合府の人間やらがわざわざ火星まで来る。地球人スタッフ全員の出席が求められているところがなんとも不気味である。

 それなりに成果は上がっていると思う。思うけれども。地上がどこまで自分たちの仕事を理解してくれているか、少々自信がない。火星との関係上、地上からの要望を突っぱねなくてはならないことは多々あった。例えば、Galaxiaの細かい仕様は、今もって地球には全くといっていいほど知らされていない。Galaxiaは一度も地球を訪れていないし、これで何の共同プロジェクトかと突っ込まれれば、シャハンとしては、力及ばず申し訳ない、と詫びる他はない。

 少し一息入れよう。シャハンは、談話室へと向かった。自分の部屋でも茶の一杯くらいは淹れられるが、なんとなく部屋から出て少し気分転換したい気分だった。

 案の定、というのだろうか、もう遅い時間だというのに談話室では地球人スタッフがかなりうろうろしていた。皆明日から始まる報告会議の資料作りに追われているらしい。談話室で資料作りにいそしんでいる者も少なくない。

「君も息抜き?」

部屋の隅から声が飛んできて、シャハンは振り返った。ロスハンである。地球人たちが頭を抱えたり愚痴ったりしているのを面白そうに眺めている。呑気なものだ、そう思う。いつ見ても彼はぶらぶらしているが、本当に一体何をしているのやら?一応は、Galaxiaの頭脳班に所属しているが、特にそこで何かを担当しているわけでもないようである。

「君らは、報告会議のようなものはないのかい?」

カップを片手にロスハンの傍へ行ってみる。もう何時間か部屋に缶詰状態だったので、少し誰かと話したい気分だった。

「あるよ。でも、君らほど頻繁じゃないし、そんなに時間はかからない。報告が中心の会議なら、いちばん長くてせいぜい15分ってところかな。最新情報が飛び込んで伸びるともう少し長くなることもあるけど。ほとんどは10分かからないね」

「うらやましいな」

「そう思うなら、変えればいいのに」

「それができれば、苦労はしない」

シャハンの言葉に、ロスハンは小さく笑ったようだった。

「本当に、君らって面白いよね」

「そうかい?」

「うん。面白い。興味深いよ」

「何か言いたそうじゃないか」

「別に何も。言っておくけど、褒めてもけなしてもいないよ。ぼくらと違っていて、いろいろ不思議なだけだ」

「いろいろ、ねえ。例えば、前から分かっているのに、今頃皆が慌てていることだとか?」

「それも一つだね。そもそも、報告書を作るのに、どうしてそんなに時間がかかるんだい?」

「どうしてって、そりゃいろいろ調べなきゃならないし、プレゼンの仕方も工夫がいるし」

「でも、ファリスがあらかたまとめているだろう?あとは内容を確認して、外すべきところ、足すべきところを少し修正すればいい。10分か、せいぜい20分もあれば終わると思うんだけど」

ドーム都市の公共エリアで起こることは、全てファリスが記録している。ファリスに指示をすれば、必要に応じて情報をピックアップし、まとめてくれる。

「君らはそれでいいようだが」

シャハンは、茶を啜った。それですませられる火星人たちがうらやましい。

 ファリスによるまとめは、正確だが、分かりやすさへの配慮は皆無である。少なくとも、地球人にとってはそうである。地球人から見ると「見にくい」「分かりにくい」ファリスのまとめ資料だが、火星人たちは、ざっと一瞥しただけで内容を把握してしまう。こちらが1時間2時間かけて読み込む資料を、彼らはほんの1分足らずで読み込み、完璧に記憶・理解する。もっとも、彼らからすると、地球人の作る資料は、逆に分かりにくいらしく、良く混乱している。

 共同プロジェクトの責任者たるシャハンでさえ、時折、プロジェクトに地球人がいる意味なぞないのではないか、と思ってしまう。火星人たちは、地球人がいない方が円滑に効率よく働ける。地球人スタッフが茶々を入れたり失敗をしたりするたびに、火星人の専識者達は、非常に嫌そうな、ひどく迷惑そうな風を見せる。彼らは、自分の仕事が妨げられたり遅らされたりするのをことのほか嫌う。

 ナーナリューズにも言ったことがある。地球人スタッフは不要なのではないか、と。その時、彼はこんなことを言った。

----火星人だけで行うなら、それは共同とは呼べないだろう?----

ふざけた返答である。だが、火星人は、わざわざふざけるような無駄なことはしない。至って大まじめに答えているのである。

 ただ、この時、シャハンは微妙な「はぐらかし」を感じた。火星人らしからぬことではあるが、こちらは、皆無ではない。特にロスハンやナーナリューズは、しばしば情報を伏せようとする時に、こうした「はぐらかし」を試みる。

 更に突っ込めば、まだ何か出て来たかもしれないが、ナーナリューズがそれを望まないように思えて、シャハンはそれっきり、深くは追及しなかった。もっとも、火星人のことである、こちらがいくら追及したところで、欠片ほども気にしないだろうけれども。話す気があれば話すし、そうでなければノーコメントを貫く。それだけである。

「まあ、終わってる連中もいるみたいだけよ。カレンだとか」

「几帳面だからな。終わっている人間が三分の一といったところだろう」

「部屋に籠もっていたのによく把握しているね。聞いて回ったけど、大体そのくらいみたいだ」

「日頃を見れば大体分かる」

シャハンは言って、茶をすすった。

「なるほど?で、君は?」

「あと少しかな。明日の朝もう一度チェックしないと」

チェックするなら見てあげようか、というのを断り、シャハンはまた自分の部屋へと戻った。


 さっと扉が両側へ開く。驚いたらしいわかばが目を丸くして立っている。また自動ドアだということを忘れていたらしい。学習能力がないのだろうか。Galaxiaは思ったが、言えばわかばが怒るのは目に見えていたので黙っていることにした。

 気を取り直して、わかばがそろりそろりと入って来る。何故ああいう妙な足取りなのか、謎である。

 今度は、Galaxiaは声をかけなかった。わかばはひどく落ち着かなさそうにもじもじとしている。何か言うかと思ったが、しばらく待っても何も言わない。それで、Galaxiaは自分から声をかけることにした。

「何か用ですか?」

「用がなきゃ来ちゃいけないの」

またぞろのけんか腰。何故こうなるのかさっぱり理解できない。Galaxiaは言い返した。

「用があるかと聞いただけです。用がないのに来るなとは言っていません」

わかばが押し黙る。

「何故黙るんです?用があるのかと私は聞きました。答えて下さい」

「べ・・・別に、ない」

わかばは言い、脱兎の如く逃げだそうとした。慌ててGalaxiaが止める。

「用があって来たのでしょう?何故逃げるんです」

「別にないもん」

わかばが言い張る。

 どう見ても何か用があって来たようにしか見えないのだけれども。Galaxiaは、はあ、とため息をついた。

「分かりました。あなたがそう言い張るなら、それでいいです。で、食事はできましたか?」

やっとわかばがここまで来たのである。Galaxiaとしては、逃したくなかった。何をするにしても、わかばに関するデータが不足しており、このままではいざという時、それが原因で手詰まりになってしまいかねない。

「あ・・・うん」

わかばは言い、またもじもじと俯いた。

「何か問題でも?上手く使えませんでした?」

「え・・・ううん、使えた。あの、その・・・教えてくれてありがとう」

思いがけず礼を言われて、Galaxiaは少しばかり戸惑ってしまった。

「いえ、どういたしまして」

はて、どういう風の吹き回しだろう?

「なんでも聞いて下さい。船のことなら全て把握していますから」

「はあく?」

「全て分かっている、という意味です」

「そっか。すごいんだね」

あのわかばが褒めた?Galaxiaは、ますます混乱してしまった。

「いえ、その、わかば・・・ですよね?」

「そうだけど・・・」

「ああいえ、すみません。そうですよね」

「どうかした?」

Galaxiaが謝ったことに少し驚きながらわかばが尋ねた。

「いえ、反応が違うような気がして」

「そうかな?」

わかばは、ちょこんと首を傾げた。まだ何やら言うことがあるらしく、もじもじしている。

 本当に、地球人は、理解するのが難しい。言いたいことがあれば、言えば良いのである。言うことで問題が起こると思うのであれば、何も迷う必要はない。黙っていれば良い。

 Galaxiaは、待った。言うにせよ、言わないにせよ、どちらかにわかばは転ぶはずである。一つ一つの挙動が、全て、彼女を「理解」するための材料となる。

「あの、それで、大事な時に寝ちゃってごめんなさい」

2分ばかりもたった時、わかばは、思い切ったようにそう謝った。

 わかばの言葉はGalaxiaにはひどく分かりにくい。Galaxiaはようよう、わかばが出発時に眠り込んでしまったことを謝罪し、機器の使い方を教えてもらったことのお礼を言いに来たらしい、ということを理解した。

「いえ・・・」

こんな時どう返せば良いのだろう?仕方がないので、Galaxiaは正直に言った。

「すみません。こういう時、どう反応すればいいのか分かりません」

思いがけない反応に、わかばが目をぱちくりさせる。

「ええと、ううん?どうなんだろ?」

「どうなんですか?」

「わたしに聞かれても。ねえ、もう怒ってない?」

「怒っていません」

「じゃあ、いい、かな?」

「私に聞かないで下さい。分からないんですから」

「じゃ・・・じゃあ、いいってことで」

「あなたがいいなら、それでいいです」

やっぱり訳の分からない会話になる。それでもわかばは少しほっとしていた。

「それはそうとわかば、少し気になることがあって」

当初思ったより、わかばはまともらしい。Galaxiaはそう判断して、今自分を悩ませる奇妙な「感覚」のことを話してみることにした。何かがついて来ている気がすること、しかしデータを見ても何もないように見えること・・・

「きっとお化けだ!」

大人しく聞いていたわかばは、聞き終わると言った。

「お化けって、それは作り話でしょう」

「じゃ、幽霊?」

「同じことじゃないですか?」

「違うよ、幽霊は死んだ人で、お化けは・・・なんだろ?何か分からないもの?」

「いずれにせよ、そんなものは存在しませんよ」

「どうしてそう言い切れるの?誰か証明したの?」

Galaxiaはぐっと詰まった。変なところで鋭い。何かが「ない」あるいは「いない」という証明は非常に難しい。

「いるような、いないような、いると思ったらいなくて、いないと思ったらいる。お化けじゃない」

「どうして宇宙にお化けがいるんです?」

「宇宙だから?」

わかばと話していると、何やら混乱してくる----Galaxiaはそんなことを思った。論理的なのかそうでないのか、よく分からない。

「地球にいるなら、宇宙にいてもおかしくないよね。火星にはいないのかな」

どうやらわかばは、「お化け」なるものがいると信じているらしい。

「地球にいるって・・・見たことでもあるんですか?」

「わたしはないけど。友達の友達が見たって言ってたって友達が」

友達の友達。話の信憑性は低そうである。Galaxiaも「お化け」の話はそれなりに知っている。ただし、話の出所はほとんどが伝聞で、一部直接「見た」場合でも、もっと科学的で合理的な説明がつくものがほとんどである。

 わかばはふと思いついたように言った。

「火星に聞いてみた?」

「お化けがいるかどうかですか」

「違うよ!その変な感じがする話。火星の人の誰かが知ってるかもしれないよ」

何故あの話の展開でこうなるのか分からないが、わかばは、思いの外まともな結論に着地した。

「うう、でも嫌だな。お化けがついてきていたら」

「見たいのだと思っていましたが」

「パパさんやママさんや、みんながいるなら見てみてもいいけど、ここで会うのは絶対嫌」

どうやら、わかばは怖がっているらしい。

「まあ、さすがにお化けはないでしょう」

Galaxiaは言うと、そろそろ寝た方が、と促した。

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