2-3 ボクが女? 僕が男?
「秀人も大悟も、甘い物は好きではないみたいでね。あんまり付き合ってくれないんだ」
不満そうに唇を尖らせた薫が、ショートケーキが刺さったフォークをを口に運ぶ。
口の中に入れた瞬間、彼女の眉がぴくりと動いたのは、ケーキのおいしさに反応してのことだろう。
こういうことを口に出すと薫の気に触れそうなので黙っておくことにしたが、甘い物が好きなところはやはり女の子だなと、岬は思った。
(こうやって見ると、九曜さんってやっぱり女の子なんだな……。甘い物が嫌いな女の子はいないもんね)
「確かに、あの二人はあんまりこういうところ似合わなさそうだよね」
ファンシーな感じの店内にいるのは女性ばかりである。男性客も少しいるみたいだが、どうやら女性客の連れ添いといった感じで、少なくとも男数人のグループで来店している客は見当たらない。
この中だと、岬も本来は浮いているはずなのだが、言うまでもなく必要以上に店の雰囲気にフィットしている。ただ男の格好をしている薫も不思議なことに、この空間に妙に馴染んでいる。
薫はケーキが好物なのか、それとも甘い物全般が好物なのかはわからないが、ケーキを一口運ぶ度に、眉や瞼がぴくりと動くのが、見ているだけでも面白い。
普段の彼女の無表情は、決して取り繕っている代物というわけではないのだろうが、それでも好物を食べて必死に無表情を押し通そうとする薫は、いつもよりはかなり親しみやすいというか、なんだか可愛らしく思えた。
「この町には慣れたかい?」
「え、うん。まあね」
薫の唐突な話題転換に、薫の表情をぼんやりと観察していた岬は虚を突かれたような返事してしまった。
「それは良かった。別に僕がこの町に対して何かをしているというわけではないけれど、それにしても、自分の住む街が受け入れられるというのは、なんだか嬉しい気分だな」
「九曜さんは、生まれてからずっとこっちにいるんだっけ?」
「そうなるかな。良い街かどうかなんて、他の街を知らないから何とも言えないけれど、これまでそれほど不便な思いをしたことがないのだから、きっといい街と呼ぶべきなのだろうな」
「それじゃあ、これからも九曜さんは滝原市に残ろうと考えてるの?」
「どうだろうな。ただ、いずれはここを離れるのかもしれないけれど、今のところはこの町を離れる自分を想像できないっていうのが本音かな。そもそもこれからの自分なんていうのはまったく想像できないからね」
小さく息を吐いて肩を竦めてみせる薫。
格好を付けたそんな仕草も、彼女にかかればいちいち様になる。
「ま、そんな不確定な未来の話をしても仕方ないし、少し別の話でもしようか」
「そだね。それじゃあ、ボクは三人の中学時代の話が聞きたいかな」
「三人というと、僕と、秀人と、大悟の話だよね? そのへんのことは大悟から聞いていないのかい?」
「いや、聞いてないってことはないんだけど。九曜さんの話を聞きたいというか、大悟クンが話したがらない過去があれば、それを聞いてみたいというか……」
「ふっ、まあいいだろう。とはいえ、こうして改まると、どこから話していいものか……」
過去を回想するように目を細める薫は、どこか楽しそうに口元を小さく綻ばせていた。そんな彼女の表情を見るだけでも、岬はあの三人の仲の良さを窺い知ることができた。
ゆっくりと口を開いた薫は、思い出を懐かしむように言葉を紡いだ。
それからしばらく、岬は黙って薫が語る、三人の思い出話に耳を傾けた。
「――、――」
それは岬の知らない三人の過去。
薫は心底楽しそうにその思い出を語っており、実際にそれを体験していない岬でさえ、その話を聞いているだけで楽しい思い出を共有できたような、そんな錯覚を覚えたほどだった。
「あのころは本当に何をしていても、ずっと三人一緒で、本当に楽しかった」
しみじみとした調子で口元に笑みを浮かべる薫。
「けれど、そんな時間がいつまでも続くことなんてあり得ない。事実、最近は、秀人は部活で忙しそうだし、大悟はキミにべったりだ」
どこか意地悪く口元を歪める薫に、岬は罪悪感を覚えてしまう。
「うっ……、べったりってそんなつもりはないんだけど……」
言い返してみたものの、思い返せば昨日のお泊まりといい、最近の出来事を思い返すとなると、必ず大悟の影がちらつくというのは紛れもない事実だ。
どちらかといえば、大悟にべったりしているのは自分のほうかもしれない。
「いやいや、言い方が少し意地悪だったね。言った自分が言うのもなんだが、気にする必要はないさ。大悟も岬も二人で一緒にいるときは、二人ともとても楽しそうに見えるし、そんな二人を見てると、こっちまで楽しくなってくるからね。そういうわけだから、これからも良きパートナーとして、大悟を頼んだよ」
「任されました――でいいのかな? なんか、恋人に友人を託すみたいな感じになったけど、念のため言っておくけれど、ボクは男だからね」
「ふっ、そんなことはキミの口から語られる前、最初に教室で会ったときから気づいていたが、些細な問題だよ」
さらりと述べたその事実に、岬は驚いた。
(九曜さんは、初対面でボクの性別に気づいてたんだ……)
が、岬も薫の自己紹介の前に薫の性別には気づいていたわけだし、そのへんは似たもの同士が共有できる何かがあったのだろう。
そんな岬の内心の驚きをよそに、薫は言葉を紡ぐ。
「岬は大悟が見とれるほどに可愛らしいのだから、自信を持てばいい。本当は女であるはずの僕なんて、キミの可憐さの足下にも及ばないくらいだからね」
自嘲気味に口元を緩める薫。
「ふふっ、でもそんなことを言ったら、ボクじゃあ九曜さんみたいに、格好良くはなれないよ」
「ありがとう。重ね重ねになるが、そんなわけだから大悟をよろしく頼むよ。それに、キミたち二人の間には、すでに僕や秀人にすら隠している秘密があるのだろう?」
「それは……」
退魔士や夢魔のことは口外できないので、薫の言っていることは紛れもない事実だが、なんだか誤解を招くような言い方だなと思った。
かといって、岬はそんな誤解を訂正しようとは思わない。なぜならばそっちのほうが面白そうだからだ。
とはいえ、薫もそのへんのことをしっかり冗談として認識して、適当に解釈してくれていることだろう。
「さて、話が一段落したところで、ケーキでも頼も――ん? 岬あれを見てくれ」
薫が岬の背後を指さしたので、それに釣られて見ると、その先には張り紙が貼ってあった。
『カップルフェア。ただいま恋人同士で来店のお客様に、ケーキ一つをサービス』
張り紙の下には男女で移っているチェキが並べられてあるところから察すると、おそらくはあそこに、男女で映ったチェキを並べるのと等価交換でケーキ一つをいただけるということなのだろう。
「岬、僕の恋人になってくれないだろうか?」
気取った感じの笑みを浮かべて告げる薫は、こんな状況でなければ、胸がキュンとするのだろうが、その笑みもケーキ一つ分の笑みだと考えるとどうも安っぽく見えてしまう。
「いいの? 大悟クンに言いつけちゃうよ?」
よく考えれば、いやよく考えなくとも、岬と薫は男女のペアでる。もっとも、どっちが男でどっちが女の役なのかは一目で区別できないが……。
「くくっ、大悟の怒りなんてケーキ一個分に比べたら安いもんさ」
もともと抵抗するつもりのなかった岬は、結局薫の頼みを了承した。
(それに、大悟クンが嫉妬してくれたら、それはそれで嬉しいかも……)
そんな悪魔じみたことを考えていると、薫に呼ばれた店員がカメラを持ってやってきた。
必要以上にくっついた状態で、薫とともに写真に写る。店員もほとんど流れ作業のようで、必要以上の声は掛けてこなかった。
それでも店内が少しざわざわとしていた感じがするのは、チェキを取るという行為はやはり目立つもので、他のお客さんの注意がこちらに向き、その中の女子のお客さんがこちらにうっとりとした視線を送っているからだ。
もちろん彼女らの視線の先にいるのは、薫という美少年である。
対する薫はそんな視線を意に介した様子もなく、サービスのケーキを幸せそうに頬張っている。
岬もこういった好奇の視線に晒されるのはある意味で慣れているので、あまり気にならない。
「この人たちには、僕が男で、岬が女の子に見えてるんだろうね。たまには、こんな遊びも楽しいな。相手が岬でなければこんなことはできないしね」
「かもね。だったら、今日はこのまま恋人同士として過ごしちゃおっか?」
お互いにゴッコ遊びだと割り切っていたからこそ、こんなことが楽しいと思えるのだろう。お互いに真剣、あるいは、片方が真剣だった場合、こうも気軽には楽しめないだろう。
「とても魅力的な提案だ。大悟に知られたら、殴られるだけじゃあ済まないかもな……」
そう言って、口元を綻ばせる薫は、この状況を心底楽しんでいるようだった。
「ボクもこんな経験は滅多にできるもんじゃないし、楽しいかも……」
岬は薫と過ごすこの時間に、間違いなく居心地の良さを感じていた。
――そんな休日の一時。




