10 名前の呪い
グレーティアの話は、更に続く。
「今回の【連結】には、それぞれの主要連結部。こちらで言う霊山に関係のある者が配置されておる。無闇に【能力者】が送り込まれている訳ではないのじゃよ。ただ、憑依場所は常世と現世の回転同期の関係でランダムに近くなってしまったがのう」
常世側には関係者の肉体が。現世側には関係者の霊体が憑依したが配置され、御互いが引き合う事により位置調整が成される。
当然だが、コレには数百の【能力者】が投入されていて、グレーティアも、そのうちの一人に過ぎない。
日本には霊山が幾つも有るが、一番天に近く東京からも、そう遠くない場所にある霊山に重蔵は思い当たった。
「では、日本に来たグレーティア様の本来の御姿は、もしかしたら木之花咲耶姫か岩長・・・」
「今はその呼び名はやめるのじゃ。この世界での名は存在を限定的に縛るので、動きにくくなるわい」
現状で、力だけなら最も力を持つゲーティアの精霊達は、その名称により現世に顕現しやすくなったが、能力の質に制限を持たざるをえなくなっている。
それ故に、シシス達の様に名前による制限を受けない【後継者】を作って活動させているのだ。
重蔵や茜の様な【使徒】を作るのも、その増強の為だ。
グレーティアの場合は若干異なるが、その行動や認識が束縛されるのは間違いない。
名前については、他にも説がある。
一般に東洋の妖怪の類いは、その本名を言い当てられると力を失うと言われている。
妖怪と呼ばれる存在の多くは神仏の現世落ちが多い。
落ちぶれた者が姿を偽って暴れているとも言える。
だから、過去の栄光ある名前や正体を相手に知られたら、今の行為が恥ずかしくて逃げるしかなくなるのではないだろうか?
この名前による抑制は、世の変質者や犯罪者にも言える。
「あんた、○○興産で係長をしている谷口さんだろう?通行人に言い掛りで暴力振るっていいと思ってるのか?」
町中で酒に酔って暴れていても、こんな風に正体を言われたら酔いも覚めてしまい、知らん顔で逃げるしかない。
陰陽道においても、名前は呪の一つとして解釈されている。
神仏の名に意味がある名前を使っているのも、人間に対して利益のある存在に縛っておく必要があるのかも知れない。
ただ、【呪い】には【のろい】の他に【まじない】と言う読み方も有り、ネガティブ限定のものではない為に、陰陽道では【呪/しゅ】と呼んでいる。
名前によって得られる利益もまた、確かに存在するのだから。
「儂の事は、今後とも【グレーティア】と呼ぶのじゃ」
「承知致しました」
上下関係には無いが、彼等によって未来の是非が決まるとも言えるので、持ち上げておいて損は無いと判断され、上層部は接待を了承したのだろう。
翌日、グレーティアの歓迎会を行う居酒屋に向かう道が、警察の規制で通行止めとなっていた。
一方通行の途中に店が有るので、反対側に回り込んでもかなり歩く事になる。
「ぬかったな!」
「済みません。ここは予知してませんでした」
「我々も能力の限界があるものでして」
カラーコーンなどで簡易的に張った規制線テープの領域を、もう少し縮めてくれれば車が通れるのだが、忙しなく動く警官に、その様な事を言える市民は居ない。
「あ~申し訳ないが、この道は通れない。迂回をしてくれ」
一方通行に車の頭をねじ込んだシシス達の車を、一人の女性刑事が制止した。
彼等は職務上、一般市民ではないが、今回は命令書などが無いので他の業務を妨害するのも憚られる。
普通は刑事ではなく警官が行う業務だが、どうやら現場から爪弾きにされた様だ。
「おや?コイツがセシリア・ルカ・吉良か?殺人事件とは大変だな?イタリア人と日本人のハーフで愛称セシル、11月22日生まれ27歳。イタリア語、英語、日本語が堪能で捜査一課の新人かぁ。仲間外れにされたな?ユーチューバーとしては趣味の範囲だが、メーカーからも目を・・・」
車を運転していた若い女が、ワンボックスカーの窓を開けて口にした内容に、女性刑事は目を見開いて口を挟む。
「待て、貴様は何者だ?事件の事や私の個人情報まで何故」
若い女は鼻で笑い、助手席の男へと視線を送った。
「長谷川さん。先に行ってますから、話をつけておいて下さい」
助手席の男は、車の側面ドアをリモートで開けた。
降りて来たのは、元刑事の長谷川だ。
彼が、セシリアを宮内庁へとスカウトしに来たのは、二ヶ月ほど前の事だ。
その為、セシリアは長谷川を覚えていた。
「賀茂さん、因果律をイジリました?」
「えっ?俺はしてないですよ!」
長谷川は助手席の男に何かしらの疑いを向けるが、そうは言っても、あからさまに知っている顔だ。
その賀茂と呼ばれた男の視線は、車の後部座席をチラ見している。
「長谷川、やったのは私だ」
「シシス様?」
車を降りた長谷川に対して、車内から声がした。
「ああ。お前が薦める者に、我々を見せておくべきだと思ってな。幸い、因果律か近かったので絡めておいた」
セシリアは、以前に会った事のある長谷川の登場に驚いている。
会話の内容は理解できないが、これは偶然ではない様だ。
取り合えず彼女は状況確認を優先した。
「長谷川さん・・でしたね。この人達は?」
「前に話しただろ?宮内庁の仕事をしている御方達だよ。私が一番の下っ端だかな」
「御方って、学生あがりと子供じゃないですか?」
セシリアが覗き込んだ車内には、四人の人影があった。
運転している女と助手席の男は、たぶん日本の大学生だろう。
後部座席には、大学生らしいが外国人らしい骨格の女性と、あからさまに金髪の幼女が乗っている。
とてもじゃないが、警察の手に負えない事件を担当している宮内庁の職員には見えない。
そんな感想を懐いていた吉良を突風が襲った。
「うあっ!」
慌てて目を細めた彼女の視界で、規制線を引いていたカラーコーンが風に煽られ動き出した。
規制表示の看板も煽られて倒れ、音をたてた程だ。
「ウエイト付きのコーンが」
一個あたり3キロ前後あるカラーコーンが風で波打つ様に動きだし、規制範囲を狭めていった。
結果的には何個か倒れたが、路側帯を含めると車が一台通れる幅が偶然にも開けている。
「じゃあ、長谷川さん。準備してますから早めに来て下さいね」
そう言うと車は規制線の横をすり抜けて、一方通行を入って行った。
「吉良さん、家の者が済みませんね」
狐に摘ままれた様な吉良に、残された長谷川は済まなそうな顔でカラーコーンを直していった。
「いったい何なんですか?あなた達は、」
特に業務妨害された訳でもないので何も言えないが、吉良の眉間には皺がよっていた。
「あの人達には、常識も法律も通用しないんですよ。いずれ、貴女も痛感するでしょうが」
カラーコーンを直し終わると長谷川は、頭を下げて車の後を追っていった。
一方通行の途中にある居酒屋に姿を消した様である。
「まさか、本当に辞令がおりるんじゃないわよね?」
異例の事づくめの出会いに、以前に長谷川から【特務】の仕事に誘われていた吉良は、酷い目眩がしたのだった。




