1-12 背中を流しっこ
「ふう、まさかこんなことになるなんてな……」
大悟は湯船に浸かりながら、水滴の付着した天井を見上げてぼやいた。
入試のときに一目惚れした女の子の家でお風呂に入っているなんて、ひと月前の自分に言っても、きっと信じてもらえないだろう。
(まあ、その子の正体が男だったということも、当時の俺からすると、同じくらい信じられないだろうけどな)
「大悟クン、着替え置いておくよ。お父さんのジャージなんだけれど、サイズは同じくらいだからきっと大丈夫なはずだよ」
「ああ、サンキュ」
大悟の着替えを置いて、つとめは果たしたはずの岬だが、磨りガラスの向こう側にいる岬のシルエットが消える様子はない。
「ねえ大悟クン。ちょっと聞きたいんだけれど、こんなことに巻き込まれて迷惑だって思ったりしてない? 大悟クン、いい人だからきっと自分から嫌とか言わないだろうし」
浴室の扉に寄りかかっている岬が、不安そうなか細いで聞いてくる。
「アホか。おまえが思ってるほど俺はいい人なんかじゃねえよ。これまで何度だって断る機会はあったのに、それでもここまでついて来たんだから、ちょっとは俺のことを信用しろよ。なんだよ、いつもの強引な岬らしくないな」
「ふふっ、ボクだって大悟クンが思ってるほど傍若無人じゃないんだよ」
「そうか、それは初めて知った。言ってみれば、俺たちってまだ知り合って一週間程度しか経ってないんだよな。そんな短い付き合いの中で、相手のことなんてまだわかるわけないよな。付き合いが長い秀人や九曜でさえ、きっと俺の知らない面がいっぱいあるだろうしな」
「あの二人は特殊な気がするけど……」
あの二人だって岬にだけは、特殊だとは言われたくはないだろう。だけどいちいち指摘する気にもなれなかったので、その言葉は飲み込んだ。
「ただ、なんていうか――」
大悟がその先に続く言葉をためらっていると、岬が先を促すように言葉を返してくる。
「なんていうか――?」
「岬と一緒にいる時間は悪くねえって思ってるよ」
「ホント? それじゃあ、せめてものお礼に、ボクが背中を流してあげるよっ!!」
声を弾ませると、待ってましたとばかりに岬が無遠慮に浴室の扉をこじ開けて進入してきた。
「だから、いらねえって言ってんじゃねーか」
「まーまー。そう恥ずかしがらずに、男同士の裸の付き合いじゃない」
「うるせー、そういうときだけ都合良く男という設定を持ってくるんじゃねえ」
湯船に浸かっている大悟を、無理矢理引きずり出そうとする岬。
「ばかっ、おまえ服が濡れるだろ」
「そうそう。だから大悟クンがさっさと観念して出てくれればいいんだよ」
結局、大悟は岬に抗うことも出来ず、岬の強引さに負けて背中を流してもらったのであった。
背中を流しているときに落ち着かない気分だったのは、そもそも男同士でも背中を流してもらう経験なんてほとんどなかったからに違いない。
ただこの時の大悟はすっかり忘れていた。このあとには背中を流してもらうよりもよっぽどキツイ試練が待ち受けていることを……。




