【10】舞踏会より先に、俺様が死にそうなんだが。〜悪魔より怖い脚本家、オレンジの囚人色まで制する〜
そうして、夕方四時。
夕陽に照らされるヴィラのリビングで、
ルシアンは一人、静かに聖書を暗唱していた。
その時――
玄関の方から、何かが崩れ落ちるような鈍い音が響く。
ルシアンが視線を向けると、
そこには、床に倒れ込むようにして入って来たルチアーノの姿があった。
その姿は――
イレイナのダンス練習場で見た、あの黒いスーツ姿とは似ても似つかない。
全身オレンジ色。
ぴちぴちのスポーツウェアに身を包み、
普段は綺麗に撫でつけられている黒髪も、輪ゴムで雑に一つにまとめられている。
そして何より――
頭のてっぺんから爪先まで、
まるで煤を被ったかのように、汚れていた。
「……ルチアーノ。大丈夫か?」
ルシアンの落ち着いた声に、
ルチアーノは、うつ伏せのまま、ぎろりと顔だけを上げる。
「……大丈夫に見えるか……?
水をくれ……」
掠れ切った声。
ルシアンは何も言わず、
さっと冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、手渡す。
ルチアーノは倒れたまま、
それを器用に受け取ると、ごくごくと喉を鳴らして飲み干した。
「……はぁ……」
深く息を吐き、
天井を仰いだまま、ぽつりと呟く。
「……俺様……
舞踏会の前に……天国に行くかもしれない……」
その言葉に、
ルシアンは一拍置いてから、淡々と答えた。
「君は悪魔だ。
天国には行けない」
「そーゆー意味じゃないのッ!!」
ルチアーノが、掠れた声で絶叫する。
「ロクシー先生……!
あの人、悪魔より悪魔だぜ……!」
震える指で、
自分のオレンジ色のスポーツウェアを指差す。
「この服だってな……ちゃんと理由があるんだよ……。
ロクシー先生、にっこり笑って、こう言ったんだ……。
『まず、その肉体を直視できるでしょ?
それに、あんたが競歩してる間中――
そのピチピチのボディラインを、ずーっと他人に見られる!
やる気、出るよね?』
……って……!」
一瞬、息を整え、
さらに声を落とす。
「それに……
セレニス州じゃ、囚人はオレンジ色の繋ぎを着るんだってさ……」
そして、震える手でスマホを取り出し、
ルシアンの方へ画面を向けた。
「しかも……昼食は、これっぽっち……!」
ルシアンは画面を一瞥し、
一秒だけ考えてから、静かに言った。
「……なるほど。
栄養バランスは取れている」
「……ルシアン……!!
それ、全然慰めになってない……!」
ルチアーノは、床に拳を落とす。
「しかーも!!
俺様がロクシー先生の設定した目標分数を、
一秒でもオーバーしてみろ……!」
声が、震える。
「ハーレーダビッドソンを、
ギリギリまで俺様に近づけて……
エンジンを、フルスロットルにするんだ……ッ!
歩いてても、止まってても……
行動すべてで、圧を掛けてくる……!!」
ルシアンは、冷静に告げた。
「だがロクシーは、
契約通り、君のお見合いを断るために、
全力で協力しているのではないか?」
その言葉に、
ルチアーノは即座に反論する。
「限度ってもんがあるだろ!?
怖すぎるんだよ!!
正真正銘、悪魔オブ悪魔だ……!!
お父様より怖い……!!」
一拍。
そして、声を落とす。
「……それに……
今夜から俺様は、
ロクシー先生とアンジュちゃんのヴィラに泊まるんだ……」
ルシアンの眉が、わずかに上がる。
「……なぜだ?」
「決まってるだろ!!
俺様を、24時間監視するんだよ!!」
半ば泣き声で続ける。
「競歩で足りなかった消費カロリーは、
プールで消費してもらうってさ……!
ルシアン……!
せめて寝る前くらい……
ズッ友とおしゃべりして、リラックスしたい……!
頼むよ……ロクシー先生に言ってくれよ……」
一瞬、声を潜め、
周囲を気にするように囁く。
「あ……お前……
セレニス州でも、ほんの少しだけ恩寵を使えるよな……?
それを使って……」
――その瞬間。
カチ、と低い電子音。
テレビの両脇に設置された高機能スピーカーが、
静かに起動する。
「……それを使って、どうするって?」
低く、
凄みを孕んだ声。
ルチアーノは反射的に跳ね起き、
即座に正座になると、床に額がつきそうな勢いで叫んだ。
「な、何でもございませんッ……!!」
そうして――
ルチアーノは身支度を整え、ロクシーの合図と共に、ルシアンと一緒に、ロクシーとアンジュが泊まる隣のヴィラへ向かった。
ダイニングテーブルには、思わず目を奪われるほど豪華な料理が並んでいる。
ルチアーノが「わーい♪」と声を上げた、その刹那――
ロクシーの鋭い視線が、テーブルの一角へと走った。
そこにあったのは、
白い皿に盛られたサラダと、湯がいただけの鶏のササミ。
そして、彩りという概念を完全に置き去りにした、ゆで卵が五個、整然と並んでいる。
もちろん、ドレッシングなどの調味料は存在しない。
ルチアーノの顔から、すっと血の気が引いた。
すると、アンジュがにっこりと微笑む。
「ルチアーノ!
ロクシーから聞いたぞ。
順調に身体を鍛えているようだな! 素晴らしい!」
必死に笑顔を作り、ルチアーノは頷いた。
「あ、ありがとう……アンジュちゃん……!」
「うむ!」
その無垢で美しい笑顔を見つめていたのは――
ルチアーノだけではなかった。
しかも、それぞれまったく違う温度で。
そうして皆でディナーを終えると、
三十分の短い休憩を挟み、場所はインフィニティプールへ移る。
ルチアーノはクロールで黙々と水を切り、
ビーチソファに腰掛けたロクシーは、タイマーを片手に一瞬も目を逸らさない。
その傍らへ、ルシアンが静かに歩み寄った。
「ロクシー。少し話せるか?」
「いいわよ。でも、簡潔にね」
視線はプールから外れない。
一拍の間の後、ルシアンが口を開いた。
「その……ルチアーノが、こちらのヴィラに泊まる件だが……。
彼は悪魔とはいえ、女性に不埒な真似をする男ではないと理解している。
だが……どうしても、少し気になってしまって……」
「心配?」
言葉を遮られ、ルシアンは迷いなく頷いた。
「そうだ」
するとロクシーは、タイマーを止めることなく言った。
「じゃあさ。
ルシアンもルチアーノの肉体改造に付き合うってことで、
こっちのヴィラに泊まれば?」
一瞬、ルシアンの無表情が僅かに崩れる。
「部屋は余ってるし。
どうせ、あんたも暇でしょ?」
「ロクシー……感謝する!」
ルシアンはそう言って一礼すると、
静かにメインリビングへと戻って行った。
その精悍な後ろ姿を見送りながら、
ロクシーの口元が、ほんの少しだけ上がる。
「……こっちの脚本も、想定通りね」
24歳、ロクシー。
脚本家にして演出家。
その美しくキュートな容姿からは、誰も想像しない。
舞踏会という戦場と大天使の恋を掌で転がす、
21世紀の“ギャル軍師”は、すでに次の一手を描いていた
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