1-11 はじめての仕事
四人がけの木製テーブルの上には、湯気が立っているおいしそうな夕食が並べられていた。
唐揚げにサラダ、肉じゃがなど、色とりどりのオカズの数々がテーブル上に所狭しと並んでおり、そのおいしそうな匂いが、食欲を鋭く刺激してくる。
「それじゃあ、召し上がれ。いっぱい作ったから、年ごろの男の子が遠慮なんてしちゃダメよ」
両手を合わせて、いただきますの合図とともに、楓と岬の箸が一斉に動いた。大悟は一瞬遅れてそれに続いた。
食の細そうな岬だが、どれだけ口に運んでもご飯を進める箸が止まる気配は一向になく、二杯もおかわりをしていた。
そんな岬の姿を見た大悟は、こういうところはなんだか男らしいんだな、とどうでもいい感想を抱いたのだった。
とはいえ、楓さんの手料理はかなり絶品で、他人の家での食事だというのに大悟もおかわりをしてしまった。
「ごちそうさまっ」
満腹といった具合に岬がぽんと自分のお腹を叩く。
「はいはい、お粗末様でした」
両手を合わせて満足そうな笑みを浮かべる楓。
「すいません、俺もおかわりまでしてしまって……」
「いいのよ。作る側からするといっぱい食べてもらった方が嬉しいんだから。ちょっと作り過ぎちゃったかと思ったけれど、大悟君がいっぱい食べてくれて良かったわあ」
楓はそう言って、嬉しそうに微笑む。その笑みを見てると、こちらまでなんだか嬉しくなってくるようなそんな不思議な魅力を持つ笑みだった。
「さてそれじゃあ、これからお仕事の話でもしましょうか?」
食器を台所へと片づけて、改めて三人で木のテーブルを囲んだ。
話を切り出した楓の表情は、食事中の柔らかい表情とは打って変わって、仕事のできる女性といった感じの引き締まったモノへと変化した。
大悟もそれにつられるようにして、姿勢を正して楓を見つめる。
「昼間、あたしは街を散策して夢魔に取り憑かれている人間がいないか探してたんだけど、そこでひとり見つけたの」
そう切り出して、楓がポケットから取りだした携帯電話の液晶に映っているのは、公園を背景に佇んでいるひとりの男性だった。
それはスーツを着たどこにでもいるようなサラリーマンだった。年の頃は二十代後半くらいだろうか、顔が少しやつれて見えるのは、仕事疲れからか、それとも別な要因があるのだろうか。
「かなり反応が小さいから、きっと大したこ力を持たない夢魔のカケラでしょうね。それでも見過ごすわけにはいかないのよね」
「確かに小さな靄みたいなのが見えるかも。確かにこれはカケラだね」
「なあ、夢魔のカケラってなんだ?」
初めて聞く単語に声を潜めて岬に問いかける。
「ああゴメン。説明してなかったね。夢魔の中にもいろんな種類のヤツがいるんだよ。夢魔のカケラっていうのは、夢魔が人の夢に侵入しようとしたときに、侵入に少し失敗して力の一部しか夢の中に侵入できなかった力の弱い夢魔のことだよ。テレビゲームでいうところのザコ敵みたいな感じで考えてもらっていいと思う」
「でもザコ敵って言っても放って置くわけにはいかないんだろ?」
「当然だよ。いくらカケラと言えど、普通の人間には夢魔に対抗する手段がないんだからね。というか、突然夢の中に現れた夢魔という気味の悪い存在相手に戦おうとする人間なんて、かなりぶっ飛んだ思考の持ち主だろうからさ」
岬は緩んだ口元に手を当てて、目元に笑いを浮かべている。
「へいへい。どうせ俺は普通じゃないってことだろ。だからこうして退魔士になるって言っておまえの家まで来たんじゃねえか」
「まあまあ、そう拗ねないでよ。ねえお母さん、この夢魔、ボクが退治してもいいかな? せっかくだし、大悟クンに退魔士の戦いを見てもらいたいと思って」
「ええ、別に構わないわよ。カケラだったら別に心配はいらないだろうし。写真の中の彼を救えるのなら好きになさい」
「じゃあそういうわけだから、大悟クン、ボクのお手伝いよろしくね」
さも当然のように岬が首を傾げてこちらを見上げている。
「いや、手伝ってやりたいのは山々だが、他人の夢に入る方法がわからないんだが……」
「それなら問題ないよ。最初はボクがきっちりお手伝いして、その人の夢の中に大悟クンを連れて行ってあげるから。念のために、その写真を見て、しっかりその人の顔を覚えておいてね」
あまり特徴のない顔だが、楓から写真のデータを受け取って、その顔を脳裏に焼き付けた。
「まあ、それくらいならなんとか大丈夫だろうけど……」
何やら嫌な予感がして、岬と楓の顔を交互に見つめる。
「さてそれじゃあ今夜は、その人の夢に入って夢魔のカケラの退治をお願いね」
大悟の視線を意に介した様子もなく、楓が口元を綻ばせる。
「なあ、夢の世界に連れて行くって岬は言うけれど、その方法を教えてくれ」
答えを急かすようにして岬へと視線を向ける大悟。
「ああそれはね。ボクがこの人の夢の世界に入る感覚を大悟クンと共有するんだよ」
「感覚を共有する方法って……?」
「それは簡単だよ。ボクと一緒の布団で眠ってもらえば、ボクの感覚が大悟クンに共有される」
「は? 誰が誰と寝るって?」
岬の言葉の意味がわからず、アホ面で問い返す大悟。
「だから大悟クンが、ボクと同じ布団で身体を寄り添って一緒に寝るの」
「は? いやいやおかしいだろ。楓さんも何か言ってくださいよ」
助けを求めるように視線を送ると、楓は心底楽しそうな笑みを浮かべているだけだった。
その笑顔を見た瞬間、大悟は首元に死に神のカマを突きつけられたような気分になった。
「不束な息子かも知れないけれど、よろしく頼むわね。大悟クン。明日はちょうど休日だし、大丈夫よね」
「えっ、マジで言ってんすか? え、ホントに?」
嘘であることを願うように、大悟は岬と楓の顔を見つめたが、四谷親子は大悟にカマを振りかざすかのごとく、満面の笑みで頷いて見せたのだった。
こうして六宮大悟、人生初めてのベッドインの相手は同性である四谷岬となってしまったのであった。