31 未来のお話
「この世界。特に今の日本は平和なりに刺激もあって、なかなか面白い。こんな生活が永遠に続くのも悪くはないが、望んでもしかたのない事じゃな」
グレーティアは事務所ビルの最上階から町並みを眺めて呟いた。
特に天変地異や戦争が無くとも町並みは変化するが、それはある意味で【成長】と言える。
だが、彼女に見えている町並みの未来は、荒廃の後に訪れる崩壊だ。
一度は土砂に埋もれ、再興しても中世程度にしか発達しない、する必要が無い、物質にはあまり頼らない世界。
それは【前世】の彼女が数千年以上見続けてきたのと同じ、面白味の無い世界だ。
「運命は受け入れるしかないのかのう?小説などのフィクションの様に、運命が別の方向に切り開かれれば面白いのじゃが」
項垂れてみたが、未来視のできる彼女の【常世にある肉体側】が、面白くはない未来しか来ない事を【現し世にある精神側】に伝えている。
「世代も変わり、世界も常識も変わって行く。こんな幸せな時代も、人間達は忘れ去ってしまうのじゃろう。せめて、儂等くらいは、この世界を覚えておいてやらねばな」
行き交う車や電車に、笑いながら歩く人達。必死に目標に向かう若者や思い出に微笑む老人達。
グレーティアは、その姿を目に焼き付けるのだった。
時は遥かに流れていった。
世界のマスコミは、地球崩壊を叫んでいた。
各地で火山活動が頻発し、大地の地形は大きく変わり続けている。
各地に4,000メートル級の大地が増え、生物の生息できる地域は極端に狭まっている。
異常気象は毎年激しさを増し、水位の低い地域は次々と海の藻屑と消えていった。
20世紀から始まっていた宇宙開発は、ついに人類を月や火星に滞在させるに至ったが、実際に【住む】というレベルには、ほど遠いものだ。
小国は政治基盤を失い、流通網も分断され、人々は逃げ惑い略奪を繰り返し、殺しあっていた。
不衛生な環境で、多くの感染症が蔓延した世界。
数えられる人口は、とうに50億を下回っている。
大地がせり上り、既に国土の7割強が居住不能となった日本。
東京はギリギリ文明を保っている。
一応は防護服を着たシシスとグレーティア、賀茂重蔵は、新任の護衛官である【ミュラー・ハマダ】と共に地上に出ていた。
「アレが【常世】なのですか?」
「そうじゃ!まだ完全実体化している訳ではないし、直ぐに消えるがな」
ハマダの問いに答えたのはグレーティアだった。
見上げれば雲の彼方に、変化しない景色が白く浮き上がっている。
「大昔は、未確認飛行物体って呼ばれてたんでしょ?それを未確認空中現象って呼ばせたのは、この事を知っていたんですか?」
「上のやった事は、詳しくは知らんが、たぶん、そうなんだろう」
21世紀に、一般には未確認飛行物体と呼ばれていた非公認の存在が、当時のアメリカ軍によって未確認空中現象として存在が認められた。
今、ハマダ達が見上げているのは、既に【飛行物体】とは呼べず、【空中現象】と呼ぶに相応しい事し、この時代では既に【UFO】と呼ぶ者は居ない。
「まるで、SFで語られた【円筒形スペースコロニー】の対岸側だとか、ガリバー旅行記に語られた【ラピュータ】だとか噂されてますが、実在だったんですね」
「基本的に、地上に出てる文明圏は皆無だし、事情を知っている各国のトップがフェイク動画だとして隠蔽してるからね」
政府関係に詳しいシシスが、空に見える物が都市伝説として語られている理由を口にした。
ハマダ達が視線を地上に向けると、整然と並ぶ黒い半球刑の物が目に入る。巨大な【耐災害用ソーラーパネル】だ。
日本でも、まだ地上で生活をしている集落が有るが、東京は完全に地下都市と化していた。
初期は地下鉄の駅から広がる様に地下都市が建設されたために、特に東京は【メトロポリス】と呼ばれている。
【メトロポリス】とは、本来が【大都市】の意味だが、日本では違った発展を遂げた。
「いくら地下に潜っても、【御柱】が具現化したら上層部は壊滅なんでしょう?」
「以前にアメリカの州が二つほど、一時的に具現化した【御柱】で擂り潰されたんでしたよね」
「大地が500メートルほど、えぐられたらしいからのぉ」
この惑星は、大昔に外側と内側に分断された。
その大地を離した力が限界を迎えて、一つに戻りつつあるのだった。
惑星の本来の外側である常世/天国と、内側である現世の間には、二つを繋ぐ連結部【御柱/大山脈】があり、元に戻りつつある現在では、その一部が一時的に現世側へ顕現する事があって、物理的な衝突が起こり始めている。
「人間が過去に作った【分離の法】を部分的に補強して、一気に【連結】する様にタイミングを図っているが、完全ではないのだよ」
シシスの顔は、力不足を痛感している様だった。
「じゃが避難は、ほぼ計画通りに進んでおるのじゃろう?シシス殿」
「はい、グレーティア様。遺伝子的肉体的には新しい環境に耐えられる様になっています。あとは地球に戻ってから高濃度の魔素に浸ってからの話になりますが」
厳密には、魔素に満ちた地球に戻ってから世代交代をしてからが、遺伝子組み替えの完了となる。
そうなれば人間は皆、今の賀茂や山根よりも強い魔法も使える様になるのだ。
「順次、月や火星への避難も行われているが、ハマダや我々は最後の便になるだろう。場合によっては、シャトルが発進できないかも知れない。貧乏クジをひかせてしまったな、ハマダ」
「もし、私がシャトルに乗れなくても、既に家族が優先的に避難させて頂いてますから、悔いは無いですよ。それに、賀茂さんやシシス様も一緒なんでしょ?」
スペースシャトルの発進より先に常世と現世の融合が始まってしまったら、シャトルは宇宙には飛び出せなくなる。
空間の歪みに巻き込まれるからだ。
「融合が始まっても、我々は単独で月まで飛べるから、ハマダだけ居残りになるかも知れないぞ」
「儂も、結合のコントロールで浅間山山脈に行かねばならぬからな」
賀茂とシシスは特殊な能力を持っているので大丈夫だが、ハマダは過去の人間以上ではあるが、月まで飛ぶ事はできない。
「それは【最悪の場合】なんでしょ?それでも、家族には豊かな生活が待っているんですから安心して死ねますよ」
この時代の人間は、既に本能を理性で抑制できている。
だから、理性で納得できていれば、死の間際に取り乱す事など無くなっているのだ。
そして、精霊達の計画に協力した者達には、それなりの恩赦が与えられている。
「うまくシャトルに乗れても、月で再会する約束が、再開発された地球での再会になるんで、家族には問い詰められるでしょうね」
「その説明は、政府単位でも行う予定になっているよ」
月や火星に都市の建設は終わっている。
広報では、地球の災害を逃れた避難民は人工冬眠で宇宙都市へ向かい、その都市で生活できる様に報道している。
だが、その実際の施設は、選び抜かれた十数億の避難民を養う程ではないのだった。
月などの都市に着いたシャトルは、避難民を人工冬眠させたままスペースポートに停泊し、数百年後に地球が安定し、簡易的な都市を地上に作られてから、再び地球へと向かうのだ。
これは、宇宙開発ができる様になってから、宇宙都市ができるまでの期間が短い事と、大勢の人間が宇宙で自給自足できる技術が確立していないのが原因だった。
理想に燃えた宇宙開発であったが、現実は非常に厳しいのだ。
実際に月面基地などで生活しているのは、シャトルの管理をする者と、地球での再開発をする者だけだ。
地球の再開発用物資は、安全な場所の地下に埋められており、後日掘り返される予定だ。
東京などの地下都市も、後日に掘り返して再利用する事になっている。
実は地下都市が建設されているのは、災害の後に掘り返せる見込みがある場所に限られているのだ。
「一般への広報では、月や火星への移住は生活の制限があるとされているので、希望者は少ないですが、それでも表向きは【抽選】になっているので、遺伝的に優性な者だけを選別しています。また、優性な遺伝的を持っている者には半強制的に参加させています」
「半強制的と言っても、いろいろと教えているのじゃろう?」
賀茂の説明にグレーティアが問い質した。
「まぁ、『地上に住めなくなる可能性が高い』くらいは話してますよ。地下に潜っても、暗闇の中で窒息死するなんて言えないですからね」
賀茂の答えは、大変グレーな内容だった。
災害の時に地球の地下都市に引きこもっても、エネルギーの問題や空調が塞がれる問題などで、生きてはいけない事が、シシス達には知れていたのだ。
勿論、地下都市には非常時に暴動で主要機能が破壊されない様に処置されている。
現在の住民が全滅しようと、全ては復興後の人類の為に準備されているのだ。
「では、そろそろ下に戻りますか?」
「下では聞けない事も聞けましたし、自分の仕事の重要性も確認できました」
今回の地上視察は、護衛官のハマダに現状を認識させる為のものだった。
「早く帰らないと、山根がゴネるからのぉ」
シシス達はハッチを開いて、地下へと姿を消した。
地上の人類が絶滅するのは、これから数ヶ月後の事となる。
END
これで、このお話は終わりです。
シリーズは続くかもしれません。
長らくありがとうございました。




