38 ちょっとした喧嘩
次の日、恵子は再び神殿で祈りを捧げることになった。
昨日のこともあって隆弘はかなりぴりぴりしており、恵子の祈りが終わるまでずっと険しい表情で待っていた。
それでもこの日は無事に祈りを終えることができた。
恵子はふらふらになりながらも、神殿からの帰り道を歩く。そんな彼女を隆弘が心配そうに見つめていた。
「おい藤木、大丈夫かよ?」
「うん……少し疲れちゃっただけ」
恵子は弱々しく微笑むと、額に浮かんだ汗を拭った。
「ったく……あんま無茶すんじゃねーぞ」
隆弘はぶっきらぼうに言うが、やはり心配ではあるらしくチラチラと恵子の様子を伺っている。
「ありがとう、心配してくれて」
恵子がそう言うと、彼は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。そんな様子を見て、蓮也はちょっと小馬鹿にしたように笑っている。
今日のところは恵子を休ませて、明日になったらまた旅が始まるのだ。
「キミ達の旅に、私もついて行ってもいいかな?」
ルクスが突然旅の同行を申し出たのは、ちょうどその時だった。突然の申し出に一同が困惑していると、彼女はさらに言葉を続ける。
「キミ達が次に向かうのはリスタの町だろう。私もその町に用があるから、そこまで同行させて欲しい」
「ルクスさんが来てくれるのなら、私達としても心強いです」
真紀はそう言って微笑み、恵子も嬉しそうに頷いていた。だが隆弘だけはやや警戒するような目でルクスを見つめている。
「確かにあんたは強いけどさぁ、次の町にどんな用があるんだよ?」
「私が研究のために各地を回っていることは知っているだろう? 次はリスタの町で調査をしたいことがあるんだ。あの土地には珍しい遺跡もあるというし」
「へぇ、そうなんだ!」
蓮也が目を輝かせながらルクスの話に食いついた。
「遺跡ってなんかワクワクするね。ロマンがあるっていうか」
「もう……遊びに行くわけじゃないんだよ」
真紀は呆れ顔になりつつも、蓮也が楽しそうに微笑んでいるのを嬉しく思っていた。
(昨日は、様子がおかしかったけど……大丈夫、だよね?)
不安になりつつも真紀は蓮也の様子を伺う。彼はもう普段通りの様子を見せており、真紀はホッと胸を撫で下ろした。
――その日は旅立ちの準備をしながらゆっくりとした一日を過ごし、次の日に真紀達はリスタの町へ向けて出発したのだった。
道中で魔物に出くわすことはあったものの、ルクスの力を借りてなんとか乗り切ることができた。真紀達もこれまでの旅路で戦闘には慣れてきていたが、やはりルクスがいてくれるだけでかなり楽だ。
彼女はとても冷静で、的確な指示をくれるので戦いやすかった。
「うーん。キミ達も以前よりかは力を付けたようだけど、やはりまだ経験不足だね。もう少し腕を磨いた方がいいと思うな」
そう言って、彼女は旅の途中で戦いの稽古をしてくれることになったのだ。
広々とした草原で一行はルクスのアドバイスを受けて修行に励み、特に恵子は熱心に魔法の練習をしていた。
そんな恵子をルクスも気に入ったのか、特訓の合間にもよく彼女のことを褒めていた。
真紀と莉愛は治癒魔法の練習をしていたのだが、これがまた難しい。
今まで回復は恵子に頼り切りだったから、少しでも彼女の負担を減らせるようにと、二人は特訓をしていたのだ。
「あーあ、もう全然ダメ!」
うんざりと莉愛が肩を落としながら大きな息をつく。恵子がたやすく治癒魔法を使っているように見えるだけに、莉愛は悔しそうだった。
「本来治癒魔法はかなりの難易度を誇る。それを習得するなんて、簡単にできることじゃないんだよ」
「でも藤木さんはこんな難しい魔法を軽々と使いこなしてたのよ? やっぱり才能の差ってあるのかしら?」
莉愛が唇を尖らせて、いじけている。
「相手は聖女様だからね。でも、向上心があるのはいいことだと思うし、少しずつでも上達していけるはずだよ」
ルクスはそう言って、莉愛を励ましてくれた。莉愛はまだ納得がいっていない様子であり、険しい表情のままだった。
一方の隆弘も、険しい表情をして自分の戦い方に悩んでいるようだった。
「ちくしょう……もうちょい、上手く立ち回れねぇかなぁ」
隆弘はそう言いながら、剣を振り回していた。すると蓮也が彼に近寄り、声をかける。
「香坂先輩、ちょっと力みすぎじゃない?」
「う、うるせぇな! お前には関係ねぇだろ」
反発する隆弘だったが、蓮也は余裕の表情で言葉を続ける。
「いやいや先輩がちゃんとしてくれないと、苦労するのは僕らなんですよね。だから、ちょっとは考えて動いて欲しいんだけど」
蓮也の言葉に、隆弘がイラっとしたのが目に見えてわかった。
「いちいち生意気な奴だな。上から目線で言ってきやがって、何様のつもりだよ?」
「ちょっと、落ち着いてよ」
彼らの喧嘩を止めようと真紀が間に入る。けれど蓮也は気にした様子もなく、淡々と話を続ける。
「僕は別に偉ぶってるつもりはないけどね。でも先輩があんまりにも情けないから、僕もつい言っちゃうんだよ」
「んだとこの野郎!」
「ほら、まただ。香坂先輩って、こんな風にすぐ頭に血が上るよね」
「上等だてめぇ」
隆弘は剣を構えると、蓮也に向かって突きつけた。
「来いよ。お前には一回、わからせてやらねーとな」
「何をわからせるのかは知らないけど。いいよ」
蓮也も銀色の杖を構えると、余裕綽々といった様子で立っている。
「蓮也! やめなさい!」
「大丈夫だよ姉さん。僕は負けないから」
「そうじゃなくって、喧嘩しちゃダメだって言ってるの!」
「これは喧嘩じゃないよ。戦いの為の特訓! 僕らの旅に必要なことだよ」
蓮也はそう言うと、隆弘に杖を向ける。彼の態度がよほど気に入らなかったのだろう、隆弘は額に青筋を浮かべていた。
「上等だよ、このクソガキが!」
そう叫ぶと、彼は剣に炎をまとわりつかせて一気に距離を詰めてきた。
「あっぶな」
蓮也は素早く横に避けるが、隆弘はしつこく追いかけてくる。鋭い切っ先から放たれる熱風で、周囲の草が焦げ付いた。
「ちょっと香坂先輩! 熱いんですけど!?」
「うるせぇな!」
隆弘はさらに火力を高めて攻撃を仕掛ける。
「こ……香坂くん、駄目だってば!」
あわあわと恵子も止めに入ろうとするが、ルクスがそれを制止する。
「落ち着きなよ。彼は興奮しているみたいだし、しばらくは好きにさせた方がいい」
「で……でも……」
恵子は心配そうな表情で戦いの様子を見ていた。
隆弘は攻撃の手を緩めずに、蓮也に向かって炎を纏った剣を振りかざした。
「くたばれ!」
だが蓮也は冷静にその攻撃をかわすと、次の瞬間には隆弘の背後へ回り込んでいた。
「な!?」
隆弘が振り返るよりも早く、蓮也は彼の首筋に杖を突きつける。そして彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はい、僕の勝ちだね」
蓮也の勝利宣言に、隆弘は悔しそうな表情を浮かべる。
「てめー、今の何だよ!」
「何って? 僕はただ、ものすごーく速い動きで先輩の後ろに移動しただけ」
「んだよそれどう考えても魔法でずるしただろ!」
「ずるだなんて人聞きが悪いなあ。魔法で自分の体を強化させて身を守るのは、近接攻撃が苦手な魔法使いがよく使う正当な戦術だよ」
蓮也は涼しい顔で言ってのける。隆弘は納得いかない様子であったが、蓮也は更に続ける。
「それに香坂先輩だって炎の剣で攻撃してきたじゃん。あれだって武器に魔力をまとわせるわけだから、立派な魔法攻撃でしょ」
そう言われてしまうと隆弘は反論できなかった。蓮也は得意げに笑い、隆弘に向かって手を差し出した。
「まあ、この勝負は僕の勝ちってことで」
「……くそが」
そんな捨て台詞を残し、彼はその場から立ち去っていく。莉愛はうんざりと肩をすくめながらも隆弘を追い掛けていった。
「ちょっと蓮也! あんた、本当にいい加減にしなさいよ」
真紀が叱りつけると、蓮也は困ったように笑う。
「ほら、さっきも言った通りただの特訓だから! それに僕程度の相手に勝てないようじゃ、この先も苦労するだろうし」
「だからと言って、あんなに派手に喧嘩することないじゃない」
「派手にやってたのは香坂先輩だけ。それにさ、あの人ってキレやすくてよく頭に血が上ったまま魔物に突っ込んでいくでしょ。さっきだってそうだった。だから、彼にはもっと冷静に戦ってもらう為にああいう練習は意味があると思うんだ」
「あんたってば……また、そんなこと言って」
真紀は呆れて溜息を吐く。
彼は昔から頭が良く、いつも冷静な判断を下せる子だった。普段は優しくて礼儀正しいのだが、相手によってはたまにこういう意地の悪い一面を見せることがある。
その理由が、姉である自分を馬鹿にされたことが許せないから、だというのは理解している。そのことは嬉しいと思うが……それでももう少し、穏便に済ませることはできないものか。
真紀はそんな風に頭を悩ませていたが、ふと蓮也の腕に火傷の痕があるのを見つけてハッとする。
「蓮也……その傷は?」
「ああ、これ? さっき香坂先輩の攻撃をかわした時にちょっとね」
そう言って蓮也は、何でもない様子で腕をさすった。
「たいした傷じゃないよ。気にしないで」
「そうもいかないでしょ。すぐに治さないと」
真紀は恵子に治癒魔法を使ってもらおうとしたが、そこで蓮也が止めに入る。
「待って。どうせなら、姉さんが治してよ」
「え? でも私はまだ、治癒魔法を使うのが苦手だし」
「だからこそ、僕が練習台になってあげる。さ、煮るなり焼くなり好きにしてよ」
真紀は呆れつつも、蓮也の腕に杖をかざした。
(傷を癒すイメージ……痛みをやわらげて、元に戻すの……)
心の中で唱えながら真紀は意識を集中する。すると杖の先端からぽっと柔らかい光が溢れ出した。光は蓮也の火傷を包み、少しずつその痕が薄くなっていく。
だが成功したかと思いきや、彼の火傷が完全に消えることはなかった。
「うぅ……やっぱり、ちゃんと治らない」
真紀は悔しそうに顔を歪める。すると蓮也は優しく微笑んだ。
「充分だよ。もうほとんど痛くないし」
「ほとんどってことは、やっぱり私の魔法があまり効いていないってことでしょ」
この程度ではまだまだだと、真紀はしょんぼりしてしまう。
確かに少しはマシになったかもしれないが、蓮也の腕にはまだ僅かに赤みが残っているし、痛みだって消せていない。それに傷を治すスピードも遅いから、これではいざという時に困るだろう。
「ごめんね、蓮也。後は恵子に治してもらってよ」
真紀は自信なさげに呟く。自分の治癒力はまだまだ未熟で、この程度しか使えないことが悔しかった。
「私の魔法じゃあまり精度もよくないし、もっと練習しないとね」
「うんうん姉さんは真面目だなぁ。そういうところ、尊敬してるよ」
「褒めたって、何も出ないよ」
そんなことを話していると、ようやくのことで隆弘と莉愛がこちらへ戻ってきた。隆弘は苛立た気に蓮也を睨んでいたが、それ以上は何も言わずに剣の練習へと戻っていった。
「さて、僕も魔法の練習をしないとね。エリィに色々教えてもらったんだけど、まだ全然使いこなせてなくて」
「そうなの? 私から見たら、あんたはかなり魔法を使えると思うけれど」
「いやいや、まだまだだよ。僕の魔力だってそんなに多くないし、できることも限られるから」
蓮也は謙遜しているが、実際彼の魔法の扱い方はかなり優れていた。それこそルクスだって、彼の才能を認めているくらいだ。
それに比べて自分はと、真紀はもどかしくなってしまう。
このままでは恵子を守るどころか、足手まといになりかねない。
(もっと頑張らないと……これから魔物との戦いもどんどん厳しくなってくるだろうし、それに)
真紀は焦りを覚えながら、杖を握りしめていた。
頭の中に、魔女となってしまった親友の姿が浮かんでくる。
(明美の元へ辿り着く為にも……もっと強くならないと)
真紀は決意を新たにすると、もう一度杖を握りしめて魔法の訓練を再開するのであった。




