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 ノートの内容は最初の方は単語や箇条書きなど、まとまりがなく様々な情報が書き散らされたような内容だった。だが読み進めていくごとに前半に散らばった内容が整理され要点がまとめられ読みやすくなっていった。

 表紙にあった『太一へ』という言葉は、じいちゃん自身内容がまとまりこれを僕に伝える形になったと判断出来たからこそ、そのタイミングで正式に僕宛てのノートとする事にしたのかもしれない。

 僕はじいちゃんが残した記録を脳に刻み込んでいった。


『まずお前に謝らなければいけないのは、俺が嘘をついていた事だ。ばあさんの死について、ばあさんが遺した言葉について、俺は何も分からないと言った。だがあれは半分本当で半分嘘だ。ばあさんの最期の言葉の意味は、俺の中である程度は理解していた』


”まるは まるじゃない。なかに わたしがいる”


 意味不明なばあちゃんの最期の言葉。

 その意味と二人の死についての真実がこの中には収められていた。


『あれは“還り火”と言うらしい。ばあさんが教えてくれた。あまりに荒唐無稽でおとぎ話や怪談話の類程度として最初は真剣に受け取らなかったが、実際に昔ばあさんのばあさん、お前からすれば曾祖母にあたる人も襖の中で亡くなっていた。ばあさんの血筋は還り火という存在をひどく怖れていたらしい』


『「還り火を見た」と、ばあさんは言った。お前が襖に入った日だ。その時になって改めてばあさんはまた還り火について話してくれた。やはり信じられるものではなく笑い飛ばしたんだが、それからばあさんは襖の中に入るようになっていった。まるで中にいる何かに呼ばれているようだった。だがすぐに正気を失ったわけじゃない。襖から出てくるとまともな状態に戻り、いつも通り家事もこなしてくれた。ただそんな正気の時間の中で、ばあさんは家のどこにしまってあったのか引っぱり出した書物を熱心に読み漁り始めた。聞くと、先祖が遺した還り火についての事だと言った』


『お互いに深入りはしない性分だったから、還り火の事に関して俺は特に踏み込まなかった。ただ襖に入る回数が増えていく事は単純に心配だった。一度襖に入ってしまうと呼びかけてもなかなか出てこない。開けようとするとダメだと拒否される。その時だけはばあさんがばあさんじゃないようだった。中で何をしているのか耳を澄ますと、小さいがばあさんの声がした』


『”家族だものね” ばあさんはそう言っていた』


『還り火が何なのか。ばあさんが読んでいた書物を読む限り、あれが人外である事は間違いない。ただそれが霊なのか、妖怪なのか、悪魔なのか、神なのかは分からない。とても抽象的な存在だ。記憶、念といったものが実体化したものとあった。では何の記憶、念なのか。それは”家族”だ。家族の記憶、残滓が寄り集まり怪異化した存在。そう記されていた』


『家族というものは家の中で長い時間を過ごす。その中で楽しい事もあれば苦しい事も当然起こる。喧嘩や諍い、また互いを思いやるばかりに生じる我慢や遠慮。こうして長年培われた家族から産まれる負の感情、負の記憶といったものが還り火として取り込まれていく』


『小説や伝奇のような内容だったが、これを読んだ時に襖の中でばあさんが呟いていた言葉を思い出してぞっとした。そしてその時になってようやく気付いた。ばあさんはもう手遅れかもしれんと。還り火の中に還っていこうとしてるのだと』


『だがそれはばあさん自身の意思でもあった。あの日襖でお前は還り火を見てしまったんだろう。還り火を見てしまう理由は分からないが、言うなれば素質で誰にでもあれは見えるものではないらしい。そして、ばあさんはあの日また還り火を見た。還り火を見たのは二度目だった。幼い日、遊び半分で入った襖の中にそれがいた。気付いてくれた祖母が”見るな”と物凄い剣幕でばあさんを追い出した。ほどなくして祖母は襖の中で亡くなった』


『似たような状況になってばあさんは気付いた。祖母は助けてくれたんだと。そして今あの時と同じように、今度は自分の孫が奪われようとしている。だから自分が助けなければと』


『太一、お前は悪くない。絶対に自分を責めるな。お前は運が悪かっただけだ』


 視界が滲んだ。やはり思った通り、ばあちゃんは身代わりとなって俺のことを助けてくれたのだ。


『太一、もし俺が同じ立場だったら俺も同じようにするだろう。それが年長者の務めってもんだ』


 じいちゃんの笑顔が甦った。こんな無茶苦茶な意味不明な存在にばあちゃんを奪われて辛いはずなのに、自分の事よりも僕を想ってくれていたのだ。

 そこからも還り火についての情報、家でのばあちゃんの様子、じいちゃんの行動や感情などが色々と書き綴られていた。

 

 しかし、だんだんと文章がおかしくなり始めた。最初は軽微な誤字脱字程度だったものが、文そのものが崩れ、しっかりとした字体はがたがたと歪になり、文字の大きさの統一もなくなっていった。まるで別の意識が邪魔して入り込んでいるかのように文章が変貌していった。


『ふと気になって襖の中にはいってしまった。自分でもよく分からない。入るつもりなんてまるでなかったのに、気付けば襖の中にいた』


『俺も、見た。これが還り火』


『怖いはずなのに、気付けばまた入っている。繰り返すごとに、安心するようになった。何故だ。ばあさんだ。ばあさんがそこにいるからだ』


『家族が、そこにいる。まるの中に皆がいる。だから安心する』


『まるは、まるじゃない。あれは、かぞく。なかに、おれもい、る』


『かぞくにはかえるべきばしょがある』


『いえにかえろう。ここがみんなのいえ』


『みえたのなら、おまえもかぞく』


『はやく、かえってこい。たいち』


 僕は慌ててノートを閉じた。激しい動悸に襲われ呼吸が乱れた。

 なんだ、これは。途中から明らかにじいちゃんではなくなっていた。

 別の者。あちら側に引き込まれてしまった存在。


 僕は絶望した。

 還り火からの誘い。あれはまだ僕を忘れていない。諦めてもいない。

 僕は見てしまった。まだ無事ではあるが、僕の中で安心と平穏は崩壊した。


 ーー僕も、家族。


 僕はもう、手遅れなのだろうか。

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