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1637 教伝地獄
教伝地獄は江戸時代前期の仮名草子『因果物語』に次のような話があります。
下野国の湯涯に住む教伝という男は、友人たちと山に焚き木を取りに行く約束をした。
その日の朝。
母親の朝飯の支度が遅いことに腹を立てた教伝は、約束に遅れるといって、母親を踏みつけてから家を出た。
出かけた山には地獄があった。
教伝がこの地獄のそばを通りかかったとき、突然足元に大きな湯が沸き立って、教伝はその湯へ落ちてしまった。
友人たちが駆け寄って、急いで教伝の頭をつかんだが、引き上げることはできず、教伝は地獄に呑み込まれてしまった。
その後。
そこは教伝地獄と呼ばれるようになったという。
この教伝。
まさに地獄へ落ちたのでした。
・地獄へ落ちる=身を滅ぼす
・『因果物語』(いんがものがたり・江戸時代前期の絵草子、仮名草子・鈴木正三が生前に書き留めていた怪異譚の聞き書きを没後に弟子たちが1661年に出版)




