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ダンジョンブレイカー/ザッツ  作者: 暮内薄野
第三章 運命集うは千尋の闘技場
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「よっこらせっ」


 石造りのリング。

 そこに備え付けられた階段を、ザッツは登っていく。

 立ち位置は挑戦を受ける側、闘技場のさらに奥へ続く扉がある方だ。


「それで――オレちゃんの相手は、アンタなのかい」


 挑戦をする側。ザッツの対面に居るのは、褐色の肌が眩しい女性。

 紫色の長髪を後ろで纏めていて、射殺すような視線を放つ金の瞳が印象的だった。

 ニナと同じく機動力を優先しているのか、体のラインが分かるほど露出度の高い衣装だった。起伏に乏しい体つきをしていたが、肉付きは決して悪くなく、必要最低限の筋肉量を備えていることが窺える。

 そして彼女は長い柄を持つ武器――身の丈以上の大きさを持つ槍を手にしていた。


「やっぱ出てきたのはヤロウの方だねえ。これで存分に暴れられるってもんさ」

「降参とか提案しないんだな」

「当たり前さ。ヤロウってのは基本的に労働力だ。傷つけて『商品』の価値を落とすこともない。むしろ耐久力があれば『そういう仕事に向いている』ってワケだしな。…まっ、たまにオトコ漁りに来るような物好きなやつも居るみてえだが、てめえはきっと当てはまらねえだろう?」

「くそっ、オレちゃんの良さはアンタなんかにゃ分かんねえよ!」


 ザッツは咳払いをひとつしてから、言葉を続ける。


「しかし、運営側のハンターっての、隠そうともしねーのな」

「それを知らねーのは、さっきのてめえらみたいな無知なヤツだけだよ」

「他にもいるのか。…なんか安心したぜ」

「大抵はカネに困ったやつに情報が流れて、のこのこやってきたヤツをアタシらが刈り取るって仕組みなんだけどな。てめえらもそういうクチかい?」

「否定はできねえな」

「そうかい。…ま、これも宿命だと思って諦めてくれよ。運がなかったと思ってな」

「そういうのは勝ってから言うもんだぜ」


 ザッツは波状槌を両手で握ると水平にそれを持った。足を大きく開いて腰を少しだけ下ろすと戦いの姿勢を取る。

 それを認めた女性は言葉を返すことなく、舌なめずりしてから槍を右側中段に据えて構えた。


 頃合いと見て、実況が声を張り上げた。


「それでは次の試合を開始したいと思いますッ、『赤髪の三枚目』ザッツ・ニルセン」

「誰が三枚目だよ」

「VS『電光石火の狩人』ルディオラ・ブリッツボーゲン――両者、位置について」


 一瞬の無音、そして。


闘技開始ファイッッ!」


 開戦。

 と、同時に動いたのはルディオラと呼ばれた女性だった。


「ふんっ」


 バチバチといつの間にか、ルディオラの持つ槍は帯電していた。


「いきなり『法技アーツ』かよっ」

「おせーよ少年、アタシの早技を喰らって伸びちまいな!」


 飛び上がった、と思ったら次の瞬間には槍が振り下ろされている。

 しかし、ザッツまでは間合いがある。

 いくらリーチがある武器といえど、そこからは届かない。

 はずなのだが。


「ぐっ!?」


 ザッツは危険を感じ、横に体を滑らせた――が、槍の穂先から放たれた雷が、彼に直撃してバチバチという音が爆ぜた。


「だが、これくらいじゃ大したダメージにならねえぞ!」

「そりゃそうさ――まだアタシの攻撃は終わってないんだからな!」


 素早く間合いを詰めてくるルディオラ。

 ザッツはそれを迎え撃とうとするが。


「さあて少年よ、その状態で動けるかい?」

「――ッ!」


 そう。

 ルディオラの放った一度目の放電は、相手の動きを止めるためのもの。

 ダメージ狙いなどではなく、麻痺させることが効果のキモ。


「すまないね、動けるはずなかったよ」


 ルディオラは槍で動きが鈍くなっているザッツの右肩を狙う。

 無慈悲な一閃突きが炸裂した。


「ほう」


 槍の闘士は感嘆の声をあげた。

 ザッツはそこが狙われると分かっていたように体を転がしたからだ。


「いい反射神経をしてる、それとも予知能力か?」


 筋肉硬直が直ったザッツは、飛び起きて波状槌を構え直す。


「どっちも違うぜ、強いて言えば思考予測か」

「アタシの考えが読める、と」

「アンタの考えかは知らねえけどよ。闘技場のルールで考えれば急所狙いは有り得ねえし、運営の打算を考えれば『見せしめ』『見世物』『商品広告』をしたいわけだろ。だったらまず無力化をしなくちゃいけない」


 武器を持った人間を無力化させるなら、まず利き腕を狙うだろう。

 ザッツがそう言うと、ルディオラは感心したようにこくこくと頷く。


「成る程ねえ、理屈に直すとそうなるんだねえ」

「……そう考えたから、肩を狙ってきたんじゃないのかよ」

「アタシは感覚でってるからな。即時判断してもらうなら自分の無意識に任せるのが一番いい。納得するのはその後でいいしよ」

「もしかしたらオレちゃん、とんでもないやつと戦ってんのか?」


 ザッツは後退しつつ、間合いを取る。

 そして波状槌を両手で、今度は剣を持つかのように構えた。


「だがルディオラさんよ――アンタの『法技アーツ』は見切ったぜ」

「へえ」


 ルディオラは顎をあげて楽しそうに笑った。


「この『法技アーツ』は此処で破られたことないんだぜ? ……その言葉が本当かどうか、アタシが試してやるよ!」


 先ほどと同じように、ルディオラは槍を掲げる。

 穂先はバチバチと弾けて、雷属性を帯びた魔力の球体が生み出される。


「『破壊』の勇者アレスよ――御身の名の元に、我が剛なる力を増幅したまえ」


 ザッツの両腕から、怪しい紫煙が迸っている。


「『アレスの怪力式』かい? いくらパワーを増幅しても当たらなきゃ意味ないよ!」

「うるせえ、行くぞうらあッ!」

「来なよ、獲物逃がさぬ雷槍技――捕縛の雷縄(スティング・スタナー)!」


 ザッツが波状槌を振り下ろす。ルディオラが雷槍を振り下ろす。

 動きは同時だった。


「なッ!?」


 驚きの声をあげたのはルディオラだ。

 リングに向かって振り下ろされた波状槌は、岩で出来たそれを砕いて瓦礫を巻き上げる。そして巻き上げられた瓦礫の『一番近い破片』に向かって、ルディオラの雷が直撃する。


捕縛の雷縄(スティング・スタナー)っていうのか。確かにアンタの『法技それ』は速いし誘導性能もあって使いやすいんだろ。だが、その攻撃対象が――より近い物体に飛んでいくことは盲点だったようだな」


 ルディオラの捕縛の雷縄(スティング・スタナー)は――この闘技場のような、遮蔽物のない一対一の戦いを想定して身につけたスキルなのだろう。

 だとすれば、抜け道も必ず存在する。


「そ――」


 それを思い知らされたルディオラの表情から、動揺の色が隠せない。


「それがどうしたっ、まだアタシには他の技だってあるんだよ!」

「ああ、やっと分かった気がする」

「へっ、追い詰められてることにかい?」

「養殖モン、なんだよな」

「……は?」


 ザッツは思い至ったことを口にする。


「アンタがつえーのは分かる。だけど強さは闘技場のハンターとして養殖されたモンでしかないってことだ」

「な、何を言ってんだい」


 相手の無力化を最優先に考えた攻撃。限定的な対戦形式でしか発揮できない技。

 良く言えば王道に忠実で、悪く言えばマニュアル通り。

 ザッツに言わせてみれば、ルディオラの戦いは闘技という本質から程遠い。


「オレちゃんはもうアンタに負けないってことさ」

「それは理屈で言ってるのかい」

「いんや、こればかりはオレちゃんも感覚で言ってるよ――ただまぁ、アンタが弱いモン虐めだけしてるような、職務に忠実なだけの闘士なんかに負けるはずがねえ」


 その言葉を聞いたルディオラは閉口してしまった。

 額の血管が浮き出ては脈打っている。明らかに彼女は憤っている。


「文句があるなら、アンタの技術すべてを見せてみな」

「そうかい、だったら――」


 槍を素早く一回転させて、やや下向きに槍を構えて。


「てめえは――少しは痛い目にあわなきゃいけないみたいだ!」


 電光石火の異名を持つように、ルディオラは素早くザッツに肉薄していく。


「……ッ!」


 ザッツの腕にビリビリと振動が走る。

 構えた波状槌を、槍によって跳ね上げられた時の衝撃だ。

 彼の手からその大槌は離れ、空中に不規則な回転を加えながら舞っている。


「ははっ、拾う時間なんてないよ!」


 ルディオラは槍の穂先に魔力を充填させながら、振り上げた武器をザッツに向けて叩きつけようとする。

 瓦礫の巻き上げさえなくなれば、捕縛の雷縄(スティング・スタナー)を防ぐ遮蔽物はなく――防がれたところで、槍による直接攻撃も残っている。


(『無力化』するだけなら、時間なんて必要ないんだよ)


 戦いが手順化されていることは彼女も認めるしかない。

 しかし手順を最適化し高速化するならば――それはひとつの奥義になる。

 敵の『無力化』を最優先事項とするならば、ぐだぐだと技を出し合って観客を楽しませる必要などないのだから。


 そう。

 ルディオラは闘士などではなく狩人ハンター

 弱い者虐め(見せしめ)職務を全う(商品回収)することが本質であり、それが凡てだ。

 だから。


「だからオレちゃんに痛い目に遭わされる」

「え――」


 ルディオラは――槍を振り下ろすことができなかった。

 ザッツの紫煙が吹き出し続ける右腕は、ルディオラの腹部に突き刺さっていた。


「は、ァッ――!?」


 ザッツの渾身の右ストレートは止まらず、ルディオラの体は『くの字』に折れ曲がって、勢いよくぶっ飛ばされて宙をゆく。


「丁寧に同じような防御してやるかよ。戦いっていうのは駆け引きがあるから勝敗が分からないんだろ」


 ルディオラは勢いが落ちるまで何度もリングに叩きつけられる。

 やがてゆっくりと転がって静止すると、何度も咳き込んで血を吐いた。


 運営側のハンターが、崖っぷちのエモノに手痛い一撃を貰ってしまう稀有な光景。

 窮鼠猫を噛むような番狂わせに、会場は大いに沸いた。


場外負け(リングアウト)にはならなかったようだな――降参するか?」


 そこでザッツは、ルディオラの傷や吐いた血を見て驚愕した。


「アンタ……、鉱血病ヒュムライトなのか」


 ぱきぱきと音を立てて、ルディオラから流れ出た血は――みるみるうちに、くすんだ黄色い鉱石と変わっていく。


「ふ…、そんなに…、コレが珍しく見えるのかい……?」


 ルディオラはゆっくりと立ち上がると、彼女の側に転がっていた槍を拾う。


「此処じゃ…、そんなに珍しいことでもないよ……」

「……それはいったい、どういうことだ?」

「それは企業秘密ってヤツだ…、だけど強いて言うならね……」


 ルディオラは微笑みながら槍を構え、未だに戦意があることを示した。


「こうなっちまうと、『強くなれる』んだよ……」

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