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【完結】大天使、悪魔のお見合いを阻止せよ!?〜地獄の王がお見合いを断ろうとしたら、大天使に婚約者が爆誕!〜  作者: 久茉莉himari


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9/25

【9】舞踏会の前に、地獄が始まりました。〜魔女の練習場に入った時点で、もう詰みです〜 

翌日、午前10時。


イレイナの荘厳な館――

その本館に連なる、ダンスホールの扉の前で、四人は立っていた。


イレイナが、静かに手を翳す。


すると、重厚な音もなく扉が開き、

正面と左右、すべてが鏡張りになった広大な空間が姿を現した。


床は磨き上げられ、天井は高く、

ここが“訓練の場”であると同時に、逃げ場の存在しない場所であることを、無言で告げている。


イレイナは、ゆっくりと振り返り、凄みを帯びた美しい微笑みを浮かべて、

アンジュ、

ルシアン、

ルチアーノ、

ロクシーを見渡した。


「ここが、練習場よ。

存分に、使いなさい」


淡々と告げる。


「料金は、ルチアーノから送金済み。

アドバイザー料も、きっちり受け取ってるわ」


選択肢は、ない。

この場に立った時点で、全員が理解した。


「ありがとう、イレイナ!」


ロクシーが、軽やかにパチンとウィンクする。


だが、その横で――

ルチアーノだけが、どこか浮かない顔をしていた。


その様子を見逃さず、ロクシーがジロリと睨みつける。


「……なによ?」


「あのー……その……」


次の瞬間。


ゴスッ。


ロクシーの肘鉄が、容赦なくルチアーノの横腹に突き刺さった。


「……あがっ……!

ロクシー先生……痛いであります……!」


ロクシーは、ゆっくりと人差し指を立てる。


「誰の父親のせいで、

私たちは、舞踏会なんて面倒くさいものに、出なくちゃならなくなったんだっけ?」


「……っ!」


ルチアーノは、即座に正座し、床すれすれまで頭を下げた。


「申し訳ございませんでしたッ……!」


その様子を冷ややかな目で見下ろしながら、イレイナが苛立ちを隠さず言い放つ。


「ルチアーノ。時間が無いの」


ぴしり、と空気が張り詰める。


「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい。

でなければ、今すぐ練習に入るわ」


「……でも……俺様……」


ルチアーノは、視線を泳がせ、ぼそりと本音を零した。


「……ダンス、苦手だし……」


その瞬間。


イレイナの雷が落ちた。


「あんたね……!」


床を叩くこともなく、声を荒げることもなく――

それでも、圧倒的な怒気が場を支配する。


「さっき、リビングで、

あんたとロクシーの脳に、私の魔術で刻み込んだでしょう?」


指を折る。


「ワルツ。

タンゴ。

スローフォックストロット。

クイックステップ。

ウィンナーワルツ。

ラテン。

ルンバ。

チャチャチャ。

サンバ。

パソドブレ。

ジャイブ」


淡々と、容赦なく。


「全部、踊れるの。

理解した?

グダグダ、言わない」


ルチアーノは、完全に黙り込んだ。


イレイナは、興味を失ったように視線を移し、ルシアンとアンジュを見る。


「ルシアンは?

全部、踊れる?」


「ああ」


短く、一言。


「……そう。さすがね」


次に、視線が向けられる。


「アンジュは?」


アンジュは、胸を張り、高らかに答えた。


「私か?

全部、踊れるぞ!」


――その瞬間。


空気が、止まった。


ロクシーが、瞬きを忘れ、ルチアーノの口が半開きになる。


そして――


ピキィン……!


イレイナの瞳が、まるで、“ドル”という音を立てたかのように輝いた。


――アンジュ……

やはり、恐ろしい子……!!

22歳で、この教養、この完成度……!

ただの、全米No1ランジェリーモデルじゃない……!

絶対に、広告代理店を立ち上げて、私の会社のミューズにするわ……!!


その野心を一切、表に出さず、イレイナは優雅に笑う。


「ホホホ……そう」


そして、感情を削ぎ落とした声で告げた。


「じゃあ――

まずは、ワルツから、踊ってみて?」


それは、提案ではない。


試験開始の合図だった。





そして――

ヨハン・シュトラウス2世の『皇帝円舞曲』が、ダンスホールに流れ出す。


まず、踊り出したのは、ルシアンとアンジュだった。


ルシアンは、一切の迷いなくアンジュを導き、

アンジュは、まるで羽根が生えたかのように軽やかにステップを踏む。


力強さと、優雅さ。

正確さと、柔らかさ。


すべてが噛み合い、二人の動きは、もはや「練習」という域を超えていた。


それを、ロクシーとルチアーノは、口を開けたまま見つめている。


イレイナは、腕を組みながら、満足そうに頷いた。


曲が終わっても――

ルシアンの呼吸は一切、乱れず、アンジュは楽しそうに微笑んでいる。


静寂。


そして、イレイナの氷のような声が落ちた。


「……ルシアンとアンジュは、合格」


一瞬の沈黙。


その“間”に、ロクシーは嫌な予感を覚え、

ルチアーノは、なぜか希望に満ちた顔をした。


「では――」


イレイナが、視線を鋭く走らせる。


「次。

ルチアーノと、ロクシーよ」


希望は、5秒で砕けた。





次に流れ出したのは、

ワルツの定番中の定番――

ヨハン・シュトラウス2世の『美しく青きドナウ』。


だが。


開始、わずか5秒。


「おじさん!!ステップが逆!!」


ロクシーの怒号が、ダンスホールに炸裂した。


次の瞬間、

ロクシーはルチアーノの手を振り払い、冷徹に言い放つ。


「まず、5キロはダイエットしないと、

ルシアンには絶対に勝てないよ?」


ルチアーノの顔色が、みるみるうちに真っ青になる。


「俺様が……ルシアンに勝つ……!?

む、無理であります……!」


ロクシーは、感情を一切乗せずに言い切った。


「この舞踏会で、新しい“契約”を結んだのを忘れた?

ルシアンに勝てば、成功報酬が出る」


一歩、近づく。


「やるわよ」


「……な、何をでございますか……!?」


ゴクリ、と喉が鳴る音。


ロクシーの眼は、完全に“軍師”のそれだった。


「ダイエットよ」


静かに、残酷な宣告。


「舞踏会は、体力勝負。

最後まで立っていられない人間に、勝ちはない」


ルチアーノが息を呑む。


「だから――

これからは私が、あんたの食事を全部管理する」


「そ、それは……」


「それと」


間髪入れずに続ける。


「ダンス練習に加えて、毎日20キロ、競歩」


「きょ、競歩!?

俺様、毎日ヨガタイムをこなしておりますッ……!」


ロクシーの動きが止まった。


「……ヨガ?」


絶対零度の視線。


ルチアーノは、反射的に背筋を伸ばす。


「……ヨガが、なに?」


低く、静かな声。


「一番痩せるのは、走ることでもない。

“歩くこと”よ」


一拍。


「普通なら会話ができる速度でいいけど、

舞踏会まで時間がない」


ロクシーは微笑んだ。


「だから、競歩。

止まれない、休めない、逃げられない。

行くわよ」


「ま、待って下さい……!

俺様、一人で競歩するのでありますか……!?」


恐怖で震えるルチアーノ。


その背中に、

ロクシーは余裕たっぷりの笑みを向けた。


「私が、あんたを一人ぼっちで競歩させると思う?」


背筋に、悪寒が走る。


そして、ロクシーは、

子供に言い聞かせるように、ゆっくりと言った。


「私が、併走してあげる」


一拍置いて、宣言。


「ハーレーダビッドソンで」


「ヒィィィーーーッ……!!」


排気音と振動の幻覚に震えるルチアーノの襟首を掴み、

ロクシーはずんずんとダンスホールを引きずって行った。





残されたホール。


アンジュが青い瞳を輝かせ、ルシアンを見上げた。


「ロクシーの本気は、素晴らしいな!」


ルシアンは、ほんのわずかに口元を緩めて答える。


「彼女なりの、美学では?」


イレイナは――

教師としての矜持を総動員し、

吹き出しそうになるのを、必死で堪えていた。

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