第3章 呪家
「我々は協力しあわなければならない。と、兄様が言っていた」
待合室のソファに腰かけ、出されたオレンジジュースを一気に飲み干した真理子が言った。
しかし他の三人は気疲れした様子で、溜め息混じりに肩を落とすだけだった。実際、真理子にその一言を言わせるために、十分以上もの時間を要したのだ。
里緒に連れられ、促されるままソファに座った真理子は、口元をへの字に曲げたままずっと黙りこんでいた。機嫌を損ねご立腹なお姫様、といった感じに。怜生が差しだしたオレンジジュースは美味しそうに飲むものの、口は聞いてくれず、飲み終わるとすぐにプイッとそっぽを向く。そして何度もおかわりをした結果、急に「おしっこ」とか言いだして、里緒が店の奥のトイレへ連れていくことに。帰ってきたら帰ってきたで、また唐突に真理子の腹の虫が鳴り、不機嫌極まりない上目遣いで霧咲姉弟にスナック菓子を献上させ、食べ終わったのが今さっき。指についた塩分を舐めながら、真理子がこの店を訪れた理由をようやく喋ったのだった。
我が儘を言って他人を振り回すのはともかく、振り回されるのにはあまり慣れていなさそうな里緒は、心底疲れたように返した。
「ふーん、協力ねぇ。昨夜はそっちから噛みついてきたのに。都合が良すぎじゃなぁい?」
「そのことについては全面的に謝罪する。あの場では、貴方が得た情報を開示させようとした以上の敵意はなかった。その証拠に、こちらが所持している事件についての情報を、すべて無条件で渡そう。と、兄様が言っていた」
「無条件でねぇ。なんか裏があるようで怖いわ」
「こちらは敗北者であるが、貴方たちと目的は同じだ。僕が動けない以上、貴方たちには犯人を捕まえる義務がある。そのための協定だ。と、兄様は言っていた」
「身勝手だわぁ。負けたくせに」
「負けてない! あたしがまだいたんだから、兄様は負けてないの!」
「あら、それもあなたの兄様が言っていたことなのかしらぁ?」
「むぅ……」
高圧的な姿勢で睨まれて、次第に涙を溜めていく真理子。いくら腰が据わった言葉遣いで伝言をしようとも、中身はあくまでも見た目通りの子供なのだ。自分の二倍以上も生きている大人からの叱責は、さすがに堪えるだろう。
責めるように、天宮は里緒に視線を送った。が、恐れ慄いたのは天宮の方だった。
霧咲里緒は今にも昇天しそうな、恍惚な表情を浮かべていた。
「あぁ、もう! 我慢できないぃ!」
緩んだ顔つきのまま、里緒は両手を広げ、そのまま真理子に抱きついた。
真理子はというと、里緒の突然の豹変に反応できなかったようで、狼に遭遇した野兎のようにビクッと痙攣しただけだった。
「真理子ちゃん、カワユーイ! ねぇねぇ、無条件でなんでも言うこと聞いてくれるんでしょ? だったら真理子ちゃん、ウチの子供にならないかしらぁ?」
「なるか馬鹿! やめろ、離れろ!」
必死の抵抗も虚しく、真理子の身体は霧咲里緒という触手によって雁字搦めに拘束されてしまった。最終的には頬ずりまでする始末。死に物狂いで逃げようとする真理子の表情からは、心底不快なのが伝わってきた。
とはいっても、抱きつきまではしなくとも、里緒の気持ちも分からないではなかった。
確かに真理子は可愛い。それはどちらかというと『女の子として』というよりも、『偶像的に』。まだあどけなさの残る少女がゴシックロリータ衣装を着るその姿は、精巧に作られたビスクドールそのものといっても過言ではない。
また、真理子は年齢の割には小柄だ。完全に無垢で無邪気な幼児とは違い、他人を侮蔑軽蔑できるようになった一握りの冷たさが、彼女のさらなる魅惑を生んでいるのだろう。ネットスラングに疎い天宮は、「あぁ、これがツンデレってやつなのか?」と、何となく思った。
というか、この強烈なハグはいつまで続くのだろうか。
全身の鳥肌を使い果たすくらいに衰弱した真理子が言った一言で、それは終わった。
「あ、あたしに頬ずりしてもいいのは、兄様だけなんだから!」
一瞬で時が止まった。全員の頭の上に、「!?」の文字が浮かぶ。
代表として、里緒が問うた。
「真理子ちゃん。もしかして、お兄さんに頬ずりされてるの?」
「当然でしょ。何を隠そう、兄様はロリコンでシスコンなんだから」
何故か胸を張って、自慢げに言う。意味を理解しているのか、甚だ疑問だった。
あの白スーツで潔癖症っぽい男の顔を思い出してドン引きする天宮は、優しげな声で真理子に諭す。
「あのー……ロリコンもシスコンも、あまり他人に威張って言えることじゃないから」
「嘘よ! だって兄様、『シスコンは正義、ロリコンは心理』って教えてくれたもん」
なんかもうダメそうだった。諦めた天宮は、頭を抱えた。
と、真理子を解放し、何故か半笑いを浮かべた里緒が天宮へ耳打ちした。
「探偵って儲かるところは儲かってるわよね。このネタで脅せないかしら?」
「……頼むから、早く本題へ入ってくれ」
当然のようにへそを曲げた真理子はまただんまりを決め込み、そこから再び口を聞いてくれるようになったのは、さらに十分後だった。
***
ようやくまともに会話をしてくれるようになった真理子に、里緒は問うた。
「けど解せないわね。そちらに負い目があるとはいえ、私たちは特に何かを要求したわけではない。なのにすべての情報を無条件に献上するなんて、どう考えても怪しいわ。手放しで受け入れることはできない。そちらにメリットはあるのかしら?」
「さっきも言ったけど、目的が同じなら協力すべき。と、兄様が言っていた」
「足りないわね。だったら王子創平の回復を待ってから捜査を開始しても、遅くはないでしょう。その間に私たちが解決できれば、それはそれで良し。だけどそちらはどこか切羽詰まっている節がある。事件解決を急ぐ理由があるのかしら?」
「ある」
「何かしら?」
「被害者は全員呪家の人間だから」
「あぁ、なるほどねぇ。それで王子創平は焦ってるってわけか。明日には我が身かもしれないから」
「そう。それは霧咲家にとっても、他人事ではないはずだ。と、兄様は言っていた」
「そうよねぇ。立て続けに呪家だけが殺されて、しかも呪われている部位のみが奪われるなんて、とても偶然とは思えないわ。私たちも右手を気をつけなくちゃ」
などと冗談めかしに自分の右手を隠す里緒の仕草が、少しだけ苛立たしかった。
犯人はすでに青山セナの右手を持ち去っている。もし同じ部位を欲しようとしないのなら、霧咲家はもう標的の対象外の可能性がある。おそらく里緒も、それを分かっての発言だろう。セナの死を微塵にも気にしていない最初のお悔やみの言葉から、里緒の軽い発言には、どうも腹を立てることが多かった。
「それで? 私たちに開示できる情報ってのは、なんなのかしら?」
「…………」
何故か真理子は、再び仏頂面で黙り込んでしまった。情報開示を渋っているのかと思うも、その理由が思い浮かばない。今までの発言から兄の命令には絶対服従だろうし、情報を共有した方が、真理子にとっても幾分か安全だろう。
それとも、子供特有の駄々こねか?
そう思うやいなや、真理子はポケットから小さな手帳を取り出し、里緒に渡した。
「んんー? これに情報が書かれているのかしらぁ? なになに? 『協定を提案した立場で申し訳ない。情報の開示をしたいのは山々だが、何分私は貴方の能力によって満足に動くことができない。悪いが事務所まで来てはくれないだろうか?』ですって? なによ、偉そうに」
「誰のせいよ。ちなみに兄様は、情報が漏れるのを懸念して、紙面でのやり取りはやめた方がいいって言っていた。だからこのメモ帳にも何も書かれていない」
「ははーん、なるほどね。つまり貴女、伝言を全部覚えられなかったわけね」
「…………」
その指摘に、真理子は顔を赤らめて俯いてしまった。心なしか瞳に涙も溜めている。どうやら図星だったようだ。
小学生を精神的に追い詰める趣味はないのか、里緒はそこで言葉を止め、手帳を返した。
「そうね。そちらがそう言うのなら、いつか赴くわ。でも今日は嫌だ。面倒くさいぃ」
「おい」
短く反論したのは天宮だ。ぐったりとソファに沈む里緒を、彼は非難するように睨む。
天宮の言いたいことを理解しているのか、里緒もまた、年甲斐のないふくれっ面で反論する。
「だってぇ、私は今、第二第三の殺害現場まで歩いて行ってきたのよぉ。疲れたわぁ。それともなに? 天宮君が負ぶってくれるとでもいうのかしらぁ?」
背負うこと自体は難しくなさそうだが、今は真昼間だ。王子探偵事務所がどこにあるかは知らないが、銀髪喪服の成人女性を負ぶって往来を行くなど、絶対に明日の噂になっている。
ふてぶてしく横になる里緒に、天宮は今日は絶対に無理だと諦めた。
「なんなら、天宮君が一人で行ってきなよ。私は構わないわ。あとで頂いた情報を話してくれればね」
「はぁ? 無理だ。罠かもしれないだろ」
言ってしまってから気づいた。隣で真理子が牙を剥いている。
しかし疑ってしまうのも無理からぬこと。物腰は低かったとはいえ、昨夜は敵対者として天宮の前に現れたのだから。
「あり得ないわぁ。王子創平は今、そんなことを考えられる精神状態じゃないから。それに真理子ちゃんを送ってってあげないとねぇ。お兄さんとして」
チラリと真理子を盗み見る。剥いていた牙を収め、ふくれっ面になっている。何が不満なのか、女子小学生の考えていることは、天宮には到底理解できなかった。
ただ黙っているだけなので、天宮が送っていくこと自体は拒絶しているわけではないのだろう。内心は反吐が出るほど嫌がっているのかもしれないが。
大きく溜め息を漏らす。完全に天宮が送っていく空気だった。
「一つ、いいか?」
「なぁに? 言っておくけど、あんまり可愛いからって真理子ちゃんに手ぇ出しちゃダメよ。後でお兄様に殺されちゃう」
「呪家ってなんなんだ?」
里緒の軽口を完全無視し、天宮は真っ向から疑問をぶつけた。
呪家。昨日、初めて聞いた単語。当然ながらどんな辞書にも載っていないし、どんなメディアに目を通しても似たような文字すらなかった。それが最近になって突然、天宮の周囲を不可思議な能力を持った人々が囲う。
ハサミで他人の感情を切り取る、霧咲里緒。
カメラで現実の風景を切り撮る、霧咲怜生。
瞳を視た者の視界を反転させる、王子創平。
どんな能力かは知らないが、兄と同様、真理子もまた眼球に不思議な能力を有しているのだろう。昨夜別れ際に放った真理子の眼力は、とてもじゃないが尋常とは思えなかった。
世界中にセナだけが異能力を使えると思っていなかったとはいえ、いくらなんでも急に集まり過ぎだとは思っていた。
「その理由は簡単よ。ただ呪家に関する事件が起きて、天宮君はそれを捜査することになったから。それだけ。おそらく警察も、三人目あたりから被害者の共通点には気づいていたんじゃないかしらぁ?」
「警察も呪家の存在を知っているのか!?」
「呪家という言葉を知っているのは、ほんのごく少数だと思うわ。けれど呪われた家系が存在していることは、おそらく多くの人が知っている」
「……俺は知らなかった」
「それは天宮君が知らなかっただけ。ま、自慢できることじゃないしねぇ。私みたいにそれを売りにでもしなければ、他言する必要もないし。セナちゃんも秘密にしてたんでしょ? 親戚の私にすら能力を教えてくれなかったんだから」
そうか。里緒はセナの能力を知らないのか。
ちょっとだけ優越感に浸ることができた。
「ちなみに呪家の発祥を訊いているのなら、それは無駄よ」
「無駄ってどういうことだ?」
「何も知らないから」
内緒話をするように、里緒は立てた人差し指で唇に触れた。その仕草は癖みたいなものなのだろうか。
「平安時代、貴族の勢力争いが活発になった際に、陰陽師を雇って身体の一部を呪わせ、戦いを優位に進めたという説もある。またある人は、突如宇宙人がやってきて、選ばれた人間にだけ特別な能力を与えたともいう」
「兄様は卑弥呼が云々って言ってた」
「あぁ、そうねぇ。特別な呪術を成功させるため、一人の男を百八のパーツに解して、神への贄としたって説もあるわぁ」
「その子孫が……あんたたち呪家なのか?」
「それはさすがに嘘よ。だってバラバラにされちゃったら、子孫なんて遺せないじゃない」
兄の意見を否定されたと思って不貞腐れている真理子はさて置き、確かにその通りだった。呪われた時点で死亡していたら後世に遺せるはずはないし、宇宙人説は論外。陰陽師だってたかだか千五百年くらい前の話だ。記録くらい残っているだろう。
「誰も何も知らないのか?」
「さぁ? 少なくとも私はそんな話を聞いたこともないし、知っている人物に会ったこともない。いえ、自慢げに自説を話す人もたくさんいたけれど、どれも眉唾物なのよねぇ。それに家系図を遡ってみても、普通の家庭とはそう大差はなかったわぁ」
つまりその中に真実が紛れ込んでいたとしても、すでに多大な嘘に塗り固められてしまっているため、選別することは困難ってことか。
「でもねぇ、出自は分からなくとも、確かなことも多く分かっているわぁ」
「確かなこと?」
「呪家で重要なのは『血』よ。どんなに薄くなろうとも、少しでも呪家の血を引いているのならば、呪われた能力を顕現することができるわ。ま、本人が自覚できるかどうかもあるし、日常生活を送っているだけでは、発見できない能力かもしれないしい。……あぁ、かといって輸血して呪われるかといえば、そんなことはないけどねぇ」
それを聞き、天宮はチラリと怜生を盗み見た。
彼も確か、小学六年生まで自分がどんな能力を所持していたのか分からなかったという。判明したのは、カメラを手にしたその時だと。そう考えると、もしかしたら天宮家もどこかで呪家の血と混じり、未だかつて試したことのない方法で不思議なことができるかもしれない。という期待と不安が出てきた。
「あとはそう、才能のほとんどは第一子に与えられるわ」
「第一子?」
「怜生の能力は聞いたかしら? ……そう。第一子である私は他人の感情を切り取り、操って、瓶詰したりさらには別の他人へと植えつけることだってできる。対して第二子の怜生は、現実の風景をカメラで切り撮る『だけ』。切り撮った写真をどうこうできるわけでもないし、しかもカメラという媒体が必ず必要なのよ。……王子家もそんな感じなのかしらぁ?」
不意に話題を振られ、真理子は不機嫌そうに目を逸らした。
勝手に兄の能力を話すわけにはいかない。そう思ったのだろうが、情報をすべて開示するという判断に従ったのだろう。不本意ながらも話し出した。
「兄様は他人の眼を見ていろんなものを反転できるけど、あたしができるのは物の裏表だけ」
「裏表? なんだかそれはとても危険そうねぇ。今実演してみてくれないかしらぁ」
「嫌だ。疲れるから、面倒くさいぃ」
どっかの誰かさんみたいなマネをして、真理子はあっかんベーをした。
銀髪女の笑顔が引き攣る。できれば小学生に挑発されて受け流せるほどの常識は持ち合わせておいてほしいものだ。
「ま、こんなところよ。実際呪家の私たちであっても、呪いの出自とかはまったく知らないわ。それよりも、出会った呪家の能力を把握しておく方が、圧倒的に得よ。古典を学ぶより、現代語を学んだ方が生きていくうえで有利なようにね」
歴史全般を蔑ろにした言い方だったが、確かに正論ではあると天宮は思った。
生まれた時から呪われていたのなら、それ以上遡る意味はない。自らの能力を理解し、できる事の範囲をきちんと把握した方がいい。里緒をはじめ、呪家の皆は何かしらの苦労をしてきたのだと思う。
「…………」
ふと、天宮の脳裏に嫌な妄想がよぎった。
呪家で重要なのは『血』だと、里緒は言っている。ただ輸血くらいでは、呪いが継承されることはない、とも。
では、呪われた部位そのものを移植した場合は?
連続殺人犯は……呪家の呪われた部位を収集している……。
「三番目の被害者は、確か心臓を奪われていたんだよな? 例えばもし心臓を……心臓じゃなくても、他の臓器が呪われた呪家がいたとして、移植した場合はどうなるんだ? 能力は使えるようになるのか?」
天宮の発想に、一同は拍子抜けしたようにきょとんとした。怜生は自らの右手を見つめ、真理子は首を傾げ、里緒は深く考え込むように顔を伏せる。
「その発想はなかった、と言うべきなのかしらね。私はもっと別の可能性を考えていたから」
「別の可能性?」
「呪家を忌み嫌っている人間の犯行よ。呪われた人間は現代社会に存在してはいけない。そういった考えの人が、少なからずいるのよ。でも……そうね。自分が呪われているからこそ、考えもしなかったわ。他人から能力を奪えるか、なんて」
「で、できるのか?」
「正直言って、分からない。実例がないもの。まさかこの場で、私の右手と天宮君の右手を交換するわけにはいかないでしょ」
確かにその通りだ。試す方法がない。
「まぁ、でも、推理小説に出てくる刑事さんたちもよく言うでしょ。犯行動機や密室の謎は犯人を捕まえてから聞き出せばいい、って。私たちが今ここで憶測を飛び交わせても、意味のないことだわ」
いや、そんなことはない。もし犯行動機が天宮の提案通りだった場合、少なからず次の被害者を絞れるのではないだろうか。犯人は一度収集した部位はいらないはずだ。
「それに移植するにしたって、ちゃんとした医師の知識を持って適切な処置が必要だわ。やっぱり私たちには狂人の考えていることは分からない」
そう言われてみればそうだ。死した人の身体は、なにも永久に不変ではない。集めた身体の一部をどうするにも、適切な処置が必要だ。やはり天宮の考えは少し浅はかだった。
「素人にしてはいい線いってたと思うわよぉ。でもだからこそ、天宮君は真理子ちゃんを送迎を拒否できなくなった」
「……なんでだ?」
「犯人は未だ眼球を集めてはいない。こんな幼い子を、一人で帰らせるわけにはいかないでしょ?」
真昼間で人通りも多く、なによりこの店に来る際は真理子一人だったのだ。真っ直ぐ事務所に向かえば、何も問題はないはず。
「大丈夫だろ」
「あらぁ、それサバンナでも同じこと言えるの?」
「ここはサバンナじゃねえよ」
銃社会でもなければ、猛獣がうろついている草原でもない。しかも真理子は、軟弱な天宮が護衛に就く意味がないほど危険な能力を所持していたのではないのか?
少しだけ反論しようとしたが、いきなり身体が傾いた。
隣を見れば、真理子が俯きながら天宮の服を引っ張っていた。
「問題なのは能力ではなくて、精神的な方ね。殺人犯の話なんかしてたから、真理子ちゃん怖がっちゃったみたい。特にこの子は、いつも兄様の側にいて頼りにしていたみたいだからねぇ」
「こ、怖くなんかない!」
そうは粋がりつつも、手はしっかりと天宮の服を掴んでいた。
これはもう諦めるしかない。
「じゃあ道中気を付けてね。あと、王子創平から事件の情報を聞き出すのを忘れないようにねぇ。なんなら、呪家の起源の意見も聞いていらっしゃいな」
屈託のない笑みを浮かべて、里緒は二人を送り出す。
こんな昼間っから殺人犯に遭遇するわけがない。道中気を付けるのは車くらいだろうと思っていたが、その考えはすぐに甘かったと認識した。