【3】作戦会議はセレニス州で。〜悪魔はズッ友を紹介し、大天使は結婚前提に発展しました〜
そこはセレニス州でも最高級のヴィラだ。
一棟丸ごと貸し切られた邸宅は、インフィニティプールを望む造りになっており、
夕暮れの光がガラス越しに静かに差し込んでいる。
その豪奢なリビングのソファには、ロクシーとアンジュが並んで座り、
そして、そのアンジュの真横――半歩後ろに、ルシアンが立っていた。
そして――
大理石の床の上。
そこには、正座をしたルチアーノの姿があった。
あまりにも場違いな光景に、室内の空気は奇妙な静けさを帯びている。
やがて、ルシアンが静かに口を開いた。
「ロクシー、君の話は理解した。
君はルチアーノの恋人の代役をし、
ルチアーノの父親からの見合い話をかわす脚本を書く仕事の依頼を受けた。
だが――なぜ私を呼んだのだ?」
ロクシーの視線が、床に正座するルチアーノへと突き刺さる。
その目には、はっきりと殺気が宿っていた。
「それはね……!」
ロクシーは身を乗り出す。
「私の脚本では、まずルチアーノの父親を“動かす”ところから始めたの!
つまり!
鶴の一声で何でも思い通りになってきた父親を動かす!
主導権を、こっちで握るための第一歩よ!」
ルシアンが、低く頷いた。
「理にかなっているな」
「でしょ!?
だから、ここ――魔術無効のセレニス州に呼びつけた!
ここなら、ルチアーノの父親も悪魔の力を発揮できない!
人間の私と、完全に同じ立場になるわけ!」
アンジュは苺ラテを一口飲むと、ぱっと笑顔になる。
「さすが、ロクシー!
頭が良い!」
ロクシーはアンジュに向かって、パチンとウィンクした。
「ありがとう、アンジュちゃん!
それでね……このヴィラ一棟を貸し切って、“午後のお茶会”を開いたの。
父親のお付きも、十人に限定したわ。
まずは、ここで父親の本気度を見る!」
ロクシーは指を立てる。
「ルチアーノから招待状を送って、
父親がモナコからセレニス州まで来るかどうか……。
そこが最初の関門だったの」
一拍。
ロクシーの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「――すぐに承諾の返事が来たわ。
第一段階は成功。
父親は、本気でルチアーノと私を恋人だと信じてる。
そして……本気で結婚させたいと思ってる」
ルチアーノの肩が、わずかに震えた。
「私はね、
完璧なテーブルマナーに、
イギリス英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語……
それにラテン語まで、イレイナに頼んで頭に叩き込んだ!」
ロクシーは肩をすくめる。
「代金は当然、ルチアーノ持ち。
それなのに……」
ロクシーはスッとスマホを操作した。
次の瞬間――
ヴィラの大型テレビ脇に設置された高機能スピーカーから、
低く、重みのある声が響き渡る。
イギリス訛りの、威厳に満ちた声。
「ロクシー殿……。
ルチアーノとの出会いは?」
続いて、落ち着き払ったロクシーの声。
「友人を交えまして」
「ほう……その友人というのは?」
――その瞬間だった。
父親の声に被せるように、
場の空気を切り裂く大声が響いた。
「俺様のズッ友……!
親友のルシアンなのです!
本当にカッコいいし〜!
し・か・も! 純情!
絶賛、初恋中でございます❤️」
一拍。
空気が、凍りつく。
次に響いたのは、
さらに低く、鋭さを増した父親の声だった。
「ほう……。
私もその、お前の“親友”に、ぜひ会ってみたいものよのう……。
ルチアーノよ。
まさか――その親友も、独り身なのか?」
ガタガタ、と椅子の鳴る音。
「も、も、も、もちろん!
初恋成就中ではありますが!
ほぼ恋人であります!!」
プツリ、と音が切れた。
静寂。
広いヴィラに、耳鳴りがするほどの沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは――アンジュだった。
「ルチアーノ。
それで、ルシアンを呼んだのだな!」
アンジュは勢いよく立ち上がり、ルシアンを見上げる。
「ルシアンよ!
ルチアーノの父親に、会ってやれ!」
「……はっ!?」
ルシアンは思わず息を呑み、アンジュを見つめた。
アンジュの青い瞳は、宝石のように輝いている。
「つまり!
ルチアーノの父親は、お前に会えば納得する。
お前は――大天使として振る舞えば良い!」
ルシアンの眉間に、必死に抑え込む皺が寄る。
「アンジュさま……。
私一人では、意味が無いのです」
「なぜだ?」
アンジュの瞳には、純粋な疑問しか浮かんでいない。
「……つまり……その……」
言葉に詰まった、その時。
ロクシーが、すっくと立ち上がった。
ツカツカと歩き、ルチアーノの元へ行くと、
その襟首を乱暴に掴み上げる。
「………ヒィッ……!」
ルチアーノが小さく悲鳴を上げる。
アンジュが目を丸くした。
「ロクシー?
何をしておる?」
「アンジュちゃん!
こいつのせいでね……!」
ロクシーはルチアーノを揺さぶる。
「ルシアンには、“伴侶候補”が必要になったの!!
こいつが、いらんことをペラペラ喋るから!
だから――お願い!」
「うむ!」
アンジュは、迷いなく頷いた。
ロクシーが叫ぶ。
「ルシアンの……
結婚を前提とした恋人役を、やってくれない!?」
「……結婚?
……恋人?」
アンジュは、ゆっくりと視線をルシアンへ戻す。
その瞬間。
ルシアンの顔は、信じられないほど真っ赤に染まり――
次の瞬間、何も言わずに走り出した。
三人が――
襟首を掴まれたままのルチアーノまで――
呆然と見守る中、
ルシアンはインフィニティプールへ、
完璧なフォームで飛び込んでいく。
静まり返ったヴィラに、
ただ、バタフライの水音だけが響き渡った。
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