22.愛された者と愛されなかった者
「なっ、インフェルノの炎は異常な痛みで、触れれば激痛で動けなくなるはず!?」
スイの言葉を横目に、シュウは叫ぶ。
「退避だ! ミラン!」
「わかったわ! ブラスト!」
少ない魔力でいける爆発魔法でも、目くらませには十分だった。その間に、四人は走り出す。アビュの仲間が現れたら、神珠をなんとか取って、最低限しか戦わずに逃げる予定だった。
「ロウ様は、渡さない……」
と、小さく声がした。その声と共に、アビュが爆風の中から飛び出してくる。
「エリア ポイズン!」
紫の靄が4人を襲う。
「人殺しには負けません! エリア キュア!」
「人殺しはそっちじゃん! ロウ様を、魔王だなんだって殺そうとしてるんだから!」
そう言って、アビュはキッとケアラを睨む。
「リーファル ポイズン!」
通常の“ポイズン”よりも強力な毒魔法、“リーファル ポイズン”。それは、まっすぐケアラに向かった。
「ケアラ!」
そう言って飛び出そうとしたシュウを押しのけ、ゼツはケアラの前に立った。紫色の、ドロリとした液体がゼツにかかる。
「なっ、何で効かないの! リーファル ポイズン! リーファル ポイズン!」
“リーファル ポイズン”は、状態異常系の最上級魔法。何度も打てるはずなく、アビュは魔力が切れてその場へと崩れ落ちた。
それを見て、シュウが一歩前に出る。
「おまえは俺達を人殺しといったな。けれども俺たちは魔物に、魔族に大切な人を殺され、ここにいる。たから自業自得だ!」
「違うじゃん! 自業自得はそっちじゃん!」
シュウの言葉に、アビュもシュウを睨みながら言い返した。
「もともとロウ様に言われた通り、人の住んでない場所に欠片を置いたんだもん! そして人が来たくないように、危険な草いっぱい生やしたんだもん! それを勝手に研究だなんだって、入ってきたのはそっちじゃん!」
アビュの言葉に、動揺して目を見開いたのはケアラだった。そんなケアラの肩を、優しくシュウは叩く。
「それでも! イベルバの人たちを、おまえは意図的に殺そうとした! 神珠の欠片には触れようとしなかった人たちをだ!」
「だって! だってアビュはロウ様を守りたかっただけだもん! 勇者が来るって言うから! 勇者がロウ様を殺すって言うから!」
その言葉に、シュウも動揺したのかアビュから目を逸らす。そんな二人を見て、アビュは叫んだ。
「皆はいいじゃん! 色んな人に愛されてたからそれでいいじゃん! アビュにはロウ様しかいかいないの! ロウ様だけが私を助けてくれたの!」
アビュの目には、大粒の涙が溢れていた。
「アビュの大切な人を!! アビュから奪うな!!」
その瞬間だった。無数の赤い花が、あたり一面を覆った。
これもまた、魔力の暴走だろうか。詠唱無しで咲いた花の上にゼツ以外の3人が膝を付くと同時に、アビュは気を失うように倒れた。
「皆!」
ゼツは慌てて3人の元へ駆け寄ろうとする。けれども別の足音が、ゼツの背後に降り立った。
「おまえは何者だ」
「……っ」
スイが、ゼツの体を掴む。
「おまえがアビュの言っていたやつか。しかし、おまえは勇者ではないな。戦闘能力がまるでない」
そう言って、スイはシュウの方を見る。
「それが、不死の魔王を殺す剣。なるほど、おまえが勇者か」
そう言って、スイはシュウへと近づく。けれども、シュウは精気を吸われ、スイを睨み返すことすらできなかった。
もう仕方ないと、ゼツはとある場所へ駆けよった。けれども、それはシュウの方じゃない。ごめんと謝りながら、ゼツはミランを自分の元に引き寄せる。
スイがシュウに向かって手を伸ばした瞬間だった。ゼツはミランの耳元で、ささやく。
「うさぎじゃなくて、白のレースのやつ新しく買ったの? あれはあれで、大人っぽくていいね」
「なっ……」
ミランは顔を真っ赤にしながら、ゼツ見る。本心じゃないですよと思いながら、ゼツは追い打ちをかけた。
「今度良く見せて」
「変態!!」
いや、やっぱり本心は本心です。見たいものは見たいです。そう思った瞬間、激しい爆風が起こる。
仕方がない。これはシュウからの提案でもある。ミランの魔力が無い状態で、死の花が現れ、動けなくなった時の作戦。そう思いながらも、ゼツは前のように吹き飛ばされた。
けれども勿論ゼツは気を失わず、まっすぐミランの所へ向かい、ミランを抱き上げる。シュウとケアラも、死の花がなくなったからか、無事立ち上がっていた。
「しかし、おまえ、変態って、いったい何を……」
「何言ったかわからないですけど、ゼツさん変態だったのですね……!」
「シュウの作戦だから! というか、そんなこと言ってないで逃げるよ!!」
ゼツも恥ずかしくなって、そう叫んだ。
けれども、決してここでは何もめくっていないから、何を言ったのかはバレていないだろう。たまたま、そう、たまたまアビュが皆を眠らせた時、見えてしまっただけなのだ。
そう思いながら、ゼツは後ろを振り返る。スイとアビュの姿はどこにもいない。ミランを暴走させる直前、スイがアビュの方へ向かうのを見た。その後巻き込まれたのか、それとも無事生き延びたのかはわからない。けれども、追いかけてこないという事は、ある程度の傷は負わせられたのだろう。
『皆はいいじゃん! 色んな人に愛されてたからそれでいいじゃん!』
そう叫んでいたアビュの声が、頭の中に響く。アビュもまた、誰にも愛されなかったのだろうか。
けれども、アビュを憎んでいるであろうシュウとケアラの前で、そんなことは言えなかった。そんなことを言えば、また怒られる気がした。
愛されてたならいいじゃん。
そう呟きたい気持ちを、ゼツは飲み込んだ。ただ自分が駄目だったから、愛されなかっただけ。人を羨むのは、きっと違う。そうゼツは、自分に言い聞かせた。