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夢の守護者は男の娘  作者: ぴえ~る
2章 退魔士
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2-4 複雑な気持ち

「なあ、ふと思ったんだけど、岬ちゃんって、なんで女の子の格好してるんだろうな」

 昼休み、秀人と机を並べて昼食を食べていると、秀人がタマゴサンドを囓りながら唐突に切り出してきた。

 教室内は各々が昼食を食べながら、それぞれのグループに別れておしゃべりに興じている。

 高校生活が始まって、約二週間経った。当初、教室に漂っていたよそよそしい雰囲気もだいぶ薄れている。

 この日は、岬の家に泊まって夢魔のカケラをやっつけてからちょうど一週間経った週末の金曜日である。

 あれから大悟は夢魔と出会っていないし、退魔士として何か活動したということもない。

 もしかすると、大悟に告げることなく四谷家だけで夢魔の対処をしているのかもしれないが、とにかくこの一週間のうちに大悟が他人の夢に入り込むようなことは一度もなかった。

「なんでって、そりゃあ……」

 大悟はおにぎりを食べる手を止めて、女子の輪に加わって昼食を食べている岬のほうに視線を向ける。

 しつこいようだが、男である岬がそこに混じっていてもまったく違和感がない。

「なんでだろうな……」

 言われてみれば、今までそのことを岬に問い質したことはなかった。

 本来は不自然であるはずなのに、あまりにも岬の格好が似合いすぎているため、女子の格好をしている岬に不自然さを抱くことがなかったのだ。

 ただ今さら岬が男子の制服を着てきたところで、本来はそれが自然なはずなのに、想像しただけでもなんだか違和感がある気がする。

「ま、あの格好でいるのが、あいつにとって一番自然体なんじゃないのか。九曜も似たようなこと言ってたろ」

 大悟は昔からの知り合いである男装女子――薫のことを思い浮かべながら答えた。

 ちなみに薫は風邪をこじらせたらしく、今日は欠席をしているため、この場にはいない。

「ふむ。しかし大悟が知らないとなると、岬ちゃんの女装の秘密は誰も知らないってわけだな」

「なんか含みのある言い方だな。他に知っている人間がいるかもしれないだろ」

「いやいや、岬ちゃんはクラスの中でも、分け隔てなく接しているが、間違いなくこのクラス中で、いやこの学校で岬ちゃんと仲がいいのはおまえだ。大悟」

 秀人は念を押すように、大悟へと指を突き立てて、ニヤリと笑みを浮かべた。

「……お泊まりをした仲だそうじゃないか」

「ぶっ――」

 大悟は友人の突然の指摘に吹き出してしまう。

 そんな大悟の反応を見た秀人は、悪人のように口元を歪めている。

「貴様、どこでそれを……」

「ふふっ、企業秘密さ。ま、知っているのは情報通の俺くらいだろうさ。くくっ、まあ広まったら、ちょっとした騒ぎになるかもしれないけどな」

 秀人は勿体ぶったように腕を組む。

「っていうかよ。友人の家に泊まりに行くことになんの問題があるんだよ」

 大悟がもっともらしく開き直って言い返すと、秀人は意外にも素直に頷いた。

「ああ、お前の言うとおりだ。何も問題はないよ。俺だって、大悟の家に何度が泊まったことがあるわけだし。同性の友人である岬ちゃんの家に泊まりに行くっていうのは、それと同じことだわな」

 言葉とは正反対に、秀人はうずうずとした様子で気色悪い笑みを浮かべている。

「だから堂々としていればいいのに、大悟は狼狽えた。さて、どうしてだろうな……?」

 秀人は勝ち誇ったように、厭らしい笑みを浮かべながら、タマゴサンドの残りを頬張る。ぶん殴ってタマゴサンドを吐き出させてやりたい気分だったが、余計に話がややこしくなるので、ここは話題を変えて誤魔化すことにした。

「と、ところで野球部はどうなんだ? 試合は出れそうなのか?」

「くくっ、話題の逸らし方が強引だなあ。まあ、これ以上虐めるつもりもないし、このへんにしておいてやるよ」

 やれやれとばかりに方を竦める秀人。

「試合かあ、どうだろうな。この学校は進学校で部活にあんまり力入れてないみたいだから、一年からでもレギュラーくらいなら、と正直甘く見ていたけれど、高校生にもなると根本的に俺らとは体力が違うからなあ。やっぱり厳しいよ」

「なるほど、それでも自信はあると?」

「おいおい何を聞いてたんだよ、と言いたいところだけれど、まあそれなりにはな。でもまあ厳しいのは本当だよ。やっぱり二年の差はでかいしな」

 弱気とか強気とかではなくて、秀人はきっと冷静に部の状況を見た上でそう言っているのだろう。

 普段はちゃらちゃらしている秀人だが、野球関連になると誰よりも冷静に客観的な物事の見方をするようになる。本業がキャッチャーである秀人は、誰よりも冷静にグラウンド上を分析する必要があり、その癖が身についているからなのだろう。

「それでもアイツなら、いきなりレギュラーになってたかもな。ここだけの話、ウチのチームはピッチャーが弱点なんだ」

 秀人は誰にも聞こえないように内緒話をするように、口元に手を当てて呟いた。

「それって九曜のことか?」

 高石中学で秀人とバッテリーを組んでいた薫。

 女の子ということもあり、球速はそれほどでもなかったのだが、相手を手玉にとる投球技術と女の子特有のしなやかな全身から繰り出される独特の球筋で打者を翻弄していた。

「まあな。でも、仕方ねえよな。それがルールなんだから。ルールを守らねえとスポーツってもんは成立しねえだろ。それと一緒だ。仕方ねえんだよ」

 言葉とは裏腹にあまり納得していなさそうな秀人が、拳を握りしめてぼやく。

「…………」

 大悟もそれに対してどんな言葉を掛けるべきか思い浮かばず、沈黙が流れるが、その重苦しい空気を察した秀人が、それを吹き飛ばすように努めて明るい声を出して話題を変えた。

「っと、そうだった。先輩に一つ頼まれごとをしてるんだった。すっかり忘れてたわ。今のうちにやって、ポイントを稼いでおかないとな」

「おいおい。下っ端なんだからそういうところはきちんとしておけよ。どんなことかわからんが、もし俺に手伝えることなら手伝ってやってもいいぞ?」

 道具の整理や手入れなら、自分にも手伝えることもあるだろうと思って、大悟はそんな提案した。

 しかし友人の口から語られた提案は道後の想像の斜め上のものだった。

「ホントか? そりゃあかなり心強いな。それじゃあ、岬ちゃんのことなんだけれど――」

「は? ちょっと待て。なんで岬と野球部がどうやって結びつくんだよ」

「ん? ああ、先輩がさ、どうやら岬ちゃんに一目惚れしたらしんだよ。それで、岬ちゃんと同じクラスの俺が、岬ちゃんを紹介してくれって、その先輩にせがまれてるわけよ。先輩の頼みを無碍にするわけにはいかねえだろうし……。どうしたもんかなって」

 それで仕方なくな、と付け足して、秀人は肩を竦める。

「いちおう確認しておくけれど、その先輩って男だよな。女子マネージャーとかじゃないよな」

「まあそりゃあな。女子の先輩に男を紹介してくれって言われても、俺は紹介しねーよ。なぜならば、紹介してしまったら、その女の子が俺の物になることはなくなるからだ」

 秀人はどうでもいい持論を、胸を張って披露した。

「でも岬は男だぞ。そのことを先輩はちゃんと知っているのか?」

「そりゃあ当たり前だろう。さすがに勘違いしているようだったら、俺が釘を刺してるさ。岬ちゃんの性別は男かもしれないが、見た目はどっからどう見ても美少女だ。っていうか、おまえが知ってるかどうかは知らんけれど、岬ちゃんはすでに学校内でかなりの有名人だぞ。その先輩だけじゃなくて、岬ちゃんに思いを寄せる生徒は多いらしいぞ。男女問わずな」

 秀人は横目で岬を見つつ声を潜めた。

「というわけで、岬ちゃんを先輩に紹介しても構わんかね?」

 ――紹介か。

 どういうわけか心の奥に小さなとげが刺さったような、妙な気分になった。心の中に沸き立つもやもやとした濃い何かが渦巻いているような変な感じだった。

「俺に許可を求めても仕方ねえだろ。そんなのは本人に聞いてこいよ」

「ま、そんなことは知ってるよ、っと。たださ、おまえにも一応断っておいたほうがいいかもってさ。あんまりぼけっとしてると、誰かに取られちまうからな。かっかっか」

 秀人は大口を開けてバカみたいに笑った。

 いやこいつの場合は、バカみたい、ではなくバカで合っている。

「なにが『手伝ってくれたら心強い』だよ。そもそも俺に手伝えることなんてねえじゃねえか。そんなもんはそっちで勝手にやってろ」

 大悟はつまらなそうに机に頬杖をつきながら言った。

「まあ、言われてみればそうだな」

 秀人は明らかにすっとぼけたような調子で返してくる。

「それじゃあ、俺は先輩の恋路を手助けするキューピットとなるとしますか」

「あ、おい。待――」

 席を立った秀人を引き留めようとして、それを思い直した。

(なんで俺はあいつを引き留めようとしてるんだ? なんにも問題はないだろうが。秀人の先輩が岬のことが気になっていて、秀人が岬を紹介する。別にそれが上手くいこうがいくまいが、俺にはいっさい関係ねえよな)

 秀人が気軽な調子で女子たちの輪に入って岬に話しかけている。

 何やら会話が弾んでいる様子の二人。楽しそうに笑顔を浮かべる岬が見えるが、どんな会話をしているのかは聞こえない。

(岬はどんな反応をするのかな……。その先輩と会ったりするのかな)

 聞き耳を立てたかったが、大悟のプライドがそれを許さなかった。視線だけをチラチラとそちらに向けて、残りのおにぎりをもしゃもしゃと食べ始めた。

(クソッ、だからどうしたってんだよ……)

 なんだか心臓が縮んでいるかのように息苦しい。

「…………」

 咀嚼していたおにぎりからは、どういうわけかなんの味もしなかった。他にもおにぎりが残っていたのだが、それらには手を付けることのないまま、いつの間にか昼休み終了を告げるチャイムが鳴っていた。

 目の前の席に戻ってきた岬に、秀人の話をどうするのか問いただしたかったが、結局それはできなかった。

 だってそれは、大悟にはなんの関係もないことなのだから。

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