11 居酒屋
重蔵達が店に入ると、満席ではないが幾人かの客が目に入る。
センサーが来客を知らせるらしく、奥から店員がやって来た。
「いらっしゃいませ。四名様ですか?」
「えっとぉ~【長谷川】で予約を入れていた者ですが」
「はい、長谷川様ですね?うかがっております。奥へどうぞ」
一般人への対応は、主に重蔵が担当している。
店員に案内されるまま、奥の座敷席へと案内された。
「あと一人、大人が来るんですが取りあえずジョッキで【生】を。あと・・・・・」
「お嬢ちゃんはオレンジジュースでよろしいですか?」
「お、オレンジジュース?」
おしぼりと箸、御通しを持ってきた店員の対応に、グレーティアが目を丸くした。
「グレーティア様、日本では子供の飲酒はできませんよ」
茜の小声での助言に、改めて自分の姿を見回したグレーティアは、中途半端に口を開けたまま頷いた。
店員が去った後に、シシスがグレーティアの顔色をうかがって声をかける。
「グレーティア様。今の日本の酒は口に合わないんですか?」
先に重蔵が、グレーティアの【前世】について考察しており、それを聞いたシシス達は日本通だと思って、流行りの韓国居酒屋や西洋料理店を避けたのに、彼女の意外な行動に疑問を抱くのは当たり前だ。
さりとて上位の存在には何かしらの理由があり、軽々しく意見するのは憚られると思ってひかえていたのだ。
「いや、そんな事はない。むしろ楽しみにしておったのじゃが」
「ではなぜ、認識変容を使わずに子供の姿のまま来たのですか?」
「し、し、し、失念していたのじゃあ~!失敗したぁ~」
グレーティアは頭を抱えて、大きく口を開いて叫んだ。
自分の姿は、基本的に視野に入れないものである。その為に、自らが場違いな子供の体型である事を見落としていたのだ。
後から来る長谷川と、グレーティアの認識を入れ替える事も可能だが、他者に飲酒を控えさせてまで自分が呑むほど、彼女も非道ではない。
酒は、宴会での皆で楽しんでこそ旨いものだ。
「宴会で酒が飲めないとは、楽しみの九割を失った様な物じゃあ~」
「しかし、一度子供として認識されると、それを上書きするのはとても難しいですからねぇ。無理をすると、被験者の精神に異常をきたしますし」
この段階で店員に狂われるのは芳しくない。
重蔵をはじめ、同級生として成長してきた茜とシシスは、実際の肉体を年数を掛けて成人へと変容させてきた。
外観的には大学院生ほどの見た目になっている。
グレーティアも、隠蔽や認識変容など多少の魔法を使う事ができるが、今回彼女が自分の姿を見落としたのは、その能力に制限があるのが原因だ。
グレーティアの様な転生者は能力特化する傾向がある。
オールマイティにできるのは、シシス達の様な次世代からだ。
グレーティアの場合は常世と現世のドッキングに特化した存在として転生しており、その点以外で言えば他のオールマイティな者よりも劣っている。
だから、全ての魔法が十全に使える訳ではないのだった。
例えるならば、純粋なナイフの方が十徳ナイフよりも、ナイフとしての性能が上だが、多様性に欠けるみたいな物だ。
「どうでしょう?今回は我々も量を控えますから次回を歓迎会本番とし、事前調査の為に種類重視して酒に合う料理を確かめると言う事にしては?」
「事前調査じゃと?」
「そうです。今の日本にはグレーティア様の知らない料理も多数あるでしょう。貴方の好みや酒に合う物を前もって吟味しておけば、本番で酒との食べ合わせに失敗する事もなく、楽しい【歓迎会】が過ごせるのではないでしょうか?」
「転生体は、その肉体によって食べ物との意外な相性があると父から聞いています。現代の肉体にはアレルギーと言う物もあり、蟹や海老が苦手な肉体がある様な例もあるそうなので、賀茂の助言も一考の価値があるかと思います」
「そうなのか?」
重蔵の提案にシシスが後押ししたので、いまだに食のレパートリーが多いとは言えないグレーティアが考え込む。
アレルギー反応などは、その能力で押さえ込んだり修復する事はできるが、酒を楽しめるかと言えば【否】だろう。
「酒も、少量を吟味する位は、店員に気付かれる事も無いんじゃないんすか?何なら色々な酒を注文して、呑む前に一口差し上げますよ?私は他人が口を付けた盃でも、気にせず呑めますから」
自衛隊でサバイバル訓練をした茜は、そう言った事に拘らなくなっている。
いざとなれば、他人の食べ残しすら食べなければ作戦が実行できない訓練が有ったのだ。
「そうじゃな。色々な酒や肴を吟味しておけば、【本番】では気兼ねなく楽しめると言うものじゃな!」
「先ずは全カテゴリーを制覇して、更に好みの深掘りをしましょう。一品づつ頼めば五人も居るんですから一般人程度には食べきれるでしょう?」
食べようと思えば、無尽蔵に処理できる彼等だが、それでは店員に不審がられてしまう。
その位なら店員の精神操作も容易いが、【本番の歓迎会】を前にソコまでするメリットも無い。
「御待たせしました。間に合いましたか?」
ちょうど、吉良への対応が終わった長谷川が飛び込んできた。
「大丈夫ですよ長谷川さん。取りあえずジョッキで生を頼んどきました」
「ありがとうございます、賀茂さん。あれっ?何か有りましたか?」
意外と場の空気を読むのが上手いのは、人生経験が長い年の功だろう。
「実は、せっかく長谷川さんに歓迎会の予約を取ってもらったんですが、グレーティア様が酒の相性や肴の善し悪しが分からないとの事で、今日はアルコールを控え目にして、肴の味見がメインの【事前調査回】に変更になったんですよ」
「ああ、ソウですね。日本食は初めてでしょうから、十分に楽しむ為には色々と調べた方が良いかも知れませんね。俺は、交際費という公費で飲み食い出来るなら、何度でも構いませんよ」
酒は人それぞれに楽しみかたが有るが、長谷川自身が酔い潰れた時に賀茂達と一緒だと安心なので、浴びるほど飲む事ができるのだ。
賀茂達自身は簡単に酔いをさます事ができるし、長谷川の二日酔いも解消してくれるのだ。
「ところで、シシス殿の名の由来は、シシュフォス|(Sisyphos)かのう?」
「いいえ。シシュファス|(Chicheface)の方ですよグレーティア様。特に私の前世と言う訳ではありません。それに私は、そんなに狡猾ではありませんよ」
「シシファスって何ですか?賀茂さん」
「長谷川さんには後でお教えしますよ」
知識に乏しく興味もない山根には、この手の話がつまらない様で、会話に水を指してきた。
「どーでも良いじゃないですか?そんな事。現世じゃ殆んど意味無いし」
確かに【正義】と名付けられても、いや、それ故に悪に走る者も現世には居るのだから。
あまり間を置かずして店員が飲み物を配膳しはじめ、グレーティアがジュースに少し嫌な顔をしながら周りを見回して話題を変える。
「ところでじゃが、あの刑事が長谷川の次期候補なのじゃろう?こう言うのは早く決めた方が良いのではないか?儂はOKじゃが、皆はどうなのじゃ?」
実は、長谷川も定年が近く、所轄の書類の関係上で勤務が難しいのだ。
警官の定年は通常は60際で、長谷川には数年しか残されていない。
「吉良を推薦した私は当然ですが【承認】です」
先ずは長谷川が答えた。
「俺も問題ないと思います。許容範囲内です」
「小官も了承です」
賀茂と山根も賛同した。
「では、満場一致という事で手続きに入るわよ。この面子だと【予知】が出来ないから保留にしといたけど」
どうやらシシスも承認した様だった。
皆が頷き、シシスがメールを送る横で、グレーティアが端末の御品書きを開きはじめた。
この店は、口頭でも端末パッドでも注文ができるシステムだ。
「グレーティア様、先ずは【ジャストサイズ】の品から選んで下さいね。余らせても面倒ですから」
「ほう、酒のツマミに良い少量のメニューが有るのじゃな?」
「どれが酒に合うかは、人生経験の豊富な長谷川さんの出番かな?」
人間としての経験も、この様な場所の経験も、確かに長谷川が一番積んでいるのは間違いがない。
「良いんですか?酒飲みオヤジの好みで?」
「そこは【食通】と呼ぶのじゃ!」
年配男性は辛口の酒を好む傾向があり、ツマミもソレに添ったものになり勝ちではあるが。
「では、グレーティア様が選んだ物を私が判断し、更に賀茂さんと山根さんが若者風に加減するというのですか?」
「長谷川さんの意見は普通ならもっともでしょうが、俺達は高卒と共に人間を辞めましたから、若者の飲み会とか殆んど経験が無いんですけどねぇ」
大人の遊びに浸る事が多い大学生時代、賀茂と山根は生体改造と任務に明け暮れていた。
生体改造後は味覚が常人とは異なるし、憑依したグレーティアの肉体との差異も有るだろうから、好みの【感覚】が違うだろう。
「どうせ、好みは人それぞれじゃ。兎に角は食べてみなくては始まらんじゃろぅ?先の提案通りで良かろうよ」
グレーティアは興味の有りそうなメニューにタッチしていった。
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シシュフォスはシシューポスとも呼ばれるギリシア神話に出てくる人間で、神を巧く利用した人物として描かれている。
対してシシュファスはフランス伝承の山羊の脚と雄鶏の脚が交互に付いている怪物で、二千年に一度の周期で善良な女を食べると言われている。




