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死刑執行後に目覚めたら滅びかけた異世界だった ~終焉種を討伐するまで帰れない~  作者: れさ


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1/10

――第1話 死刑判決――

ーーーーーーーー六人の英雄は災厄を防いだ。

ーーーーーーーーーーー六人の英雄は新たな災厄となった。


▼◇▼◇▼◇▼◇


一人の少女が地球儀を覗いていた。


恋焦がれるように。

待ち望むように。


何十年も。

何百年も。


ただ一つの世界を見つめ続けている。

小さな手がそっと地球儀に触れる。


その瞳に映っていたのは――


一人の少年だった。


▼◇▼◇▼◇▼◇


影山朔夜かげやまさくやは、高校の廊下を歩いていた。


朝の校舎は騒がしい。

教室から漏れる笑い声、机を引きずる音、廊下を走る生徒を叱る教師の声。

どれも朔夜には馴染みのない音だった。


かつて国家の暗部として存在した暗殺者育成機関。

朔夜はそこで育った。

だが、長い平和の到来により、その機関は現代日本に不要なものと判断され、数か月前に正式に解体された。


行き場を失った育成対象者たちは、年齢や適性に応じて社会へ戻されることになり、朔夜もその一人として、この高校へ通わされていた。


表向きには転校生。実際には社会復帰プログラムの実験体。

学校という場所が、人間にとって普通を学ぶための場所であることは説明されていた。

しかし朔夜には、その普通が分からなかった。


教室で隣の席の生徒に話しかけられた時、朔夜はまず相手の利き手を見た。

距離を測り、視線の動きから敵意の有無を探り、机の上に置かれたシャープペンシルが武器として使えるかを確認した。


相手はただ「よろしく」と言っただけだった。

それに対してどう返すのが正解なのか、朔夜には分からなかった。


育成機関では、挨拶は合図だった。

返事の遅れは隙であり、隙は死に繋がる。

だが、この教室では誰も朔夜を殺そうとしていない。

少なくとも、今のところは。


午前の授業も苦痛だった。

黒板の文字を書き写す意味が分からない。


教師は何度も「分かったか」と確認してきたが、朔夜には分かるも分からないもなかった。

数学の問題は解ける。

国語の文章も読める。


だが、周囲の生徒たちが授業中に小声で笑い、教師に隠れてスマートフォンを触り、眠そうにあくびをする理由が分からなかった。


訓練中に眠れば殴られる。

命令中に私語をすれば罰を受ける。

失敗すれば次はない。

そういう世界で育った朔夜にとって、ここはあまりにも緩く、あまりにも無防備だった。


昼休みになると、クラスの女子生徒が購買のパンを持って朔夜の机に近付いてきた。


「影山くん、お昼それだけ?」彼女はそう言って、朔夜の机の上を見た。


そこには栄養補助食品と水しかなかった。

朔夜は一瞬、質問の意図を測りかねた。

食事量を確認しているのか。

体調を探っているのか。

それとも何かの罠か。


「必要量は足りている」朔夜がそう答えると、女子生徒は困ったように笑った。


「そういう意味じゃなくてさ。足りるのかなって思っただけ」その言葉に悪意はなかった。


だが、朔夜には悪意がない会話の処理方法が分からない。


沈黙が流れる。


周囲の生徒たちがこちらを見ている。

女子生徒は気まずそうに笑い、結局「そっか」とだけ言って離れていった。


朔夜はその背中を見ながら、自分がまた何かを間違えたのだと理解した。

何を間違えたのかは分からない。


午後の授業が終わる頃には、朔夜の中に疲労が溜まっていた。

肉体的な疲労ではない。

任務で三日三晩眠らずに移動したこともある。


だが、学校という場所で過ごす数時間は、それとは別の疲労を朔夜に与えた。

常に正解が分からない。

何を言えばいいのか、どこで笑えばいいのか、どこまで近付いていいのか、どこからが威嚇になるのか。

そのすべてを測り続けることは、戦闘よりも難しかった。


放課後、朔夜は昇降口へ向かうため廊下を歩いていた。


そこへ三人の男子生徒が立ちはだかった。

制服を着崩し、髪を染め、廊下の真ん中を塞ぐように立っている。


クラスで何度か見た顔だった。

教師の前では適当に笑い、裏では弱い生徒から金を取っている。

朔夜は朝の時点でそう判断していた。


「おい、転校生」真ん中の男が顎をしゃくる。


「お前、昼に女子と喋ってただろ。調子乗ってんの?」


意味が分からなかった。

女子と話したことと、調子に乗ることがどう繋がるのか理解できない。

朔夜は何も答えず、横を通り抜けようとした。


その瞬間、男が朔夜の肩を掴んだ。

瞬間、身体が反応した。


考えるより先だった。


肩を掴まれる。

拘束の初動。

ならば手首を外し、重心を崩し、相手を無力化する。


それは朔夜にとって呼吸と同じだった。

朔夜は男の手首を払った。

ただ、それだけのつもりだった。


だが、男の身体は廊下の床を滑るように吹き飛び、数メートル先の壁へ激突した。

鈍い音が響いた。

周囲の空気が止まる。


壁に叩きつけられた男はその場に崩れ落ち、額から血を流していた。

残りの二人が顔を青ざめさせる。


遠巻きに見ていた生徒たちの口から悲鳴が上がった。


朔夜は自分の手を見た。

加減はした。

訓練施設なら、骨が折れるか、せいぜい意識が飛ぶ程度の力しか使っていない。


だが、この場所ではそれすら過剰だった。

ここは訓練施設ではない。

相手は敵ではない。

朔夜はそのことを頭では理解していたはずだった。

しかし身体は理解していなかった。


教師が駆け寄ってくる。

誰かが救急車を呼んでいる。


生徒たちは朔夜を見る。

恐怖、嫌悪、拒絶。

これまで任務中に何度も向けられた視線だった。


だが、同年代の人間から向けられるそれは、奇妙に胸の奥をざらつかせた。

その時だった。


びびびびびび――。


脳の奥に、壊れた機械音のようなノイズが走った。


朔夜は眉をひそめる。

視界が揺れる。

廊下の蛍光灯が明滅し、壁の輪郭が滲み、世界そのものに亀裂が入るような錯覚がした。


耳鳴りではない。

頭痛でもない。

もっと深い場所。

自分の内側ではなく、世界の裏側から何かが軋んでいるような感覚だった。


『きた』少女の声が聞こえた。


朔夜は反射的に周囲を見た。

だが、そこに少女の姿はない。


教師も生徒も、倒れた男を見て騒いでいるだけだ。

誰もその声に反応していない。


『やっと見つけた』声は嬉しそうだった。


泣き出しそうなほど嬉しそうで、それでいて、ひどく疲れているようにも聞こえた。

朔夜は問い返そうとした。

お前は誰だ、と。


しかし言葉は出なかった。


胸の奥から黒い何かが広がる。

視界が暗く染まり、足元の感覚が消える。

最後に見えたのは、自分を怪物のように見つめるクラスメイトたちの顔だった。


次に目を覚ました時、朔夜は取調室の椅子に座っていた。


両手には手錠。

机の向こうには刑事が二人。

何が起きたのか説明を求められたが、朔夜にも説明できなかった。


不良を振り払った。

ノイズが聞こえた。

少女の声がした。

意識が消えた。


そう話しても、刑事たちは表情を変えなかった。

数日後、事件は報道された。


元暗殺者育成機関の少年が、学校で生徒を重傷に追い込んだ。

存在しないはずの機関。

隠されていた国家の暗部。


ニュースは朔夜一人の傷害事件では終わらなかった。


国民は怒った。

なぜそんな機関が存在したのか。

なぜそんな少年が普通の高校に通っていたのか。

なぜ危険人物を社会に放ったのか。

世論は一気に燃え上がった。


そして、その怒りの矛先は、いつの間にか朔夜一人へ向けられていた。


お前は人間ではない。

兵器だ。怪物だ。殺人鬼だ。


ネットにもテレビにも、そんな言葉が溢れた。

朔夜はそれを拘置所の小さなテレビで見ていた。

自分が何者なのか、自分でもよく分からなかった。


ただ一つ分かるのは、誰も朔夜の話を聞こうとしていないということだった。

裁判は異様な速度で進んだ。

弁護人はいたが、ほとんど何もできなかった。


証拠は揃っているとされた。

朔夜が危険な存在であること、国家機関で殺人技術を学んでいたこと、一般社会に適応できないこと、そして今後も重大な危害を及ぼす可能性が高いこと。


朔夜には分からなかった。

自分は人を殺していない。

相手は生きている。


ならば、なぜここまで大きな話になるのか。

だが、法廷にいる人々の目を見て、朔夜は理解した。

彼らにとって事実は重要ではない。


彼らはすでに朔夜を怪物として見ている。

怪物ならば、殺してもいい。

そういう目だった。

判決の日、法廷は静まり返っていた。


裁判官が紙をめくる音だけが響く。

朔夜は被告人席に立ち、まっすぐ前を見ていた。

怖いとは思わなかった。

ただ、理解できなかった。


なぜ自分はここにいるのか。

なぜあの学校へ行かされたのか。

なぜ普通に生きろと言われ、普通を知らないまま放り出され、失敗した途端に裁かれるのか。

答えは誰も教えてくれない。


やがて裁判官が口を開いた。


「主文。被告影山朔夜を死刑に処す」その瞬間、傍聴席がざわめいた。


誰かが息を呑み、誰かが泣き、誰かが小さく頷いた。

朔夜は何も言わなかった。

言うべき言葉が見つからなかった。


死刑。


自分が殺されるという意味だ。

それは分かる。

だが、なぜそうなるのかは、最後まで分からなかった。


三か月後、刑は執行された。


狭い部屋だった。

白い壁。

無機質な床。

薬剤を準備する音。

刑務官の視線。


誰も朔夜と目を合わせようとしない。


最後に言い残すことを問われたが、朔夜はしばらく黙っていた。

恨みはなかった。

怒りもよく分からなかった。

ただ、あの廊下で聞こえた少女の声だけが、頭の奥に残っていた。


『やっと見つけた』


あれは何だったのか。

自分は何に見つかったのか。

分からないまま、朔夜は目を閉じた。


薬剤が体内へ流れ込む。

指先の感覚が薄れ、呼吸が重くなり、意識がゆっくりと沈んでいく。

暗い。何も見えない。

音もない。匂いもない。


ただ、どこまでも続く闇だけがあった。朔夜が最後に見た景色は、真っ暗な闇だった。

お読みいただきありがとうございます!


【読者の皆様へのお願い】

少しでも面白いと思って頂けたら、ブックマークや評価をぜひお願いします!


評価はページ下部の↓【☆☆☆☆☆】をタップすると付けることができます。


ポイントを頂けるとモチベーションが爆上がりします…!

これからも面白い物語を提供していきたいと思います、よろしくお願い致します!

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