散歩1
赤尾と細川、そして深崎の死体が発見されたのは、あの事件があって十日後だった。
センセーショナルな話題に新聞もテレビも連日の報道があり、この町の誰もがその話題を口にした。
腐敗臭に気づいた登山客が、脇道を逸れて見つけたという事実が表す通り、場所が目立たなかったことから発見が遅れたという。
そうして付近を警察が一斉に捜索した結果、深崎の首つり死体も見つかった。
(……でも、相打ちに自殺?)
新聞によると、赤尾と細川は正面から撃ち合って死んだことになっていた。
深崎は殴られた後などもあるので、強制的に首を吊られた可能性も合わせて捜査されてはいるが、二メートル近い体躯がなければそれは物理的に無理だろうとも週刊誌は語っていた。
既に記事では死因よりも、細川が今までどこに隠れていたか、どうやって銃を手に入れたか、そして赤尾とどういうつながりがあったかの方に焦点が行っている。
(妙よね)
新聞を眺めながら、萌は首をかしげる。
暁の話では、赤尾は単独で撃たれたはずだ。
しかも、そのとき細川は村山達を追っていた。
相打ちなどになるはずがない。
(……十日も過ぎると、相打ちなのか五分後に殺されたのかとか、全然わかんなくなるのかもしれないし)
高津に電話をしたら、彼もそのことを不審に思っていた。
「だって、細川と深崎は俺たちを追っかけてきたんだぜ?」
「じゃあ、誰に殺されたの? 深崎が細川を撃ってその後自殺?」
「さあ」
「まさか村山さんが?」
「馬鹿なことを言うなよ、あの人がそんなことをすると思うか?」
「思わない」
彼は溜息をついた。
「だから訳がわかんないんだよな」
その事については高津ですら理解の域を超えているようだ。
「ところで、あれから村山さんと連絡は付いた?」
「……いや」
このことについては高津の歯切れはいつになく悪い。
「元気なのよね?」
「うん、詩織さんはそう言ってた。だから安心してくれって」
「それはこないだ聞いたけど、その後はどうなの?」
「……病院ってさ、携帯電話が繋がらないんだ」
「あ、そうか」
「だから村山さんが退院するまでは話せないと思う」
萌は言うべきかどうか少し迷い、そしてようやく口にする。
「ねえ、圭ちゃん、その、あの、……その、む、村山さんのお見舞いって、行く気はない?」
「ない」
しかし、返ってきたのは即答の否決。
「だって、村山さんが退院するまでは連絡しないでくれって言ってるんだ。それに従うべきだと思う」
「……そう?」
何となく腑に落ちなかったが、仕方なしに萌は頷く。
「わかった」
そして、強いて明るい声を出す。
「退院するまでの我慢だと思えば、何とかなるよね」
高津は何も言わない。
「圭ちゃん?」
「あ、いや、そうだな」
投げやりな言い方に、上の空で喋っているんじゃないかと疑いたくなる。
「へんなの。どうかしたの?」
「いや、じゃ、また電話するよ」
「え……うん」
不自然な切り方に不審を覚えながらも、萌は窓の外の空を見つめる。
(……それぐらいのこと何でもない)
村山の命が危なかったとき、萌は彼が生き延びること以外のなにものをも望まなかった。
その気持は、村山が一命を取り留めた今も変わらない。
確かに萌は祈ったのだ。
萌の腕が一本ぐらいなくなっても構わない、村山と一生会えなくてもいい、だけど絶対に死なないでと……
(……?)
携帯が鳴った。
「神尾さん、今空いてる?」
電話の声は伊東だ。
「うん」
「今、家の前にいる」
「え!」
二階から覗くと、伊東がこちらを見て手を振ったので、慌てて外に出る。
幸い、部屋着とは言っても、この間よそ行きから降ろしたばかりの五分丈ジーンズと普通のボーダーTシャツだったので着替える必要はなかった。
「どうしたの?」
「別に。どうしてるのかなって思ってさ」
何となく伊東が歩き出したので、萌も一緒に並ぶ。
「最近、メールも短いし、電話しても出ないし」
「あ、ごめん」
萌は謝った。
「ちょっと、知ってる人が入院して、それでばたばたしてて」
ばたばたしていたのは気持だけで、特に日常は平穏だったのだがそれはいいだろう。
「そうだったんだ、ごめん。しつこくメールして悪かったね」
「とんでもない、こっちこそごめんね」
言いながら、母親に外出する旨を言ってなかったことに気づく。
(……まあ、いいか)
あの日、村山が集中治療を受けていることを話した後、問いつめようとする父を母は制した。
それからずっとぼんやりしている彼女を、心配そうにではあるが黙って見守ってくれている。
少し散歩するくらいの方が、却って安心するかも知れない。