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20.叫びと懸念

 ゼツがアビュを押さえつけた瞬間、紫色の粉が舞った。ゼツが押さえつけた場所にあったのは、緑色と茶色が入り混じった丸っこい塊。

 アビュに毒が効くかはわからなかった。けれども、少しの間、アビュが混乱してくれればよかった。


 ゼツはアビュを離し、その場から体を引く。けれどもアビュは、何が起こったのかわからず呆然としていた。

 瞬間、大きな物体がゼツの前に落ちる。それは、アビュの体を飲み込んだ。

 それはヒトクイソウ。人すら動けなくして、飲み込み食べてしまう魔物。


「いたいっ!」


 と、中から声が聞えた。同時に、ヒトクイソウの中でアビュが暴れまわっているような様子が見えた。けれども、突き破られる様子はなかった。


「暗いのやだあ! いたい、いたいです! ごめんなさい! 許してください! ごめんなさい! 暗いの嫌なんです! 出して、出してください! 体が、体がいたいよお……」


 泣き叫ぶ、まだ幼くも見える少女の声。なんとなく、外に締め出されたあの日の事をゼツは思い出す。黒い子犬を捨ててきたあの帰りの出来事。父親に外に投げられた時についた傷の痛みと、何を言っても入れてもらえなかった心の痛みが蘇る。

 思わず、ゼツは助けたくなって、そして首を振った。もしかしたら演技かもしれなかった。それに、ミランを、そしてシュウを、イエルバの人たちを殺そうとした人だ。いつか、殺さなければいけない相手だった。


 ゼツは大きく息を吐いて、背を向けた。


「お願いします……! お願いします……! 出して、出してよお……!」


 まるで大嫌いな父親と同じことをしているようで、心が苦しかった。けれども、今はミランの所に行かないと。ゼツはそう思って、元来た方へと走り出した。




「アイス カッター」


 低く、冷たい声が森の中に響いた。ヒトクイソウはバラバラになり、アビュだけが下に落ちる。


「うぐっ。ごめんなさっ、ごめんなさい……! もうしないからあ……!」

「落ち着け。ここにはおまえの親はいない。おまえの親はもう死んだだろう」

「うっ、スイ……。スイだあ……! えへへっ、スイが助けに来てくれたあ……!」


 アビュは、スイと呼んだ青い髪の男に抱き着いた。スイも、アビュをあやすように頭を撫でる。


「おまえは直接戦えないのだから、距離を取れと言っていただろう」

「距離取ったもん! でも、勇者に赤いお花の攻撃が全然利かなかったんだもん!」

「確かに、ここまで死の花があれば加護があっても耐えきれないはずだ。……調べてみる必要があるな」


 そう呟いてスイは、ゼツが踏んで足跡のように散った地面を見つめた。




 ゼツがミラン達の所に帰ると、何人かは目覚め始めていて起き上がっていた。その中にはミランもいて、真っ先にミランの方へ駆け寄った。


「ミラン! 無事!?」

「ゼツ!!」


 ゼツに気付いたミランは、勢いよくゼツの元へ来て、抱きしめた。


「良かった……! 無事だったのね……! 本当に良かった……」

「俺は無敵なの。絶対死なない」

「でも、無敵でも、死ななくても、帰ってこなかったらとか、そんなこと、ずっと……」


 泣きそうに言うミランの言葉に、ゼツは申し訳なくなる。もしシュウみたいに強かったら、こんな風に心配かけなかったのだろうか。ミランを心配させて、泣かせたくなんかなかった。


「ゼツ、無事だったのか!」


 と、シュウやケアラもゼツに気付いてやってきた。


「ミランさんに残してくれた情報のおかげで、なんとか冷静に対処できました!」

「ケアラは皆が倒れているのを見て、半分パニックになっていたものな。落ち着かせるのに苦労したよ」

「それは言わないでくださいです!」


 ケアラは少し怒ったように頬を膨らまし、シュウをポカポカと叩いた。けれども、シュウにとってはケアラが元気になって安心したのだろう。優しい目をしてケアラを見ていた。

 けれども、それはすぐに、勇者の目に代わる。


「ゼツ。何があったか教えてくれ」


 その言葉に、ゼツも頷き先ほどのことを話した。


「……なるほど。仕留めたかどうかはわからないが、追ってきていないところを見ると仕留めた可能性もあるな」

「そうやって油断させているかもですし、念のため加護は継続したほうが良いですね。お二人には、耐眠りの加護も追加しましたです」


 そんな言葉を聞きながら、ゼツはずっと、アビュの叫ぶ声が響いていた。昔の自分と重なって、これで良かったのかと思う。


「ゼツ……?」


 そんなゼツを見て、ミランは心配そうにゼツの顔を覗き込んだ。


「あっ、えっと、何?」

「いや、どうしたのかなって」

「あはは。去る時、その三傑の子がずっと異常なぐらい謝ってたのが、気になっちゃって」


 そう言えば、ケアラは少しムッとした顔でゼツを見た。


「その、アビュさん? でしたっけ? 彼女は人殺しですよ? しかも、街の人まで無差別に殺そうとした」

「そ、そうだね。ごめん……」


 軽率な発言に、ゼツは申し訳なくなって俯いた。そうだ。アビュのせいで死んだ人も、危険な目にあった人も沢山いたのだ。絶対に、許されることではない。


「ゼツは優しすぎるのよ。もしかしてゼツを騙して助かろうとしていたのかもしれないわよ」

「優しさは時に全てを失うぞ。ミランの言う通り、それが騙していたのなら今頃は再び危険な状態となっていたと思う」

「それに、本当に謝ってても、自業自得です! どうせならみなさんが感じたみたいに苦しめばいいんですよ!」

「そうだね。本当にごめん」


 ゼツはそれだけ言って、口を閉じた。優しいなんて過大評価で、勝手に過去の自分と重ねて不安になっていただけ。けれども、その不安をゼツは上手く言葉にできなかった。そんな不安を口に出しても否定される気がして、ゼツは過去の自分ごと目を逸らした。

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