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火曜日と同じような木曜日が過ぎて、土曜日。
志奈乃は八時五十分頃に碧玉寺に着いた。
今日は雨こそ降っていないものの、空は一面雲に覆われていて、車のドアを開けると、少しひんやりした空気が流れ込んでくる。
ジャージの下に厚手のトレーナーを着てきて正解だったようだ。
志奈乃が車を降りると、エンジン音でこちらに気付いたらしい樹が玄関の引き戸を開けて出てきた。
今日は仕事が休みということで、藍色の作務衣に下駄という格好だ。
その右手には雑巾の掛かったバケツがある。
樹の後に続いて出て来た魔王は、灰色のテーラードジャケットに、白いインナー、色褪せ気味のデニム、明るい茶色の革靴姿で、黒薔薇のネックレスを着けていた。
灰色のリボンでポニーテールにした長い黒髪が、歩く度に小さく揺れる。
志奈乃が今まで見た中で一番ラフな服装だが、よく似合っているし、今日もオーラが見えるような美しさだった。
「おはよう、それからおはようございます」
立場が違う相手にまとめて挨拶できる言葉があれば便利なのにと思いつつ、志奈乃がそう挨拶すると、樹は魔王と共に挨拶を返してから言った。
「今日は俺も一緒に掃除するから」
「あれ? いつも朝早くに掃除してるんじゃなかったっけ? 今日は寝坊でもしたの?」
志奈乃の問いかけに、樹は少しムッとした顔になった。
「違うって。今日もちゃんと五時に起きたぞ。雅楽がサボらねえかただ立って見てるより、一緒に掃除しながら見てた方がいいだろーが。平日は魔王さんに任せっきりなんだし、休みの日くらいは、俺もてめえの監督しねえとな。魔王さんはあくまで手伝いで、志津子さんの依頼を受けたのはあくまで俺なんだし」
「ふーん、真面目だねえ」
「坊主なんだから真面目でいいんだよ」
志奈乃が樹とそんなことを言い合っていると、作務衣姿の英知とスポーティーな普段着の真綾もわざわざ靴を履いて表に出てくる。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
口々に言う英知達に「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げてから、志奈乃は本堂に向かって歩き出している樹と魔王を追いかけて、小走りで駆け出した。