4-14 決着
大悟は薄れゆく視界の中で、自分を足蹴にしているアスタロトを見た。
(他人の夢の中なのに、眠たいっておかしいな。ははっ)
場違いなことを考えてから、アスタロトの視線の先にいる岬を見る。
あまりにも絶望的なせいで、この状況を打破できる方法がまったく思い浮かばない。
そんな状況でも、周りを見る余裕があったのはどうしてだろうか。
(決まっている。この場にいるのは俺だけじゃない。だから俺がどうにかできなくとも、誰かがきっとなんとかしてくれる)
それは盲信とも呼ぶべき考えだったのかもしれない。事実、大悟を人質に取られた岬は両手に剣を構えたまま、なす術なくその場に立ち尽くしている。
「オマエが助けられるのはこの男か、もしくはこの夢の宿主のどちらか一方だけダ。好きなほうを選ぶとイイ。オレは残ったほうの身体を乗っ取らせてもらう」
岬は大悟と薫を交互に見やって、唇を噛みしめている。
アスタロトが押さえつけている大悟の身体をすぐさま乗っ取らないのは、たとえ身体を乗っ取っても、目の前の岬にすぐに殺されることを予感してのことだろう。
薫の夢を貪って蓄えていた精神エネルギーをかなり消耗したせいで、おそらくはアスタロト自身も窮地に陥っていると考えて間違いないだろう。
アスタロトもアスタロトで、さっきのやりとりと自分の今の力を分析して、岬との力の差を感じ取り、自分の退路を確保しよう必死なのだろう。
一方の岬は大悟を助けるための策を探そうとしているのだろうが、難しそうな顔で、その場に立ち尽くしていることから、考えがまとまっていないようだった。
(ははっ、そんな難しい顔をしたって思い浮かばねえもんは仕方ねえだろ。それに考え事をするときは頭を柔らかくしないとだめなんだ。そんなんじゃ思い浮かぶもんも思い浮かばねえぜ)
頭上の夢魔からかけられているプレッシャーが強く、大悟は岬に言葉をかけてたくてもかけられない。
「わかった。でも、差し出すのはボクの身体だ。ボクが犠牲になるから二人は解放しろ」
決意を固めたように唇を固く結んだ岬が一歩前に踏み出した。
それに対して、警戒心の強いアスタロトが大悟の右腕を槍で突き刺した。
「…………っ」
「言ったはずダ。その場から動くナ」
アスタロトの虚ろな双眸は岬を捉えていても、大悟に対する注意は失っていない。
――その時だった。
弾丸のようなスピードで、こぶし大ほどの大きさの白いなにかが夢魔の頭部目がけて飛んできたのだ。
大悟と岬にのみ注意を払っていたアスタロトは、完全に注意の外から飛んできたそれに気がつくことはなかった。
「――ッ!」
白球が夢魔の頭部に激突した瞬間、夢魔の身体が大きく横に揺れた。
「さっさと大悟から、その薄汚い足をどけろ」
五十メートル近く離れているマウンドから、薫が鋭い双眸を夢魔に向けていた。
「クッ――貴様ッ!」
アスタロトは忌々しそうに薫を睨み付けて、唇を噛みしめている。
(――ここだッ)
ただ大悟もその光景をぼーっと眺めている場合ではない。地面に転がったまま、鋭く身体を切り返して、アスタロトに足払いをしかけた。
頭に血が上っていた夢魔は完全にそれに引っかかって、大きくよろめく。
「岬、今だッ!」
叫ぶ間にもアスタロトと肉薄していた岬が、両手の剣を振るってアスタロトに襲いかかる。
「大悟クンを傷つけたこと、九曜さんを騙したこと、その罪の重さ、その身をもって思い知れッ!」
怒気をはらんだ声で叫び声を上げ、岬の双剣がアスタロトの身体を一閃する。
そこからは圧巻だった。
岬は今までの鬱憤を晴らすかのような剣捌きで、アスタロトを細切れに切り刻んだ。
大悟はそんな岬の戦いを外野の芝生に寝転がりながら眺めていた。
――余談だが、あまりにも圧倒的な岬の力を目の前にして、大悟は今後二度と、岬を怒らせることをしないように、と誓ったのであった。
やがて切り刻まれたアスタロトの身体は、空気の中に埋もれていく。
それと同時に、薫の夢に漂っていた、奇妙な気配が薄れてゆく。
「ククク、今回は力及ばずダナ……。だが、人間が夢を見続ける限り、オレたちはどこでだって、無限に現レル。覚悟しろヨ。オマエらが安らかに夢を見られる時は永遠にこないのダ」
そんな捨て台詞とともにアスタロトの気配は完全に消失した。
それが薫の中に巣食っていた、夢魔『アスタロト』様の最期だった。
「大悟クンッ!」
身体全体にダメージを負った大悟を気遣って、岬が頭の上からこちらの瞳を覗きこんでいた。
「大悟ッ!」
夢の主である薫も、マウンドからわざわざ外野の芝生まで駆け寄ってきた。
(あっ、やべっ、なんか気が抜けたら……)
視界が霞んできた。
思いの外、アスタロトから受けたダメージは大きかったようだ。
「大丈夫心配すんな。ちょっと疲れたから一足先に帰るわ。それじゃあな」
「ちょっと、待っ――」
岬が引き留めようとしていたが、それを無視して、大悟は目を閉じて薫の夢から離脱した。
余韻を感じる暇はなかったが、とりあえず使命を果たしたこと、友人を守れたこと、自分の身が無事だったことに安堵した大悟だった。




