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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
4章 夢の終わり
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4-15 似たもの同士?

 大悟が去った後、岬はだだっ広い空間に薫と二人きりになっていた。

 とりあえず、使命を果たした岬も、大悟と同じように薫の夢から去ろうとすると、背中から声を掛けられた。

「なあ、少し話をしていかないかい?」

 振り向くとそこにいた薫はさっきとは打って変わって、敵意という感情が消え失せていた。彼女はいつもと同じように表情が希薄だが、その奥にある親しみや優しさのような感情を、岬ははっきりと感じることができた。

 その提案にどのように対応するべきか、岬が困惑の表情を浮かべていると、岬が答える前に薫が言葉を投げかけてきた。

「キミは僕の夢が創り出したものとは、別の存在なんだろう。いやキミだけじゃない、さっきまでそこにいた大悟もかな。なんていうか、僕自身も何を言っているのかわからないのだが、まあそんな的外れなことは言っていない自信があるよ」

 別に自分たちの正体を知られることに、大きな不都合はないのだが、他人の思考をのぞき見してしまったようなバツの悪さから、岬はその指摘にドキッとしてしまう。

「えーっと……、それで、ボクもそろそろ退散しようかなと……」

「まあ、まだいいじゃないか。ベンチでお話しよう。夜はまだ長い」

 結局離脱するタイミングを逃した岬は、薫に連れられて一塁側のベンチに腰掛けた。

 ベンチに入ると、球場全体がよく見渡せたが、さっきまで自分たちが立っていたグラウンドがものすごく遠く感じた。きっとこれが試合に出られる人間と出られない人間との差なんだろう、と岬は勝手に解釈した。

 背後で突然着替えをし始めた薫を見ないようにグラウンドを眺めていたのだが、すぐに薫は着替えを終えて、岬の隣に腰掛けた。今の薫の格好は清心高校の制服である、男子用のブレザーだった。

「せっかくこんなところにいるんだから、普段はできないような話をしようじゃないか」

 薫の声の節々から、どこか楽しそうな様子が窺い知れる。

「たとえばの話だけれど、ここでボクに九曜さんが秘密をばらしちゃったら、現実世界のボクもその秘密を知ってしまうかもしれないよ。それでもボクにそんな話をしちゃうの?」

「ははっ、突飛な話だな、と言いたいところだが、むしろそっちのほうが好都合なんだよ。せっかく友達になれた岬と秘密を打ち明ける機会なんてそうそうないだろうからね。僕はこれを機会に岬を知りたいし、岬に僕のことを知ってほしい」

 そこまで言われたら、岬も観念して嘆息した。

 どうせ目の前の薫は明日になってこの夢の記憶があるのかどうか定かではないのだから、自分も胸の内をさらけ出してもいいかな、という気分になっていたからだ。

(他人の夢の中でのんびり話をする機会なんてないだろうし、たまにはいいかな……)

「そうだね。ボクも九曜さんのことを、もっと知りたいかな?」

「ああ、いい心がけだ。僕は弱い人間だから、こういう場でもないと、腹を割って他人とは話せないからね」

 笑顔でじっと岬を見つめる薫。

 ただその笑顔が、なぜか冷たいもののように感じて、嫌な汗が岬の背中を伝い落ちた。

(ヒエッ……、九曜さん、さっきボクが『弱い』って言っちゃったこと、まだ根に持ってるんじゃ……)

「ふふっ、というのは半分冗談だ」

(半分なんだ……)

 岬が半分ほっとすると、薫はその笑みを消して真剣な表情になる。

「岬、キミはどうして女の子の格好をしているんだ?」

 唐突な質問に岬は少し思案してから答えた。

「そうだね。そんな大した理由はないんだけれど……、先に聞いてきたんだから、逆にボクは九曜さんがなんで普段、男の子の格好をしているのか聞きたいな。教えてくれたら、その質問に答えてあげる」

「ま、そうなるか。いいよ。もともと僕も話をするつもりだったしね。僕はね、アイツと並んで歩きたかったんだ。この格好をしているのは、そのためっていうのが一番大きいかな。女性として見られたんじゃ、アイツと並んで歩くことはできないからさ」

 昔の自分の気持ちを思い起こそうとしているのか、薫はどこか遠い目をして語った。

「アイツって……?」

「心配するな。大悟じゃない。あいつは確かにいい奴だし、良き友人だ。こうして夢の中にまで僕に渇を入れてくれる素晴らしい友人だと思っているが、本当にそれだけだ。それ以上の感情は持ち合わせていないし、それに大悟にはキミがいる。それを奪うような真似はしないさ」

 それを聞いて、小さく息を吐いてほっとしている自分に気がついて、岬は顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

「じゃあ、アイツって……?」

「まあ、そんなことはいいじゃないか」

「そうだね。確かに、わざわざ聞くのも野暮だもんね」

 だいたいそこまで言われちゃ、「アイツ」の正体なんてほとんど絞られているようなものだろう。

「キミは大悟の特別な存在になろうとして、その格好をしているのだろう? 女装をしている意味の中に、大悟に見てもらいたいという心理が働いているのは確かだろう? ただ大悟と会う前からその格好をしているらしいから、それだけがすべてではないだろうけどね」

 その指摘にどう答えようか頭を悩ませた岬だが、自分の曖昧な気持ちに対しては、曖昧に答えるしかなかった。

「うん。まあそうかもしれないね。否定はしないよ。ただ始めたきっかけはボクに似合う格好を模索していたらこうなっただけ、という至極面白みもないものなんだけれどね」

 えへへ、と苦笑いをして後頭部を掻く岬。

(でも九曜さんに言われた通り、今ではその意味もだいぶ変わってきているのかもしれないけどね……)

「きっかけは人それぞれだよね。でも僕の場合は岬とは違うんだ。友人として接するのが一番アイツの近くにいられると思ったのさ。だから僕はいつしか、こんな格好をするようになった。偶然、この格好もそれなりに僕には似合っていたようだったしね」

 グラウンドの向こう側を眺めながら語る薫に、岬は黙って耳を傾けていた。

「きっといろいろな形があると思うんだ。だから僕はこの格好を続けてきた。だけどやっぱり性別っていうのは大きいね。キミは大悟にとって一番近い人間になることができる。それはきっとキミが大悟と同じ性別だから。でも僕にはそれができない。どれだけ自分たちが性別を意識しないようにしていても、女っていうだけで周りから区別されるようになる。その結果、僕はもう野球を続けられなくなった」

 遠い目をする薫にかけてあげるべき言葉が見つからない。

「僕はアイツと同じ立場に立って、同じ喜びを、同じ悲しみを共有したかったんだ。だけどその道は無情にも断たれてしまった。いやどこかで断たれるのは前々から気づいてはいたんだけどさ。それでもようやく吹っ切れたよ。今さらだけど、僕は現実と向き合おうと思う」

「そっか……。誰かわからないけれど『アイツ』さんも、九曜さんの気持ちに気がついてくれるといいね……。九曜さん、その人のこと好きなんでしょ」

「くくっ、さあどうなんだろうな。確かに僕はアイツに友達以上の好意を抱いている。だけどもっとも親しい友人に感じる好意ってそういうものなんじゃないのか?」

「どうなんだろうね。ボクもよくわかんないや」

「ま、焦って答えなんて出す必要はないと思うんだ。一つの解答を導くなんてのは、テストのときだけで十分だと思わないか?」

「それもそうかもしんないね」

「そう考えると、これを機に少し距離を取るというのはいい機会だったのかもしれない。なんだか、今回のことでいろいろと吹っ切れたし、僕も足りない頭を捻って、答えを出す努力くらいはしてみようかなと思ったよ」

「そうだね。ボクもそのあたりのことを真面目に考えてみようかな……」

(大悟クンのこととかね……)

 親しき友人の顔を思い浮かべながら、岬は胸中で呟く。

「さて、それじゃあ、積もる話もあるんだけれど、そろそろボクは行かないと……」

 さすがに夢魔が存在しない、他人の夢にこれ以上介入するのは限界だった。もう少し薫と話していたい気持ちはあったが、別にこの場でなくとも、薫とならば腹を割った話ができるだろう。

 ――たとえ、この夢を彼女が覚えていなかったとしても。

「そうか……。じゃあ行ってしまう前に一つ約束して欲しい。せっかくこうして、腹を割って話す仲になれたんだ。明日から、僕のことは『九曜さん』ではなく、『薫』と呼んで欲しい」

 その提案には少し驚いた。大悟から、薫が自分を下の名前で呼ばれることを嫌っているということを聞いていたからだ。

「うん、わかったよ。それじゃあね、薫」

 岬は友人へ別れを告げて、ベンチから立ち上がって目を瞑る。

「ありがとう、岬、大悟」

 うすれていく意識の中で、しみじみと小さく呟く薫の声がかろうじて岬の耳に入ってきた。

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