12 不思議な魔法使い
その女は整った唇を歪めて微笑んだ。
途端にぞくりとするような悪寒がして、真紀達は身震いしてしまう。
魔女の影が愉快そうに笑い声を上げると、彼女の横にいる漆黒の狼が牙を剥いて吠えた。
神殿にいた人々は恐怖で叫び声を上げたが、女は彼らには目もくれずに真紀達の方を見つめている。
「やば、魔女の影だよ」
クレアが小声で言った。
「まさか……どうしてここに!?」
真紀が声を上げると、女はますます楽しそうに笑みを浮かべた。
その表情は美しく妖艶なもので、誰もが見惚れてしまうような魅力に満ちていた。だが一方で彼女には禍々しい邪悪さが漂っている。
「くそ、前は逃がしちまったけど……今度こそお前を倒してやる!」
隆弘は右手を振るって剣を出現させた。
隆弘は剣を構えて勢いよく走り出す。だが女が指をパチンと鳴らした瞬間、二匹の魔物は牙を剥いて飛びかかってきた。
「うわあっ!」
魔物は隆弘に襲い掛かり、噛みつこうとしたり鋭い爪で引き裂こうとしてきた。彼は慌てて避けたが、肩を掠めたようで血が滲んでいる。
「香坂くん!」
「隆弘!」
恵子と莉愛が同時に叫んだ。
「平気だって。ちょっとかすっただけだ」
隆弘はそう言いながらも、額に汗をかいて顔をしかめている。
魔女の影はクスリと笑うと、恵子の方を見た。
「ひっ!」
恵子は恐怖に怯えた様子で後ずさりする。
魔女の影は高く掲げた右手を一気に振り下ろした。無数の矢のような物が一斉に現れ、それらが一直線に恵子に向かって襲いかかってくる。
「危ない!」
真紀が咄嵯に杖を振って結界を張る。
現れた光の膜が攻撃を全て弾き返したが、真紀が安堵をする暇もなく次の魔法が飛んできた。
「くっ……!」
真紀は歯を食いしばり、再び杖を振って炎を防ぐ。
その間にも隆弘は二匹の獣と交戦していた。一度に二体の魔物を相手するのはさすがに厳しいのか、隆弘は焦りを覚えながら必死に戦っていた。
「くそが……っ」
隆弘は舌打ちをした。
彼の攻撃ではなかなか致命傷を与えられない。相手は素早い上に動きも俊敏で、力が強いのだ。このまま戦い続けてもこちらが消耗するだけだろう。
「うぅ……どうすればいいのよ」
真紀は弱々しく呟く。
魔女の影は攻撃の手を弱めることはなく、次々と強力な攻撃を仕掛けてくる。
「きゃあ!」
とうとう真紀の張っていた結界が破れた。途端に敵の魔法が直撃し、真紀は吹っ飛ばされてしまった。
「真紀!」
恵子は悲痛な叫びを上げた。
「真紀! 大丈夫?」
恵子が心配そうに駆け寄ってくる。
「う……うん、大丈夫」
真紀はよろめきながら立ち上がるが、その体はあちこちに傷を負っていた。痛みに顔が歪む。血が滴っている腕を見て思わず泣きそうになった。
恵子は青ざめて震えていたが、そんな彼女を叱責するように莉愛が叫ぶ。
「ちょ……ちょっと、あんた魔法で傷を治せるんでしょ! さっさとやりなさいよ!」
彼女が厳しい口調で言い放つと、恵子は慌てて杖を構えた。そして祈りを捧げ始めると、淡い光が真紀の体を包み込んでいく。その光を浴びている内に不思議と体が楽になっていった。
「ありがとう」
真紀は恵子に礼を言うと再び立ち上がった。
そんなことをしている間も戦いは続いている。
「はぁ、はぁ……くそ、この野郎……!」
隆弘がよろめきながらも必死に戦っていたが、状況は圧倒的に不利だ。
「このままじゃ皆やられちゃう。なんとかしなきゃ」
そう言って真紀は前へ出る。
「ほら、樋口さんも手伝って」
「わ……わかってるわよ!」
莉愛は慌てて真紀の隣に立つが、やはり及び腰になってしまう。
魔女の影は不敵に微笑むと再び手をかざした。
放たれた魔力が真っ直ぐに真紀達へ向かってくる。真紀は身構えたが、それよりも先に恵子の放った光の弾がぶつかった。二つの力がぶつかり合い、爆発が起こる。
爆風で真紀達は飛ばされそうになるが、何とか堪えることができた。
「凄いなぁ、さすが聖女だね」
クレアが感心して言った。
爆発の衝撃で、隆弘の戦っていた魔物も一瞬だけ怯んだらしい。
隆弘が怒りに満ちた表情を浮かべて駆け出した。彼は迫り来る魔物の攻撃を避けながら魔女の影に向かっていく。そして勢いよく剣を振り上げるとそのまま斬りかかった。だが魔女の影はフワリと跳躍し、それをかわす。
隆弘は舌打ちをしてさらに追撃するが、魔女の影は軽やかな身のこなしで攻撃を次々に避けていった。
隆弘は悔しげに表情を歪める。
「どうしよう」
恵子が不安げな声で言う。
このままでは勝算はない。こちらばかりが無下に体力を消費して、ますます不利な状況に陥ってしまうだろう。
何か手立てはないだろうか。
「あなた達、もっとしゃんとしなさい!」
背後から聞こえてきた凛とした声に振り返る。
そこに立っていたのは背の高い黒髪の女性だった。年齢は二十代後半だろうか、切れ長の目と整った鼻筋、そして薄い唇をしている。
だがその服装はどこか奇抜なものに見えた。上はタンクトップ、下はジーンズのような物を履いて腰回りにはベルトを巻いている。だがその頭には魔女みたいなとんがり帽子を被っており、右手には長い杖を握っていた。
「あ、あなたは?」
「自己紹介は後で。今はあいつを倒すことを考えるぞ」
女性はそう言うと杖を振った。杖の先端からいくつもの光の刃が出現して二匹の魔物に襲いかかる。それらは見事に命中して魔物の動きを止めさせた。
「今の内に攻撃しろ!」
女性が叫ぶと、隆弘はハッと我に返ったように動き出す。
彼は目の前の二匹に剣を振り下ろした。魔物は悲鳴を上げて地面に倒れ、煙のように消えていく。
「よ……よし」
隆弘は小さく呟いて息をつく。
「後はあいつだけだ」
女性は魔女の影を睨みつける。
彼女は右手に持った杖を軽く振ると、先ほどと同じように無数の光の刃を出現させて攻撃を始めた。それらは一直線に飛んでいき、次々と魔女の影の体に突き刺さっていく。
魔女の影は苦痛の叫びを上げ、よろめいた。
今なら倒せるかもしれない。
「みんなで一斉に魔法をぶつけるんだ!」
女性が指示を出すと、真紀達は同時に魔法を放った。それぞれの魔法が魔女の影に直撃し、激しい爆音が響く。
「坊や、今だよ」
「あ……ああ!」
魔女の影が怯んでいる隙に、隆弘は一気に距離を詰めた。そして渾身の力を込めて剣を振るう。
隆弘の一撃は見事に命中し、魔女の影は大きく仰け反った。
苦しそうに悶える相手に隆弘はそのまま一気に畳み掛けていく。
「消えろ!」
隆弘は叫んだ。
「消えろ、消えろ!」
隆弘は絶叫しながら、さらに強い一撃を叩き込んだ。彼の恐ろしい剣幕に恵子はビクッとして震え上がる。
雄たけびと共に隆弘は思い切り剣を突き立てる。
するとその一撃が致命傷となったのか、魔女の影はその場に崩れ落ち、やがて黒い霧へと姿を変えていった。
「はぁ……ッ、はぁ……ッ!」
肩を大きく上下させながら隆弘は荒い息を繰り返す。恵子は彼のそばへ駆け寄って心配そうに声を掛けた。
「香坂くん、大丈夫?」
「あ、ああ……なんとかな」
隆弘は汗だくになりながらも返事をする。
安堵しつつも恵子はどこか怯えるような目つきをしており、隆弘はあたふたとした様子で言葉を続ける。
「いや……その、なんか頭に血が上っちまってさ。悪かったよ、怖かったよな」
「ううん、私は平気だよ。香坂くんが無事だったらそれでいいの」
恵子が微笑むと、隆弘はぶっきらぼうにそっぽを向いた。
「と、とにかくあの女は倒したんだ。これでもう大丈夫だろう」
「うーん、そういうわけでもないんだよなぁ」
クレアが彼らの周りをふわふわと浮かんで回り始める。
「魔女の影は、魔女が作った存在だからね。あいつはいくらでも作れるし、この世界のあちこちにまだいくらでもいるはずなんだ」
「はぁ? 冗談だろ」
隆弘はげんなりと肩を落とし、莉愛も不満げに唇を尖らせる。
「なによそれ。じゃあどうすればいいのよ」
「魔女本体を倒すしかないね。あいつさえなんとかしちまえば、魔物は暴れることもないし、影の方は自然消滅するはずだよ」
一行はクレアの言葉に肩を落としてしまう。
魔女の影を倒せたのは幸いだが、これはまだ始まりに過ぎないのだ。
これから先、また同じような敵が次々と襲い掛かってくるだろう。それを思うと気が重くなるのだが、しかし立ち止まっているわけにもいかない。
「ところであなたは?」
真紀達は先程の女性に向き直る。
彼女はにっこりと微笑むと優雅に一礼してみせた。
「初めまして、私はルクス。旅の魔法使いだよ」
ルクスと名乗った女性は興味深げに真紀達……特に、恵子をじっと見つめていた。
「そちらのお嬢さんは不思議な魔力を持っているようだね」
「え……私ですか?」
恵子は戸惑ったように首を傾げる。そんな彼女にルクスは笑顔を向けた。
「キミはとても珍しい才能の持ち主のようだ。その力はきっと皆を助けることができると思うよ」
「そりゃそうさ。彼女は聖女様だからね」
誇らしげに答えたクレアに、ルクスは一瞬驚いたように目を丸くした。
「へぇ……それは凄いな」
感心するように言うと、彼女は真紀達を見渡した。
「あなた達も、なかなか面白い力を秘めているみたいだ。よかったら、私の話し相手になってくれないかな?」
突然の提案に一同は困惑するが、彼女の瞳は好奇心で輝いているように見えた。
助けてもらった恩もあるし、悪い人には見えない。何より彼女から色々と情報を聞き出せるかも知れないのだ。
断る理由はなかったし、ここは承諾するべきだろうと考えて一行はその提案を受け入れることにした。




