2-2 休日のお散歩
――大悟とともに過ごした一夜から、さらに一日経った日曜日のこと。
岬は街の中をブラブラとしていた。目的がとくにあるわけでもなく、その中でも強いて目的を上げるとすれば、慣れない街並みを歩くということで自分の好奇心を満たそうというものだった。
「ん~、それにしても良い天気だなあ」
大きく伸びをして、岬は太陽の光を全身で浴びるために腕を大きく広げた。気持ちの良い春風が岬の全身を撫でる。
滝原市北区を流れる大きな河。岬はその脇の河川敷を歩いていた。
「おや、あの後ろ姿は――」
視線の先に見覚えのある背中を発見して、岬は小走りで近づいて彼女の肩を叩いた。
「九曜さん、こんにちは」
「ん? 岬か? こんなところで奇遇だね」
声を掛けると、薫は少し意外そうな表情でこちらを振り向いた。
「相も変わらず、休みの日でも、キミは女の子みたいな服を着こなしているんだね。まあ、僕も人のことは言えないかもしれないけれど」
岬の全身を眺めて、薫がぼやいた。
「まーね。どうかな? ボクに似合ってるかな?」
スカートを翻して、服装を見せつけるようにその場で一回転してみせる岬。
岬はワンピースの上に、薄いカーディガンを羽織っている。
いくら春の陽気が穏やかとはいえ、さすがにまだまだ上着を着ないと肌寒い。
「ふふっ、心配しなくても、そのへんのどんな女子よりも、よっぽどキミはその服を着こなしてるよ」
対する薫はジーンズに、上半身は白いシャツの上に薄手のコートを羽織っている。
「ありがと。九曜さんもその服装、よく似合ってるよ」
「ありがとう――ところで、珍しいことに、今日は大悟は一緒ではないんだね?」
軽く当たりを見渡して、岬の同行者がいないことを確認する薫。
「まあね。そりゃあ四六時中一緒にいるわけじゃないもん。そんなときもあるよ」
「そうか。いや、僕の見立てだと、キミたちは四六時中一緒にいるイメージなのだがな。まあそういうことにしておこう」
どこか含みのある感じで口元に笑みを浮かべる薫。
相変わらず屋上の一件を引きずっているように思えるが、後々の大悟の反応が楽しみなので、その誤解を解くような真似はしない。
「九曜さんは、散歩してたの?」
「まあ、そんなところかな。散歩というのは特になにかをするわけでもなく、ただ時間を浪費する。そんな言わば無駄な行為に過ぎないけれど、その無駄さ加減がなんとも贅沢な感じがしないか?」
「どうだろうね。ボクも散歩してるわけだけど、そこまで考えたことはないかな……」
河川敷の野球場では、野球少年の甲高い叫び声が響いている。それに混じって時々、金属音なんかも聞こえてくる。
「すいませーん! ボール、取ってもらっていいですか?」
そのとき、横から河川敷から白いボールがコロコロとやってきて、二人の目の前で止まった。
見ると、土手の下でユニフォームを茶色く染めた小学生くらいの男の子が、こちらに向かって手を振っていた。
「はいはーい。ちょっと待ってね」
岬が少年へと答えて、足下のボールを拾い上げ、薫へと手渡そうとすると、薫が不思議そうな顔で岬を見つめてくる。
「九曜さんが、投げるところ見てみたいなあって。九曜さん、野球やってたって言ってたしさ」
「生憎だが、僕はもう野球を辞めたのだ。従って、その白球を握るわけにはいかないのだよ」
そこまで頑なに拒む理由はわからなかったが、深く聞くなと薫の表情が告げていたので、岬は自粛することにした。
結局、ボールは岬が少年へと投げ返した。
野球の経験などないが、岬なりの精一杯のフォームでボールを投げると、ボールは少し山なりの軌道を描きながらも、少年のグローブへと収まった。
「いいフォームだ……」
薫は岬の投げる姿を見て、そのように評した後に、ぼんやりとした瞳で眼下の野球場を見た。
「みんないい顔で、楽しそうにやってるな……」
ともすれば風に流されてしまいそうな声、そして感慨深そうな表情で薫が呟いた。その時の彼女の瞳は、河川敷の野球少年を見つめているようで、どこか遠くの景色を見つめているようでもあった。
岬がなにか声を掛けようと躊躇っていると、薫は何事もなかったかように、いつもの凜とした表情に戻って口を開いた。
「ところで岬、この後時間はあるかい? もしよかったら甘い物でも食べに行かないか?」
「ふふっ、それってデートのお誘いってことでいいのかな?」
「ははっ、もちろんだとも、そういうわけだから、大悟には内緒にしておいてくれよ」
薫が仰々しく差し出した右手を、岬がそっと掴む。
端から見ると、いきなり芝居がかった演技を始めた痛い二人組に見えるのかもしれないが、薫の作り物のような綺麗な佇まい、そして一つ一つの所作がかなり様になっていたので、岬もそれにつられてしまった。
そして二人は手を握り合ったまま、河川敷を歩いて行った。




