14.死の花と疲れ
「どういうことだ」
ケアラの言葉にシュウは尋ねた。
「そのままです。3年前、王都に向かった時には、ここまで毒や麻痺にする植物はなかったです。それに……」
ケアラはこれから歩く予定だった道を見つめた。
「ここの道は商人さんも通るから、定期的に整備していたです。だから、触れたり近づいて危険なものは無かったはずなのです。なのに……」
「確かに、俺が知ってるだけでも結構あるね。手がただれるのとか、呼吸困難になるのもある」
ゼツ自身、魔物として目立っていたヒトクイソウに気を取られていたが、よく見れば危険な植物が沢山生えていた。ゼツは恐らく問題ないだろうが、他の三人は加護をかけているとはいえ、気をつけないといけないだろう。
「……ゼツは薬草にも詳しいのか? ヒトクイソウも、よくちょっとマイナーな魔物を知ってるなって思ったが」
シュウが驚いたように言った。
「えっ、いや、商人向けの勉強でちょっとたまたま見ただけで……」
「へえ、商人の学ぶ分野って広いんだな」
「まあ、色々な商品を扱わなきゃいけないからね。実物を見て知ってるわけじゃないから、あんまりアテにしないで!」
変に知識をひけらかしてしまっただろうかと、ゼツは少し焦る。自慢は相手を不快にさせてしまうようで嫌だった。
「いやいや、商人さんでもパッと見てどんな作用をする植物か言える人はなかなか聞かないですよ! 自信持ってください!」
「そっ、そう? ありがと。植物の専門家にそう言われると自信出るよ!」
「ふふーっ。そうです、そうです! イベルバ出身の私のお墨付きなのです!」
そう言いながらも、ケアラはチラチラと道の奥を見ていた。きっと、故郷とも言っていたイベルバが気になるのだろう。
「ケアラ、良かったら急ぐ? 気になるでしょ?」
「えっ、でも、良いのですか? 本当は、ここで一旦休む予定で……」
ケアラはシュウとミランをチラリと見る。疲れ知らずのゼツはまだしも、二人はわからない。本当は、ここで休むつもりでいた。
「あたしは問題ないわ」
「俺の体力を舐めてもらっては困る」
そうと決まれば、もう休憩している暇はなかった。ケアラも、再び真面目な顔をして頷いた。
そうして4人は、そのまま森の中へ歩き始めた。
けれども、やはり休憩無しではキツかったのかもしれない。そうゼツが思ったのは、1時間程歩いたあたりだった。疲れという概念が消えてしまったこの体では、普通の人がどれくらいで疲れるのか想像も付かなくなっていた。
「ミラン、大丈夫? やっぱりどこかで休む?」
「だ、大丈夫よ……」
そう言うミランは俯きがちで、少しだけ顔が青い気がした。いつもお喋りなシュウやケアラでさえ、終始無言だった。
「やっぱり一旦休もう! みんな疲れた顔してるし! 休んだ方が……」
「いやです!」
叫んだのは、意外にもケアラだった。ケアラがここまで声を荒げるのは初めてのことだった。
「あっ……。すいません。少し胸騒ぎがして……。皆さん休んでいてください! ここは慣れていますし、一人でも……」
「いや、一旦止まろう」
そう言ったのは、シュウだった。
「ゼツに言われるまでどうしてか気付かなかったが、こんなに早く疲れるのはおかしい。自分の身体の事は自分が一番わかっている」
「確かに……。あたしもいつもよりおかしいかも。まるで何かに体力を吸い取られているような……」
ミランの言葉に、全員がハッとして顔を上げた。
「うそ……、です……。あかい……、花……」
ケアラが、震える声で言った。確かに、数え切れないほどの赤い花が目立っていた。ゼツの名前の知らない花で、後でケアラに聞いてみようと思っていたが、3人の様子を見て聞けずにいた花だった。
「これだよね? 摘んでも大丈夫?」
ゼツは近くに咲いていたその赤い花のそばに行く。先ほどの件もあり、勝手に摘むのはためらわれた。
「……ゼツさんの様子を見ている限り、大丈夫だと思います。でも……」
その花は、どこにでもありそうな、けれども色だけは真っ赤な花だった。そして茎は紫色で毒々しい。その花を、ゼツは摘み取った。
一瞬の事だった。真っ赤だった花びらは黒く枯れ、まるで灰のように散って消えた。持っていたはずの茎も、ポロポロと崩れて手から零れ落ちた。
「……ドレインフラワー。通称死の花とイベルバでは呼んでいます。この花のある所に、瘴気が溢れ、精気を奪い、人を死に導きます。そして摘もうとすれば跡形もなくなり、研究すら進んでおりません。そもそもイベルバ以外では咲かない花だそうです」
ケアラは悔しそうに、拳を握りしめていた。
「母が倒れていた場所には、沢山咲いていました。……イベルバには、この花を見かけたら引き返せと教えがあります。そうでないと、瘴気に飲まれてしまうから、と。だから、どうして周りを見ていなかったのと、母を攻めてしまった事もありました。でも……」
ケアラは、握りしめていた拳を開き、自分の手を見る。
「気づけませんね。周りを見る余裕なんてありませんでした。咲いていない場所だと思っていたから……」
と、ケアラが青ざめ、道の先を見た。
「お父さん……!」
そう言って、ケアラは駆け出した。