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13 暇つぶしのお喋り

 魔女の影を撃退した後、真紀達は神殿の中へと戻っていた。

 先程までの戦いを見ていた町の人々は歓声を上げて聖女一行を称えた。口々に感謝の言葉を述べられるのは悪い気はしないが、それでも疲れ果てている今はあまり相手をしていられなかった。


「さてケイコ。あんたは今から女神様への祈りを捧げなくちゃいけない。疲れているだろうけど頑張って」


 クレアに促され、恵子は緊張した面持ちで神殿の奥へ向かっていく。


 聖女の祈りは神殿の一番奥にある部屋で行われるらしい。その部屋には大きな女神像が祀られており、聖女はそこで祈りを捧げることで女神の力を授かるのだという。

 ただし部屋の中に入ることができるのは聖女だけ。

 他の者達は彼女の祈りが終わるまで外で待つことになっている。


「で、祈りにはどれくらいかかるの? まさか一時間以上待たせるつもりじゃないでしょうね」


 莉愛が棘のある口調で言うと、恵子は困ったような顔をしてしまう。彼女の代わりにクレアが答えた。


「魔女を倒すための力を得るわけだからね。だいたいまる一日ってとこかなー」


「はぁ!? そんなにかかるのぉ!?」


 莉愛の大声に、恵子はビクッと体を震わせる。


「ご、ごめんなさい……できるだけ早く終わるよう頑張るから」


「頑張ってどうにかなるもんなの? その間ずっと待ちぼうけとか冗談じゃないわよ!」


「それは、私だって同じ気持ちだけど」


 恵子が言葉を紡いでいる間、莉愛は苛立たしげに髪をかき上げていた。


「おいやめろよ。藤木が悪いわけじゃないんだから、そう突っかかるなって」


 見かねた隆弘が仲裁に入ると、莉愛は面白くなさそうな顔をした。


「恵子、私達は大丈夫だから、行っておいで」


「ありがとう。がんばるね」


 真紀の言葉に恵子は安堵の笑みを見せると、恵子は部屋の中へと足を進めていく。


「お前さ、もう少し大人になれよ」


「は? 何よそれ」


「藤木だって不安がってるのに、あいつに当たることないだろ」


「ふーん……藤木さんのことがそんなに気になるんだ?」


「なっ」


 莉愛は冷たい目つきで彼を見つめ、隆弘の方は慌てて視線を逸らす。


「誰があんな陰キャなんかに興味あるかよ。ただ、あんまりギスギスすんのも嫌だと思っただけで」


 ぶっきらぼうに言い放つ隆弘の態度を見て、莉愛はますます不機嫌そうに顔をしかめた。


「さて、そちらもちょうど暇になったわけだ。さっそく私のお喋りに付き合ってもらおうかな」


 ルクスは笑顔で手招きをして、真紀達を誘った。


 ――場所を変えましょうと言われ、一行は神殿内にある小部屋へと移動した。

 そこには小さなテーブルが置かれており、それぞれ椅子に腰かけるとルクスと向かい合った。


「改めて名乗らせてもらうよ。私はルクス。さっきも言った通り旅の魔法使いでね。今はこの神殿に滞在しているんだけど、退屈で仕方がない。そこであなた達に暇つぶしに付き合ってもらおうとしたってわけ」


 ルクスは穏やかな口調でそう語ると、口元に手を当ててくすりと笑う。


「昨夜町を襲った魔物を、旅の魔法使いが追い払ったと聞きました。あなたのことだったんですね」


「ああ。知っているのかい?」


「町長さんから聞きました」


「へぇ、人助けはするものだねぇ」


 彼女は嬉しそうに頬を緩めた。


「私は魔法の研究をしていてね。この町に来たのはつい最近なんだ。だと言うのに魔物は出るわ魔女の影は出てくるわで本当に参ってしまうよ」


 そうは言っているものの、ルクスはまるで困っているようには見えない。


「私の話はいいだろ。それよりあなた達の話を聞かせてくれないかな」


 ルクスは興味津々といった様子で真紀達に問いかけてくる。


「ねぇ、あなた達って本当に異世界から来たの? さすがにそんな突拍子もない話は信じがたいけど」


「それを言うなら……私達だって、まさかこんな世界があるだなんて思っていませんでしたよ」


「まぁ、それもそうね」


 ルクスがくすりと笑うと、隆弘が口を開いた。


「そんなことより、魔女って奴はなにがしたいんだよ。なんで藤木が、聖女なんてのに選ばれちまったんだよ」


「そんなの私の知ったことじゃないけどねぇ」


「んだよそれ、こっちは真面目な話をしてるってのに」


 隆弘は不満気に呟くが、ルクスは涼しい表情を浮かべている。


「あなた達にとっては納得できないかもしれないけど、これが現実なんだから諦めなさい」


「けど」


「文句があるのなら、女神様に直接言ってみるんだね。旅の最後の目的地は、女神様のいる聖地なんでしょう?」


 言い返せなくなった隆弘を見て、ルクスは微笑む。


「そんなに真剣になるなんて、あのお嬢さんはあなたにとって大切な相手なのかな?」


「っ……な!」


 咄嗟に反論しようとする隆弘だったが、結局はもごもごしただけでそれ以上は何も言わなかった。

 それを見た莉愛がいかにも不愉快そうに彼を睨んでおり、真紀はどうしたらいいかわからなくなってしまう。


「何か困ったことがあったら力になるよ。あなた達はこの世界に関しては無知だろうし、知りたいことがあるのなら、私が教えてあげる」


「ええと、ありがとうございます」


 真紀はぺこりと頭を下げる。

 だけどいきなり言われても、特に質問するようなことなんて――と思う真紀だったが、そこで彼女の頭をかすめたのは、悪魔崇拝者に捕らわれた弟のことだった。


「……私達、この世界に来た時に「深淵の民」という組織に襲われたんです」


 その名前を耳にして、ルクスは眉間にシワを寄せた。


「あいつらに会ったの? それで無事でいられるなんて運がよかったね」


「でも、蓮也……弟が彼らに捕まってしまったんです」


 真紀は俯いて声を震わせる。

 自分達とは違い、蓮也は女神に選ばれていないのにこちらの世界へとやって来てしまったのだ。あの時自分達と一緒にいたから、関係のない蓮也を巻き込んでしまった。


「蓮也はこちらの世界の言葉もわからないのに……今頃どうしているのか」


「ふぅん……あいつらに捕まってしまうなんて気の毒なものね。けど奴らが人間に興味を持つなんて珍しい」


「どういうことですか?」


「連中はね、悪魔――奴らは守護者と呼んでいるけど、そいつらを崇めてる狂信者の集まりなんだ。だから人間には見向きもしないはずなんだけどね」


「じゃあなんで」


「さあね。彼らにとって、よほど特別な存在だったんじゃないかな」


 ルクスの言葉を聞いて、真紀は胸の奥にモヤっとしたものを感じた。

 蓮也は普通の少年のはずだ。確かに普通より、ちょっと変わったところもある。大変前向きで明るい弟だが、たまに変な言動をしては真紀を呆れさせていた。

 かと言ってあんな変な連中に捕らわれてしまうような、不思議な能力の持ち主ではないのは確かだ。


「たぶん殺されるようなことはないと思うよ。彼らが人間に何かするとしたら、儀式の生贄として使うくらいだし」


「生贄!?」


 それを聞いて、真紀は血相を変えてしまう。


「まだそうなると決まったわけじゃない。安心しなって」


 ルクスはそう言うが、真紀は気が気ではなかった。


「てゆーか、そもそも悪魔って一体何なの? 魔女が生み出してるっていう魔物とは違うの?」


 今度は莉愛が問い掛けた。彼女の質問に、ルクスは少し考える素振りを見せる。


「魔物はね、魔女の力によって生み出された存在なんだよ。一方悪魔は、一説によると人間の負の感情や欲望から生まれる化物らしい」


「つまり、魔物と悪魔はまったくの別の生き物ってこと?」


「そういうことだね。どっちも人間にとっては敵であることに変わりはないけど」


 淡々と語られたルクスの言葉に、真紀達は息を飲む。

 魔女も恐ろしいが、他にも恐ろしいものがこの世界に存在しているのだ。その事実に一同は震え上がってしまう。


「奴らは悪魔と契約をしているから普通の人間じゃ勝てないよ。だから今は焦らず、冷静になって」


「はい……でも……」


「あなた達は異世界から来た聖女様一行なんだろ。女神の加護があるのなら、弟くんを救い出す為の力を付けることだってできるはずだ。なにより、この世界には英雄がいるからね」


「英雄?」


 聞き返す真紀に、ルクスは笑顔で答える。


「人々を救ってまわる正義の味方だよ。女神によって選ばれた聖女とは違い、彼らは世界から力を授かった存在だ」


「彼らってことは、複数いるんですか?」


「厳密にいえば、英雄は世界にたった一人だけ。引退する時に自分の後継者を見つけて、次の世代に力を引き継がせていく。そうして英雄は、遥か昔から存在し続けているのさ」


 ルクスはどこか懐かしむような表情を浮かべながら語る。


「今の代の英雄は、ちょうどあなた達と近い年齢かな。旅を続けていればいずれ会うことができると思うよ。彼もまた、魔女と戦う者だから」


「その人の力を借りれば、深淵の民から蓮也を取り返すことも出来るでしょうか」


「うん。きっと力になってくれると思うよ」


 不安そうな真紀を励ますようにルクスは微笑んだが、そんな彼女の言葉を遮るように隆弘が口を開く。


「そんな奴がいるのなら、魔女との戦いもそいつに任せればいいじゃねーか。なんで俺らが戦わなくちゃいけないんだよ」


「英雄は、強い力を持った存在だ。魔女も英雄を警戒し、恐れている。だがいくら強くても魔女を倒すには彼だけでは足りない。魔女を封印できるのは、聖女にしかできないことだからね」


 ルクスの言葉に隆弘は不満げな顔になる。


「そんなの……納得できねーよ。なんで藤木が、そんな面倒なことしなきゃいけねーんだ」


「不満は女神様に言いなさい。あなたは自分ができることをやるしかないんだ。それが嫌なら、大人しくこの世界で生きるしかなくなるよ」


「ちっ……わかったよ」


 不機嫌そうな顔で舌打ちをする隆弘を見て、ルクスは満足そうに笑った。




 恵子の祈りが終わったのは、次の日の昼頃だった。

 祈りの間から出てきた彼女に真紀は慌てて駆け寄っていく。


「恵子、大丈夫?」


「うん……なんとかね」


 そう答えた恵子だが、その声はあまりにも弱々しい。


「無理しちゃ駄目だよ。今日はゆっくり休んで」


「ありがとう真紀……そうさせてもらうことにするよ」


 そう言ってふらつく足取りで歩いていく彼女を支えて、真紀は神殿を後にした。


 それから宿屋の部屋まで彼女を連れて行くと、ベッドの上に寝かせる。


「ごめんね、迷惑かけて」


「迷惑なんて思っていないよ。それより体調はどう?」


「少し、疲れちゃったな。祈っている間はずっと無心でいられたんだけど、終わった途端にどっと力が抜けていっちゃって」


 ぼんやりとした眼差しで天井を見つめる彼女の手を、真紀はそっと握りしめた。

 恵子は安心したように微笑むとゆっくりと目を閉じる。それからしばらく時間が経つと、彼女は小さな寝息を立てて眠り始めた。


「おやすみ、恵子」


 真紀はそう呟くと、彼女を起こさないように部屋を後にした。


「あの子の様子はどうだった?」


 廊下に出ると、そこにはルクスが立っていた。


「ぐっすりと眠っています」


「そうか。よかった」


 彼女はにっこりと微笑むと、真紀の手を取って歩き出す。


「よし、それじゃあさっそく行くぞ」


「えっと……行くって、どこへ? 何をしに?」


「あなた達に修行を付けてあげる。いくら女神の加護を受けているとは言え、この世界の住人ではないのだから、ちゃんとした戦い方を知らないでしょう?」


 ルクスはそう言うと真紀の手を引っ張って歩いていく。

 真紀は困惑しつつも、黙って彼女の後をついていくのであった。

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