【12】加工された俺様が世界に送られた件について。〜逃げ場はないけど、悪魔は天使と秘密会議します〜
それから一週間。
ルチアーノのダイエット計画は、
容赦なく――そして淡々と進んでいた。
ルシアンはロクシーの提示するメニューを黙々とこなし、
ルチアーノの補佐まで、当たり前のように引き受けている。
アンジュも、その光景を見ては瞳を輝かせ――
「素晴らしいぞ! 二人とも!
ロクシーの指示も、正確だ!」
と、甘いスイーツを幸せそうに頬張りながら、
時にマカロン片手にプールサイドまでやって来て応援していた。
しかし。
一週間が経っても、
ルチアーノの体重は――2〜3キロしか減らなかった。
数字は減っている。
だが、それは努力量に対して、あまりにも誤差だった。
それでもロクシーは怯まない。
感情を挟まず、
ただ黙々と実行させるのみ。
そんな午後。
午前の競歩ノルマを終え、
昼食を取るために帰って来たルチアーノは、
いつものようにヴィラの玄関で倒れていた。
その時――
ふわり、と風を感じた。
次の瞬間、
視界の端に、豪奢なドレスの裾が映る。
ルチアーノは、見ないふりをした。
だが――
そんな小細工が通用する相手ではない。
イレイナだった。
彼女は、凍りつくような声で言い放つ。
「立ちなさい。
それからシャワーを浴びて。
すぐに、リビングに来ること」
拒否権は存在しない。
シャワーを浴びてもなお、ヘロヘロのルチアーノがリビングへ入ると――
イレイナ。
ロクシー。
アンジュ。
ルシアン。
四人はそれぞれ、ソファに落ち着いていた。
ロクシーが、慣れた手つきでトレイを差し出す。
「はい。昼食」
そこに乗っていたのは、
もう見慣れ過ぎたメニューだった。
白い皿に盛られたサラダ。
湯がいただけの鶏のササミ。
整然と並べられた、ゆで卵が五個。
そして運動後の唯一のご褒美――スポーツ飲料。
ルチアーノは、黙ってスポーツ飲料をすすった。
ズズーッ。
その音だけが、リビングに響く。
やがて、ルチアーノは意を決したように顔を上げる。
「イレイナがいると、リラックスしてメシも食えない!
話があるなら、先に話してくれよ!」
イレイナは紅茶のカップをソーサーに戻し、
音もなくテーブルへ置く。
そして、すっとルチアーノの前に、
二つ折りのカードを置いた。
「あんたの父親から、
私の“とある会社”に届いた――舞踏会の予告状よ」
一拍。
「予告状そのものは、別にいいわ。
各国の王族や貴族を招待して舞踏会を開くなら、
予定調整は不可欠だもの。
本来なら、最低でも一年前には送るべきところだけど――」
イレイナの瞳が、ゆっくりと金色に燃え上がる。
「……内容が、ね」
ルチアーノが、震える声で呟く。
「……お父様が、無礼な予告状を送ってるのか……?」
「無礼……ではないわ」
イレイナの声は静かだった。
だからこそ、余計に怖い。
ルチアーノは、縋るように叫ぶ。
「……ルシアン!!
お前は見たのか!?
アンジュちゃんは!?」
ルシアンは淡々と答える。
「私は見た。
だが……アンジュさまには、見せられない」
ルチアーノの喉が、ごくり、と鳴った。
「……な、なんで!?
アンジュちゃんは、見ちゃいけないやつなのか……!?」
アンジュはキャラメルマキアートを一口飲み、
にっこりと笑う。
「大丈夫だ、ルチアーノ!
私にサプライズしてくれるのだろう?」
――嘘だ。
絶対に見せられない内容なんだ……!!
ルチアーノがそう確信した、その瞬間。
ロクシーの鋭い声が飛んだ。
「いいから、見ろ!」
ルチアーノが、震える指でカードを開くと――
右側には、
イレイナの言う通り、
「我が息子ルチアーノと婚約者のお披露目の舞踏会を、
一ヶ月後に開くこととなった」
という、実に事務的で簡潔な文面が記されていた。
――そこまでは、まだ良かった。
問題は、左側だった。
そこには、
ルチアーノとロクシーが並んで写った写真が印刷されていた。
否。
ただの写真ではない。
ルチアーノが、写真を見た瞬間――
「……俺様が、
ジャパンのプリントシールになってる……!!」
悲鳴にも似た叫びが、リビングに響いた。
「そういうことよ」
イレイナの声は、凍るほど静かだった。
「お前の父親は、ルシアンに会って、
“見た目まで寄せる必要がある”と判断した。
だから、写真を加工したの。
ルシアンと、あんたを……」
イレイナは、淡々と続ける。
「よく見なさい。
二人が、混ざっているでしょう?」
ルチアーノは、再びカードに視線を落とす。
そこに写る自分は、
確かに自分でありながら――
輪郭、雰囲気、佇まいのすべてが、
どこかルシアンに“寄せられて”いた。
「……どうするもこうするも……」
ルチアーノは、力なく叫ぶ。
「俺様に、出来ることなんて無いだろ……!?」
その瞬間。
「――ある」
ロクシーの、鋭い声が空気を切った。
「まず、あんたのダイエット目標を、
5キロから10キロに引き上げる」
ルチアーノが、目を見開く。
「……じゅっ、10キロ……!?」
ロクシーは指を一本立てる。
「体重が落ちれば、顔はメイクでどうにでもなる。
10キロ落とせば、この加工との差異も誤魔化せる。
いい?
あんたのその顔とスタイルは、
もう世界中の王侯貴族やセレブに送られてる」
逃げ道を、静かに塞ぐ。
「私は、これからあんたのダイエットを、
根本から見直す」
一拍。
「まず、ジムに行って」
「……ジ、ジム……?」
呆然と呟くルチアーノに、
ロクシーの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「このヴィラには、スポーツジムが併設されてるの。
メニューは、もうルシアンに渡してある」
そして、容赦なく告げた。
「さあ。
行きなさい」
「……で、でも……!
俺様、まだ昼ごはんも……!」
その言葉を遮るように、
いつの間にかタッパーを手にしたルシアンが、
淡々と言った。
「ルチアーノ。
昼食は、ジムで取ろう。
ロクシーの筋力トレーニングメニューでは、
一気には食べられない」
完全に言葉を失うルチアーノ。
その横で、
アンジュが美しく、無垢な笑顔を浮かべる。
「ルチアーノ。
たとえ父親が暴走したとしても、
お前の努力は、決して無駄にはならない。
私も、応援に行くからな!」
そして、少し首を傾げて、続けた。
「それで――
その写真は、私は、いつ見せてもらえるのだ?」
ルチアーノは、
その場に、パタンと倒れた。
ルチアーノが目を覚ますと、
固いマットレスの感触が背中に伝わってきた。
ゆっくりと周囲を見渡す。
――スポーツジム。
天井の照明。
器具の金属音。
そして、空気に混じる、微かなゴムの匂い。
ルシアンが、黙々とトレーニング器具を調整していた。
「……ルシアン……?」
掠れた声に、
ルシアンが静かに視線を向ける。
「ルチアーノ、起きたか。
では、トレーニングを始めよう」
「お前なあ……!
せめて“大丈夫か?”くらい言えよ!」
即座に返ってきた答えは、あまりにも冷静だった。
「なぜ?
君は病気ではない。
精神が限界を迎え、心を守るために一時的に失神しただけだ」
淡々と告げるその姿。
午後の光を受けて立つルシアンは、
どこにでも売っていそうな安物のジャージを――
安物だと分かるはずなのに、
不思議なほど隙なく着こなしていた。
無駄がなく、
誇示もなく、
ただ“そこに在る”だけで成立している。
ルチアーノの脳裏に、
アンジュの澄んだ笑顔と、
今、目の前にいるルシアンの姿が重なる。
ピキーン……!
雷に打たれたような感覚に、
ルチアーノはガハッと身を起こした。
「……分かった!分かったぞ!
俺様のダイエットが上手くいかない理由が!!」
「何だ?」
ルシアンが静かに近づく。
ルチアーノは顔を真っ赤にしながら、
勢い良く叫んだ。
「リラックスだ……!!
ただ頑張るだけじゃ、
俺様みたいなリリカルな感性の持ち主は、
最大限の力を発揮できないんだ……!!
そう!つまり!」
「つまり?」
無表情のまま、律儀に続きを促す。
「……香水!
ダイエット用の香水が必要だ……!!
俺様としたことが……!
“天才は努力する者に勝てず、
努力する者は楽しむ者に勝てない”って……
孔子だって言ってるだろ!?
努力を楽しまなくちゃ、勝てないんだよ……!!」
ルシアンが、真剣に頷く。
「理にかなっているな」
「だろ!?
さすが俺様のズッ友❤️
協力してくれ!!」
そうして――
誰にも知られぬまま、
トレーニングルームの片隅で。
悪魔と天使の、秘密会議が始まった。
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