42 エリィのお願い
エリィの申し出に、真紀達一行は困惑した。彼女が旅の同行を願い出てくるなんて、思ってもみなかったのだ。
「えっと……どうしてまたそんなことを?」
真紀が恐る恐る尋ねると、エリィは真剣な眼差しのまま答える。
「あなた達の力になりたいというのは、もちろん本当よ。でもそれ以上に、私はもうあの組織にはいたくないの。このままあの場所を去りたい」
「気持ちは物凄くわかるなぁ。でも……キミがあの組織を抜けても大丈夫なの?」
蓮也が不安げな表情を浮かべながら尋ねると、エリィはこくんと頷いた。
「それなら、あなたの見張りをする為に行動を共にする……という建前を使えば、なんとかなると思う」
「僕を監視するって名目で、組織の目を誤魔化すってこと?」
「ええ。あなた達には迷惑をかけないようにするわ」
エリィの言葉を聞いて、蓮也は考え込むように自分の心臓の上に手を置く。真紀はそこに、あの黒い宝石が埋められていることを知っている。
彼はしばらくの間何かを考え込んでいる様子だったが、やがて意を決したように顔を上げた。
「わかった。キミがそこまで言うなら――」
「いや勝手に決めてんじゃねーよ」
そこで隆弘が口を挟んだ。彼は不機嫌そうな表情で、エリィを睨んでいる。
「いいか、俺はこいつのことが信用できない。お前のこともな」
隆弘に睨み付けられて、蓮也は困ったような顔をする。
「確かに先輩からしたら色々不安はあると思う。でも、僕も彼女も戦力として申し分ないと思うんだ」
ナチュラルに自画自賛も交えているのはともかくとして、蓮也の言っていることは事実だ。実際に真紀も莉愛も、蓮也とエリィの実力を目にしているのだ。
「エリィが同行してくれるのは心強いと思うよ。私達のすべきことは、恵子を守りながら旅を続けることでしょ。だから、仲間は多い方がいいと思うし」
真紀は説得するように隆弘に語りかける。隆弘はまだ不満げな顔をしていたが、恵子がおずおずと口を開いた。
「私は別に構わないよ」
「なっ」
「蓮也くんは信じても大丈夫な相手だもの。その蓮也くんが信用してるなら、悪い子じゃないと思うんだ」
恵子の言葉に戸惑いながらも、隆弘はどこかやりきれないような顔をした。
「……藤木は、マジでそれでいいのかよ」
「うん……みんながいいならね」
恵子は莉愛の方にちらと視線を向けながら言う。この件で意見を出していないのは莉愛だけだ。
「どうせ私が駄目って言っても、多数決ならこっちの方が負けなんだから、無駄じゃない」
投げやりな口調で彼女は言う。隆弘はしばらく苦々しげな表情を浮かべていたが、やがて観念したようにため息を吐いた。
「なら勝手にしろよ」
「一応、了承はしてくれるんだね? ありがとう」
ホッとしたようにエリィは微笑んだ。
隆弘はそんな彼女の笑顔を胡散臭そうに睨む。
「けど、お前らは藤木に近付くんじゃねーぞ」
「えー?」
蓮也が不満げな声を上げる。
「当たり前だろ俺はお前らのこと信用してねーんだから」
「まーその考えは理解できるけどね。僕が先輩の立場なら、同じように言いたくなるだろうし」
冷静な態度で蓮也は頷く。
「何より、僕は女神に選ばれた者じゃないからね。ただ巻き込まれてこっちに来ちゃっただけの一般人だ。みんなと違って、聖女である恵子ちゃんを守る使命も力も与えられていない。そんな奴を簡単に信用できないと思うのは当然の心理だよ」
「蓮也……」
弟の言葉に真紀は複雑な気持ちになってしまう。そんな姉を安心させるように、彼は静かに微笑んだ。
「それに僕はずっとあの組織に捕まっていたわけだし。エリィだってあいつらの仲間だったわけだ。一緒に行動するのを不安に感じるのもわかるよ」
「だったら――」
「だけど僕は姉さんと一緒にいたいし。恵子ちゃんを守る手伝いもしたい。だからこの旅には着いて行くよ」
蓮也ははっきりとそう言い切った。隆弘は相変わらず不服そうにしている。恵子が困ったように彼の方を見ると、隆弘は不機嫌そうに舌打ちをした。
隆弘としては恵子が蓮也に好意的なのが気に食わないのだろう。
「とにかく、話はまとまったのよね。エリィは私達と一緒について来る。ただし、彼女と瀬川さんの弟は藤木さんには近付がない。それでいいわね?」
話を纏めるように莉愛が言う。
「私は旅に同行できるのなら、どんな条件でも飲むよ」
エリィが嬉しそうに頷く。
「僕としては恵子ちゃんに近付いちゃダメってところが引っ掛かるけど、そっちの方が安心できるのなら別にいいよ」
「じゃあ決まりだな。おい瀬川」
隆弘が真紀に呼び掛ける。
「お前、ちゃんとこいつらを見張ってろよ」
「見張るなんて」
「いいんだよ姉さん。それで香坂先輩が納得するのなら」
蓮也が明るい口調で言う。
こうして一行は新たにエリィという仲間を加え、旅を続けることを決めるのだった。
宿屋の外では、雨が激しく降っていた。雷も何度も鳴り響いている。
それでも次の日には嘘のように晴れ渡った。ルクスは夜明けと共に出発してしまい、名残惜しい気持ちを抱きながらも、真紀達はそれを見送った。
一向も旅支度を整えたらすぐに町を出る予定だったのだが、町の人達が昨日の魔物退治のお礼としてちょっとした歓迎会をしてくれることになったのだ。
夜になると広場では料理や飲み物が振る舞われ、音楽に合わせて踊り始める者もいた。真紀達は彼らに促されるまま楽しむことにした。
特に聖女である恵子は、町の人達からの人気者で次から次へと声を掛けられていた。彼女は戸惑いながらも嬉しそうにそれを受けている。
やがて人々は二人一組になってダンスを始めた。町の青年達は恵子を誘おうと必死になっていたのだが、そうはさせまいと隆弘が割り込んで彼女を守ろうとしていた。
同じようにエリィも男達に声を掛けられていたが、彼女はそれをうまくかわしていた。その一方で蓮也はやや強引に複数の女の子達に連れていかれてしまい、一人で何人もの相手をしていた。
真紀はしばらくの間彼らの様子を遠巻きに眺めていたが、やがて人の多い所から抜け出して、少し離れた場所で休むことにした。空を見上げるとそこには満天の星が広がっている。
湖のほとりの花畑は色とりどりの花で埋め尽くされ、幻想的な光景を作り出していた。
「綺麗……」
思わず真紀はそんな感想を呟く。
遠くから楽しげな声や音楽が聞こえる中、真紀は一人で夜風に当たっていた。
「あんたこんなところにいたのぉ?」
真紀が振り返ると、そこには莉愛が立っていた。彼女は真紀の隣にやってくると、同じように夜空を見上げる。
「樋口さん……どうしたの?」
「別に。ただちょっと夜風に当たろうと思ってきただけよ」
「……香坂くんは?」
「あいつ、藤木さんから離れようとしないかったでしょ。結局あの二人、一緒に踊ることになったのよ」
そう言って、莉愛は心底嫌そうな表情を浮かべる。
「あんたも残念だったわね。藤木さんとダンスできなくて」
「私は……恵子とはそういう関係じゃないよ」
「別に誤魔化さなくてもいいじゃん。好きなんでしょ?」
「好きではあるけど、本当に樋口さんが思っているような関係じゃない。それが事実だよ」
「ふぅん」
莉愛は疑わしげに真紀のことを横目で見る。
「じゃあさ、いるの?」
「え?」
「藤木さん以上に、特別な相手」
その質問に、真紀はすぐに答えることができなかった。しかしそれは肯定しているのと同じようなものだ。返事に困っていると、そこへ蓮也がへらへら笑いながらやってきた。
「あ、ここにいたんだ」
彼は真紀の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「いやぁ、異世界の女の子達は積極的だね。僕ちょっと疲れちゃったよ」
蓮也はそう言いながらもどこか楽しそうだ。
「はいはい女の子にモテてよかったね」
「まー確かにいい思いはさせてもらったけどね。姉さんは踊ってこなくてもいいの? 結構楽しいよ」
「私はいいのよ……そういう気分じゃないから」
真紀は素っ気なく答える。
自分だって、好きな相手とダンスができたら楽しいだろうなとは思う。けれど真紀にはその願いを叶えることができない。
(だって、明美とは会えないんだもん)
それに例え明美がこの場にいたとしても、彼女への恋心は秘めたままにしておこうと真紀は決めている。
だから絶対に好きな人と踊ることは叶わない。
真紀は夜空の星々を見上げる。
せめて彼女に、この想いを伝えられていたらどれほど気が楽になっただろうか。
叶わない恋とわかっていても、真紀にはその感情を捨てることができなかった。




