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家族とは何か。その答えは間違いなく今自分達がいる場所だ。
家族、家。あるべき場所、いるべき場所に帰ってきた感覚。
心地良い。緩やかで穏やかな安息の地。
あぁでも、そんな場所ですら渇くのだ。
幸せを感じる為には不幸や苦しみが必要だ。
全ての記憶を通じて実感する。
だからこそ、尚ここにいても渇く。
腹が、減った。
*
「あらまあ、また大きくなったねぇ」
小学二年生の夏休み、僕はまた家族で母方の祖父母の家に泊まりに来ていた。
僕達の住んでる家から車で2時間程。古い平屋、縁側、裏山に竹林が広がった景色はまさに田舎といった風景だった。
「さあさあ上がって上がって」
年季の入った畳の部屋からは独特な懐かしい香りがした。この匂いを嗅ぐ度にじいちゃん達の家に来たんだと全身で感じる。
「ほら、こっち」
母さんについて仏壇の前に座る。ちーんとお鈴を鳴らして手を合わせる母さんに倣って僕も手を合わせる。
あまりよく分かっていないが、確かおばあちゃんのそのまたおばあちゃんか、とにかく自分よりずっと前に生きていたおばあちゃんの為の仏壇だと聞いた覚えがある。
死んだ人間は天国に行き、生きている僕達を見守っている。これもあまりよく分かっていないけど、この世界には生と死というものがあって、死んでも別の世界があってそこから生きている人達を見下ろしているらしい。
僕にとってはほとんど他人の知らないおばあちゃんが自分を見ていると言われてもぴんと来ないし、なぜその人が僕の事を見守ってくれているのか理由もいまいち分からないが、あまり気にせず手を合わせる事にしていた。
「太一、元気にやっとるか?」
「うん、元気だよ」
「ほうか。元気があれば何でも出来るからな」
にかっと笑うじいちゃんの笑顔に釣られて僕も思わず笑顔になる。
じいちゃんの笑顔が僕は好きだった。無邪気でどこかいたずらっぽい感じが好きで真似してみるのだけど、どうにも鏡で見るとじいちゃんみたいには上手く笑えなかった。
元気があれば何でも出来る。じいちゃんの口癖だった。どうやら元は顎の長い有名なプロレスラーの言葉らしいが、シンプルな言葉でじいちゃんの笑顔と同じぐらい僕はこの言葉が好きだった。
「まあゆっくりしてけ」
「うん。ゲームしていい?」
「おう、ええよええよ。目ぇだけ悪くせんようにな」
今回もいつも通り晩御飯を食べて一泊する予定だ。晩御飯は楽しみだし穏やかな田舎の家の空気感は嫌いじゃないけど、娯楽の類はどうしても少ない。
でも毎年ゲームを持ち込んでいいと母さん達から許可が出ているので問題はない。僕は早速テレビにゲーム機を繋いでプレイし始めた。
「父さんもいいか?」
「もちろん」
ゲームがこんなふうに許されているのはゲーム好きの父さんのおかげでもある。その間母さんは、ばあちゃんとお茶とお菓子をつまみながらぺちゃくちゃ雑談していた。その横でじいちゃんは本をゆったり読んでいた。相変わらず自分含め自由な家族だ。この堅苦しさがないあたりも好きだった。
「いただきます」
夜は豪勢に豚しゃぶだった。一年前は確かすき焼きで、この時も「太一が来るから奮発しなきゃ」とばあちゃんは嬉しそうに食事を用意してくれた。豚しゃぶは見聞きした事はあったが食べるのは初めてだった。
「この豚肉をな、さっと鍋の湯で通すんだ。んで、こっちがゴマだれで、こっちがポン酢だからな。これにつけて食べるとうめぇんだぞ」
じいちゃんが教えてくれた通り早速豚肉をつまんで湯の中に入れる。赤い身はさらっと少し泳がすだけで色味が変わった。
とろっしたゴマだれに肉をつけて口に運ぶと、肉の柔らかさと優しいゴマだれの味が絡んで旨味がじんわり肉の歯ごたえと共に口の中に広がった。
「おいしい!」
僕の言葉にじいちゃんとばあちゃんは満足気に笑った。
豚肉はあっという間になくなってしまった。もっと食べたい気持ちもあったが、白ご飯や他のおかずも食べたりでお腹がパンパンだったので食べたくても食べられなかった。