12.心配と安心
「でも、ミラン、やっと出会った時みたいにしゃべってくれた」
まだ頬を膨らませて拗ねているミランに笑いながら、ゼツはミランの顔を覗き込んだ。ミランはゼツと最初に出会った時と比べて、どうしてか口数が少なかった。
最初はまた何かしてしまったのだろうかと思った。けれども急に避けられる時は、大抵は他の人とは普通に話している。けれども、ミランに限っては、シュウやケアラともあまり話していない。だから今回に関しては何もしていない、はず。
けれども少し自信が無くなってきた。
「もしかして、俺、何か気に障ること、した?」
「いや、違っ」
「でも……」
いつもなら、下手に関わらない方が良いだろうとゼツからも距離を置いた。けれども、今回は旅の仲間だ。そういうわけにはいかなかった。
「ゼツさん。どちらかというとミランさんはいつもこうです」
「えっ」
「そうだ。これでもゼツが来てから少し口数が増えたぐらいだ」
「そうなの?」
信じられないと思いながら、ゼツはミランを見た。最初出会った時は、他愛のない話を沢山した。寡黙な方だとは信じられなかった。
ミランは、また恥ずかしそうにふいと目を逸らす。
「仕方がないじゃない。人と下手に話して魔力が暴走したら嫌なんだもん」
「そっか。でも、俺となら気にせず話せるね」
「周り巻きこんじゃうでしょうが!」
それはそうかとゼツは思う。確かに、街で暴走したら、いくつかの建物が破壊されて死傷者も出る可能性もあった。そんな話をしていると、ケアラがひょっこりと顔を覗かせた。
「でも、こういった街の外ならもう少し気楽にお話しできますよって言ってるんですよ? 私たちも、ミランさんの暴走でも問題のない程度の耐炎用の加護は常にかけているんです」
「そっ、それでも暴走したら動けなくなって、旅が止まっちゃうじゃない!」
「じゃあ、前みたいに俺が背負えば問題なしだ。俺、疲れ知らずの体だしね」
「それは……! ……わかったわよ。もう少し話してみるわよ」
ミランはそう言いながらも少し嬉しそうに笑っていて、ゼツは嬉しくなった。死にたいのに死ねない体を恨んだけれども、ミランが話しやすい環境が作れるなら、この体質で良かったとも思う。
「そう言えば、ゼツさんの体で一つご質問なのですが」
と、思い出したようにケアラが言った。
「傷がつかない事はわかりましたが、毒や麻痺はいかがですか?」
「あー、試したことないなあ」
「そうですか……。先ほども説明した通り、この先は毒や麻痺にさせてくる植物が多くなりますです。ゼツさんにも加護魔法をかけてもよいのですが、何人にもかけると、その分他の魔法を使うための魔力が減りまして……」
確かに、加護系の魔法は常にある程度の魔力を消費し続けると、ゼツも聞いたことがあった。しかも、今回の場所を考えると重ね掛けが必要であり、そうすると常に使える魔力は減る。一人でも少ないに越したことはないだろう。
「せっかくだし、そういった植物を見つけたら試してみる?」
「良いですか? 状態異常回復魔法の“キュア”は使えるので、もし毒や麻痺になってもすぐ対応はできると思うです」
「それは実験しやすいね」
ゼツがケアラと話していると、ひょいと何かにゼツの袖を掴まれた。そちらを見ると、ミランが何かを話したそうにこちらをチラチラと見ていた。
「どうしたの?」
「た、大したことじゃないわよ。もうすぐ森に入るから、そこで探したらって言いたかっただけ」
「そっか! 確かにそれはちょうどいいや」
ゼツがそう言えば、ミランは何故かゼツをキッと睨んだ。
「ただし! 無理はしちゃ駄目だからね!」
「大丈夫、大丈夫! ミランは心配症だなあ」
「だって毒や麻痺が大丈夫かわかってないんでしょ!?」
「わかった、わかった」
そう言いながらも、内心ゼツの心は少しだけ暖かくなっていた。
自分を心配するような言葉は、家にいた時から親に散々言われてきた。けれども、何が違うのだろうか。
『お腹痛いの? 横になってたら? そうそう頼みたいことがあるんだけど』
いつか母親に、そんな事を言われたことがあった。けれども辛くて断れば、母親は不満そうな顔をするのだ。そして結局、しんどいながらも頼みを聞いたことがある。勿論父親に体調不慮がバレると、自分にうつすなと迷惑そうな顔をされる。それが当たり前の日々だった。
けれども、ミランはゼツがお腹が痛いと言えば、ただ純粋に心配してくれそうだ。勝手な思い込みかもしれないけれど。
「ゼツ、どうしたの?」
ゼツが考え事をしていると、ミランが怪訝な顔でゼツの顔を覗いて来た。すぐそんなことを考えてしまうのは、自分の悪い癖だとゼツは思う。こんな思考を、ミランには見せたくなかった。ゼツはニコリとミランに笑いかける。
「いや、毒も麻痺も含めて無敵だったらいいなって」
「まっ、まあ確かに? ゼツは戦いに慣れてないから、そっちの方があたしも安心ですけど」
そんなミランの言葉に、ゼツは笑う。先程の嫌な記憶も、ミランと話しているとすぐ消えた。
重くて苦しい感情はずっとゼツの後ろに付いて回ってはすぐに顔を出す。それは変わらないけれども、どうしてかこの時間が、まだ死ななくてもいいやとゼツに思わせてくれた。