15
『だったら、ボクが貰っちゃおうかなっ』
『サカナちゃんにとって大事な人だったら――ボクの良心が傷んじゃうからね』
ニナが発したそれらの言葉に、ちょっとだけザッツは違和感を覚えている。
というのも、冗談半分で言っているようには聞こえず――かといってザッツと恋人関係になりたい、という意味でもなさそうだ。
「ど、どうぞご勝手にっ」
「なんでお前はそんなムキになってんだ?」
一緒に旅してて恥ずかしいのはこっちなんだぞ、とザッツが付け加えると、さすがにサカナは頭にきたらしく、すばやく蹴りを入れてきたが。
「おっと」
その動きはやはり緩慢で、ザッツは少し体を逸らすだけで回避できてしまった。
「街の中ぐらい、動きやすい服でも買うんだなっ」
「奢ってくれるなら、考えてもいいわ」
「いやです」
サカナの機嫌を損ねたまま、ザッツたちは商店街にたどり着いた。
ひときわ目を引く大きな白い噴水――きっと街のシンボルである――を中心に、大きな広場となっているそこから、八方向等間隔に道路が走っていて、それを挟むようにして商業施設がぎっしりと立ち並んでいた。
目に付くだけでも武器屋、防具屋、魔法道具屋、食料品店、雑貨屋、装飾品店などが散見できる。
「先に約束の方を済ませちまうか、ニナが買って欲しいものってなんなんだ?」
「んふふ、それはね――夜になってからじゃないと」
夜になってからじゃないと?
夜にならなければ、売られない品物なのだろうか。
「あまりに高かったら、オレちゃんでも手を出せないからな」
「大丈夫大丈夫、そこまで高いものじゃないからね。まずは必要なものを買い揃えたらどうかな?」
必要なものはサカナにあるか? と訊ねてみるが、まだご機嫌斜めのようでぷいっと顔を背けてしまった。
「おにーさん、女の子ってデリケートなんだよ?」
「人によるだろうが、かもしれねえな――仕方ねえな、旅に必要なものを先に買い揃えておくか」
ザッツは魔法道具屋に向かって歩きだした。脱出アイテムである『テセウスの蜘蛛糸』や、普通の油より長持ちするランタン等の照明に利用される燃料『ヘパイストスの種火』など、ダンジョン探索の必需品はこの店に揃っている。
店の扉を開けると鈴の音が鳴り、カウンターに座って微睡んでいた女性店員が、
「いらっしゃいませえ」
と、気だるげそうに間延びした声で歓待の言葉を述べた。
「蜘蛛糸はいくつか予備があるから……、種火二十個とマナリーフ十五枚をくれないか」
「かしこまりましたあ」
ゆっくりした所作で、ザッツの持ち込んだ二つの麻袋に店員は商品を詰めている。
「ずいぶんと即決なんだね、おにーさんって迷わない人?」
「余計なものとか衝動買いしてたら荷かさが増えちまうからな」
と、そこでザッツがさっきからおとなしいサカナの方に目を向けると、魔術士が自分の魔力をより多く貯蔵するための補助道具であり、装飾品として見栄えも加味された三日月の形をしたヘアピンをじっくりと見つめている。
「買ってあげないの?」
ニナもその様子に気づいたようで、ザッツにそう問いかけた。
物欲しそうにしているのは分かる。
しかし。
「あいつも金持ってるしよ、オレちゃんは保護者じゃねえよ」
「そっか、冷たいんだね」
オレちゃんはそーゆうやつなの、と悪びれることもなくザッツは言った。
魔法道具屋から出ると、次に食料品店が立ち並ぶ場所へ一行は向かった。
食べ物の種類によって店舗が細かく分けられており、青果店を例にとれば、店前にはみずみずしい果物や野菜がひしめき合いながら美味しそうに陳列されていた。
「おいサカナ、さっさと来いよ」
「ち、ちょっと待って」
そのような外に並べられた商品を、ひとつひとつサカナは見つめてあれこれ考えているのだ。それは料理人のサガなのかもしれないが、旅においては保存しにくい食べ物は軽視される。ザッツは携帯食料を専門に売っている店舗を真っ先に目指したかったのだが、いちいち立ち止まられてはキリがない。
「めんどくせーし、置いてくか」
「本当に置いてっちゃうの」
「時間の有効活用ってやつよ、オレちゃんが買い付けに言っている間に、サカナは皮算用して楽しんでもらう。ウィンウィンってやつじゃねーか」
「そう思ってる?」
「おうよ、心配ならニナが付いててくれればいいぜ。オレちゃんは用事を済ませに行ってくるからよ」
とサカナの了承も取らずに、ザッツは携帯食料を買いに行ってしまった。
未だに陳列された商品を眺めている給仕服の少女に、ニナは話しかけていく。
「ね、ザッツ行っちゃったよ」
「ああいうやつだよ、ザッツっていうのは」
「どうして、あんなにひどい人と一緒に旅をしているの?」
「別に理由なんてないよ。わたしの病気を治せる医者を知ってるってだけの話だし。…アースアルムの王都に一人で行けるんなら、そうしてる」
そこでサカナは、黒髪の少女に顔を向けて、
「それができるだけのお金とか、力さえあるのなら、一緒にいたいとは思わないかな。…だから遠慮なく、貰っちゃっていいからね」
と、笑顔でそういった。
「ん……、分かった」
しかし、ニナはどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「やっぱりそういうやつなんだ――だったら遠慮なく、もらっちゃうね」
が、すぐに満面の笑みを浮かべると、サカナと一緒に食料の陳列を眺め始めた。
時間はあっという間に過ぎていく。
ザッツが携帯食料やその他の必要品を買って合流するころには、すっかり日も沈みかけていた。
★ TIPS ★
「『炉火』の勇者ヘパイストス」――人物/冒険者ランクS
ミステア大陸にて高名な勇者の一人。故人。火属性の魔力に長けており、優れた鍛冶師でもあった。己の選んだ者にだけ武器を打つという偏屈な性格をしていたが、その相手がことごとく勇者であったために、勇者の素養を見抜く力があったのだと後の世では言われている。それを裏付ける事柄として、彼の故郷にはヘパイストスが打ったとされる、勇者にしか引き抜くことができない剣があり、それを試しとする『選定の儀』が行われているという。
すっかり夜の帳も降りて、明かりのついた家屋も多く見かけるようになった。
夜だというのにあまり暗くなく、人気もまだまだ少なくない。
「そろそろ、約束を守ってもらおうかな」
時間が余ったので、武器屋や防具屋――最後には洋服店なども訪れてから、噴水広場に戻ったとき、ニナは約束のことを切り出した。
計画性もなく興味のない場所に連れ回されて、どこか退屈そうだったザッツも、目的ができたと分かれば少し元気が出たようで。
「ういよ。…それでニナが欲しいものって、どこで売ってるんだ?」
「こっちこっち」
黒髪の少女に案内されるがまま、ザッツとサカナの二人は街の暗がりの方へ入っていく。
そこは昼間にニナが指し示した、地下水道の入り口であった。
「こんなところで商売してるやつがいんのか、しかも夜に」
「うん、夜中は冒険者の立ち入りも禁止しちゃうから、そういう人もいるんだよ?」
「絶対やべーもん売ってるやつじゃん。ほんとに大丈夫かよ」
そう言って、地下水道の中に入っていく。
じめじめして薄気味悪く、汚水の泥臭い匂いも漂っている。
サカナは姫様を探しに出かけたダンジョンに雰囲気が似ていることを思い出すが、おそらくはダンジョン属性が同じなのだろう。
「ええと、次はこっちだったかな」
と、どんどんニナは先に進んでいく。思ったよりも広いが、モンスターは大型のネズミや攻撃性の少ないスライム種などしか見かけない。強さをわきまえているのか、彼らが襲いかかってくることはなかった。
「うん、ここでいいかなっ」
と、数分ほどかけてたどり着いた場所でニナは言う。
「誰もいないみたいだが、ここでなにか売ってるやつがいるのか」
「売るのは、ボクだよ」
それを聞いたザッツは、訝しげな表情を浮かべる。
サカナは地下水道の匂いに相当参っているらしく、口元と鼻を塞いでいる。
「こ、こんなとこで売るの?」
「街中じゃ売れないようなもんなのか。まさかお前さんの春を買えとか言い出すんじゃないだろうな? だったらムードが台無しだぜ」
「んふふ、そんなもの売らないから安心してよ――そんなことより、訊きたいことがあったんだ、おにーさん?」
そこで、思いがけないことをニナが口にする。
「おにーさんってザッツって名前じゃないんでしょ」
「え――」
確信を持って、黒髪の少女は言い切った。
「ニナ、それはいったい――」
「どういう意味だ、なんてトボけるつもりはないよね?」
明らかに雰囲気が違う。
「それとも覚えてないのかな? ボクの全てを、滅茶苦茶にしたくせにさ」
明らかな敵意を孕んだ声色に、身も凍えるような強すぎる殺気。
だというのに、彼女の表情は先ほどとなんら変わらない。むしろ好意的な印象を拭えないでいる。二極の両端が表出しているような不安定さ。ザッツは不気味さを感じられずにはいられなかった。
「サカナちゃん、こんなことに巻き込んでごめんね。ボクが求めていたのは、おにーさんへの復讐なんだ?」
「ザ、ザッツ」
サカナはすっかりニナの纏う二面性に気圧されて、どうしていいか分からないでいるようだ。
「落ち着けよ、サカナ。…ダンジョンブレイカーが冒険者の恨みを買っているのは確かだが、オレちゃん個人はそこまで喧嘩売ったりはしてねーわけよ」
それに――とザッツは続けて。
「オレちゃんを本当に殺す気なら、いつでも殺れたはずだぜ。生命力や魔力の流れ、気配さえ遮断して隠密行動できるならよ」
「んふふ、その通り」
ニナは楽しそうに続ける。
「だけどそれじゃ駄目なんだ。それじゃあ復讐にはならない。おにーさんには自分の犯した罪を理解してもらってね。いっぱい苦しんでもらって、いっぱい怖がってもらって――それから死んでくれないと、ボクの七年間の憎悪と研鑽に釣り合わない。…偶然にもこの街で見つけたのは、ボクもちょっと驚いてるけど、それを実行する絶好の機会だと思ったんだっ」
「なら、天秤をかける相手を間違えてるんだよ」
「間違えてなんかいるもんかっ、おにーさんの街中でのあの振る舞い、他人のことなんかまったく考えてない言葉や行動! まるであのときのおにーさんと同じだ!」
ザッツは人でなしの屑なのだと、遠まわしに少女は言う。
「それに――あの日のことはいくら時間を過ぎようが、ボクのまぶたの裏に焼きついて離れない」
「……それは」
そこで、ザッツは出会ったときから感じていた違和感をぶつけてみる。
「それは――"目が見えてなくても判断できるのか"」
「ッ!」
おかしかったといえば、食堂でナイフを手に取ったときがそうだ。店員さんに音もなく置かれたナイフ、それを探そうとする動きがどこか不自然さだった。
「やっぱり、気づかれちゃうかな?」
サカナが握手を求めたときもそう。彼女が手を出したことは分かったようだが、握り返そうとする動きが、あまりにもたどたどしかった。
「この目は、あの日の出来事があってから、使えなくなった」
他にも街の歩き方や、陳列された商品への視線の先など、その所作の全てが危なっかしいように思えた。
「でもね――目が、見えていなくとも……」
黒髪の少女は、自らが盲目であることを認めた。
「目が見えていなくともっ! ボクの全身がおにーさんの生命力の、魔力の質を知っている――あの日、ボクの村を、育ててくれた家族を奪ったのはおにーさんしか居ないんだ!」
ザッツにはそんな記憶を持ち合わせていない。
しかし、ひとつの可能性が彼のなかには存在していた。
確かめるためには、それを問うしかないのだと――彼は覚悟を決めた。
「どういう経緯でそうなったのかよく分からねーけどさ、とりあえず訊いておいてやる――その、お前さんの全てを滅茶苦茶にしたとかいう、オレちゃんの名前っていったいなんだ?」
ニナはひと呼吸置いてから、その名前を口にする。
「おにーさんの本当の名前は、イーギル・トールマン」
「……そうか」
そこで、その名前が出てくるのか。
出てこなきゃおかしいよな、とザッツは表情をこわばらせる。
「おにーさんはこの喧嘩――もちろん買ってくれるよね?」
ニナは物欲しそうな顔を浮かべて、そう言った。




